2017年9月21日 (木)

「生かされる命」

  岩国市  会 員     吉岡賢一

 

「慢性副鼻腔炎」と診断されて全身麻酔による手術が必要となり、約30年ぶりに入院することになった。差し迫った命の危険を感じることもなく割と気軽に、7泊8日の予定表を示され入院患者となった。

 入院から手術までの1日半は、体調管理の数々の検査に加え、麻酔科の説明や抗体検査、看護計画書など多くの同意書に署名する時間となった。これほど多くの人々が、私一人の手術のために関わっていただけることにまずは大きな感謝を覚えた。無事手術を終えてからも、担当医や看護師さんはじめ多くの病院職員に手厚く見守られていることを実感した。
 術後の痛さも少し和らいできたころ、高台にある医療センター9階の自室から周囲に目をやると、数本の煙突から力強く煙を噴き上げる工場が見える。私の人生そのものとも言える40年近く働いたかつての職場である。

 懐かしさや感謝などいろいろな思いが交錯する特別な景色である。数えきれない多くの人との出会いに支えられ、会社と言う組織に守られて今日があることを思わずにはいられない。

 病室では完璧なまでに多くの人に見守られ、退院して間もなく「医療センター9階東病棟スタッフ一同」から届いた、退院後の病状を気遣う心優しい1枚のはがきに改めて感謝し、健康の有り難さを噛みしめている。まさしく人々の手によって生かされている命であることに改めて思いをはせ、与えられた命を全うしたいと思っている。

 

     2017.9.21 毎日新聞「男の気持ち」掲載

| | コメント (0)

2017年9月15日 (金)

夏休みは終わった

   岩国市   会 員   吉岡賢一

 父親の手ほどきで、孫は幼い頃からスキーを始めた。成長するとともにいっそうスキーの腕を磨きたくなって、スキー部のある高校を自ら選んで進学した。
 その高校は、親元から遠く離れた山間にある。最も近いコンビニへ行くのでさえ、自転車で片道30分はかかる不便な所だ。しかも「完全寮生活をしなくてはならない」と言う。
 生まれ育った街中とは異なる環境に、最初は多くの面で戸惑い、ホームシックにもなったらしい。
 高校2年になった今から思えば、逃げ帰るほどの不便さやストレスまでには至らなかったということだろう。環境になじむ努力をしたのだ。いつしか読書習慣も身に付け、いろんなジャンルの本をめくっているという。メールのやりとりもしやべり方も、間違いなく成長の跡がうかがえる。私も胸をなで下ろしている。
 そんな孫が夏休み、帰省した。荷物から自分の手で裾上げしたとみられる学生ズボンが出てきた。ミシンをかけたような丁寧な針の運びだった。慣れぬ手つきでしっかり縫い上げたのだろう。ところが、縫い目が表に出ていて、とても人前ではける代物ではない。
 初挑戦の針仕事「ズボンの裾上げ」の成果は見られなかったが、あのやんちゃ坊主が、寮生活を通して身に付けた「自分のことは自分でやる」という気持ちは大いに評価してやりたい。 裾上げは、妻がうれしそうに笑いながら、ちゃんと直した。
 孫の夏休みは終わった。

     (2017.09.15 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月10日 (日)

そうめん

   岩国市   会 員   片山清勝

 夏の盛りには清涼感のあるさっぱりした食べ物が口に合った。私の好きなそんな一つにそうめんがある。ゆでて冷やし、わさびを利かせ、薬味を加えただしに絡ませるだけのシンプルな食べ方をしている。
 そうめんには、小学校低学年の頃のある夏の思い出がある。
 そろそろ昼食という時間に突然、複数の来客があった。わが家の昼食はいつも前夜の余り物である。母はどうするのだろうと、子ども心に心配した。母は台所に立った。
 そうめんを鍋でゆでる。その後、鍋ごと家の裏を流れる小川の冷たい水に浸して、しばらくそのままにする。冷めたころ、それを器に移し、来客用の昼食とした。即席の昼食を客と祖父母はにぎやかに話しながら食べた。
 しかし、そこに今もまぶたに残る光景がある。そうめんの入った器に南天の葉が数枚浮いている。葉の濃い緑とそうめんの白さという単純な対比だが、子どもの目にはそれまで見たことのないごちそうに映った。
 あの日の緑と白の絡みが私をそうめん好きにしたのかと思わないでもない。
 冷蔵庫などない昔、母がそうめんと即決したのは、3世代という大家族を賄う経験からきたのだろう。
 そうめんの元祖は奈艮時代にさかのぼるという。食べ方は変化したろう。最近は野菜などを盛り合わせた豪華な一品もあるらしい。私のは古い食べ方だ。が、麺の味はシンプルが最高に違いない。

    (2017.09.10 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月 6日 (水)

小糠踊の盛況を喜ぶ

   岩国市   会 員   片山清勝

 8月に撮った写具の整理をしながら、「こぬかの盆」のにぎわいを思い出した。
  「小糠踊」は、錦帯橋近くの盆の路地踊りとして400年続く郷土芸能。昭和のある時期から中断したが、保存会が今日まで引き継いできた。応援隊が結成され、盆の行事として復活し、今年は3年目になる。
 日が暮れてちょうちんに明かりがともり、小路を照らすと、三味線と太鼓のはやし、甚句に合わせて踊りが始まる。
 復活した初年から撮っているが、今回、踊る子どもの多さに驚いた。地元の児童たちが夏休みの暑い中、保存会員の指導を受けて一心に練習したという。
 浴衣姿の子どもたちは、保存会員に負けじと楽しそうに踊る。郷里の伝統芸能を受け継ぐ良き担い手だと感じた。応援する母親も多く、世話方の苦労が実り始めたと実感する。
 ことわざに「石の上にも三年」など、3年の節目を説いたものがある。子どもらがつないでくれる様子に、伝統の復活を信じた一夜だった。 

      (2017.09.06 中国新聞「広場」掲載) 

| | コメント (0)

2017年9月 5日 (火)

幸せホルモン

 岩国市  会 員   横山 恵子

 「来た、来た」と外に出ると、姪の子、6歳のヒナ君が車から降り、飛びついてきた。妹のミーちゃんも負けじとばかりに走って抱きつく。
 子供のパワーのお裾分けに元気をもらった。
 以前、ハグしたりスキンシップしたりすると、オキシトシンという幸せホルモンが分泌されると聞いたことがある。改めて心と体はつながっているんだなと思う。
 人間であれ、動物であれ、絆を深めるというオキシトシン。ただし、嫌いな人と触れ合っても、幸せホルモンは分泌されないんだとか……。
 (2017.09.05 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2017年8月29日 (火)

クロガネモチの木

         岩国市  会 員   稲本 康代 


 我が家の庭にそびえていたクロガネモチの木が消えた。亡き父が40年前「金持ちになる縁起のよい木だよ」と庭に植えてくれた。その言葉には縁のない私の人生だったが、見事な大木になった。ところが、最近は落ち葉の始末など邪魔な存在になり、思い切って処分することを決意。植木屋さんに「切ってもいいですか」と何度も念押しされた。
 わが家の歴史を黙って見つめていたんだなーと感慨深く眺めていたら、電動ノコギリの音と共に、バッタバッタと切り倒されてしまい、あっという間に姿がなくなった。
 「ごめんね。お父さん」

  (2017.08.29 毎日新聞「はがき随筆」掲載) 

| | コメント (0)

2017年8月21日 (月)

60歳で始めた妻との共用日記

  岩国市 会 員   山本 一

 60歳を機に、妻と共用の5年日記を始めた。ページの中央に縦線を入れ2人分に分ける。左側を私、右側を妻が使う。お互い、日々あったことや感じたことを自由に記入する。今年は16年目。ちょうど4冊目に入ったところである。

 共用なので、互いに見せ合うことになる。当然、妻の嫌がると思うことは書かない。日記に制約があることに抵抗もあったがが、「結婚して48年。今更妻の嫌がることを日記に残して、何の意味があるのか」と思うようになった。

 お互いの生活記録になっていて、毎日これを書かないと落ち着かない。日記は二人の老化した脳の、記憶の助っ人でもある。時々、過ぎ去った日々を思い起こしながら、残る人生をしっかりと前を向いて過したい。

  (2017.08.20 朝日新聞「声」掲載)

| | コメント (0)

2017年8月20日 (日)

老いて「ごっこ」

      岩国市  会 員   山下 治子

 

 大きな水筒に冷茶を入れる夫に「暑いから今日はやめたら」と言うと「悪魔よ、ささやくな。野菜という子供たちが待っている」と畑へ向かう。昼近くに「こんちわぁ、奥さん」と裏口から声がかかる。「採れたて野菜はいかがスか」「あら八百哲さん、今日もすごい収穫ね」とバカな八百屋ごっこが始まる。
 定年してはや5年。ちびけた不細工な野菜ばかりだったのに、このごろは品数も増え豊作だ。ご近所にお分けする。「八百哲さん、お代は冷たいソーメンでいかが。スイカもつけるわ」

 あれほど肉食系だった夫は今、青虫のごとく採食で元気だ。

     (2017.08.20 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2017年8月19日 (土)

気になる敬語

       岩国市  会 員   角 智之

 

 最近「犬に餌をあげる」や「花に水をあげる」などの言葉をよく耳にする。「あげる」は謙譲語で相手の立場を高めて自分がへりくだる表現。ペットや植物に対して使うのは本来おかしい。餌やり、水やりでよい。
 先般、愛用している腕時計を分解掃除に出した。受け取りに行くと店員は「使い始めはしっかりネジを巻いてあげてください」と。
 なぜ、道具などに対して敬語を使うのか。美しい敬語は人同士の信頼を生み、絆も深まるが、間違った使い方は違和感を通り越して滑稽だ。公の場では不適当な敬語は、慎みたいものである。

    (2017.08.19 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2017年8月11日 (金)

父が見た惨状映す絵

   岩国市   会 員   片山清勝

 近くで開かれた原爆展会場で、「水をもとめて」という1枚の絵が私の足を止めた。それは、被爆した人が、水を求めて水槽で重なり合って亡くなった様子が描かれていた。
 広島に原爆が投下された日、父は業務で同僚と自転車で岩国から広島に向かった。
 小学校高学年の夏休み、父の目にした惨状について聞きたいというと、難しい顔をして黙っている。それでも一つだけ話してくれたのは、「防火用水に、人も犬も一緒に漬かって亡くなっていた」という話だった。
 一つだけ聞かされ、覚えている原爆投下直後の街の様子が、目の前の絵と重なった。幾多の残酷な光景を見たであろう父が、その様子は「子どもにはむごくて話せない」と考えたのだろう。
 父は、それからも語ることなく50代半ばで急逝し、50年余が過ぎた。 
 会場
の外は真夏の日差しがまぶしい。投下直後のまぶしさと熱さを思い、核のない世界の実現を祈った。

     (2017.08.11 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

«誕生日