2017年6月26日 (月)

盛大な喜寿の会企画

   岩国市   会 員   片山清勝

 40歳を過ぎた頃から、毎年続く高3の時の級友との飲み会。昨年「来年は喜寿を盛大にやろう」という乾杯でお開きにした。
 仰せつかった幹事の役目として、まず電話で出欠確認する。「おお待つとった」と気持ち良い返事につい長話になる。関東、関西からの参加もあり盛会になりそうだ。
 退職して時が過ぎ、なじみの店も少なくなった。最近は、後輩がおかみをしている店で開く。先輩風は吹かしてはいないが、心遣いがうれしい。
 毎回、飲み放題だが、酒量も減り料理の残りが増えてきたのは年相応かと感じる。しかし、話し方は青春時代のままだ。ただ、話の内容は経験した病気や健康への取り組み方などが増えた。
 皆に楽しんでもらえるための趣向を練っている。喜寿は紫色で祝うという。宴席の座布団の色は紫で頼もう。
 喜寿まで元気にこられたことに感謝し、さらに級友との絆を強めよう、などと思いながら名簿を作っている。 

     (2017.06.26 中国新聞「広場」掲載)    

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2017年6月25日 (日)

興風時報

   岩国市   会 員   片山 清勝

 岩国を知る上で貴重な新聞「興風時報」がちょうど100年前の1917 (大正6)年5月に発刊された。戦時下には合併、休刊もあったが、56年9月まで月1回、延べ2千号以上が発行された。
 その閲覧が図書館でできると知り、訪ねてみた。「岩国を知る貴重な史料です」と係りの人は言って書架まで案内してくれた。
 父が「興風時報」の読者だったという子供のころの記憶が残っていた。また、数年前に仲間とご当地検定を立ち上げた時、検定資料を作成した。そうした作業の中で、興風時報の記事から引用した資料に出合ったこともあり、本物を読んでみたいと思っていた。
 創刊号は14。発行所は岩国市でなく、山口県玖珂郡岩国町とされていた。1部3銭。広告は1行15銭、発行の年号に紀元と西暦を併記するなど時代を知る上で参考になる。記事内容は現在の新聞ローカル面と大きな違いはないが、町内の出生状況や行事が細かく載っていてほほ笑ましい。
 豊富な記事内容を目の当たりにして 「貴重な史料」という説明に納得した。高度に通信手段が発展した現代とは格段の差がある時代の取材、大変だったろうとも想像した。
 記事に句読点はあるが、改行はない。べた書きで少し読みづらい。初めて見る字、読めない字も多い。
 まだ1冊目のファイル2年半分を見ただけだ。全18冊を見終えるには相当な時間と努力が必要だが、郷土を知るため続けたい。

     (2017.06.25 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2017年6月21日 (水)

小さな池

       岩国市  会 員   森重 和枝

 

庭に小さなハナショウブ池がある。池は亡夫が手作りして、20株の苗を植えたものだ。「梅雨時の庭を彩り、心を和ませてくれる」と大輪の花を愛でていたことが何回あっただろう。
 あるじを失っても株は増え続け池は挟くなった。株分けし、休耕田の辺りに移し畑を作る。毎年、少しずつ広げていき、20年たった今では200株を超えてきた。手入れが行き届かない現状で、花付きが悪くなった。
 庭の池だけは、せっせと草取りをして毎日手入れをしている。今年も祥月命日に合わせて、きれいに咲いてくれた。
 形見の池は健在ですよ!
  (2017.06.21 毎日新聞「はがき随筆」)掲載)

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2017年6月20日 (火)

母の大島紬

  岩国市  会 員   安西 詩代

私の小さい頃から明治生まれの母がよく着ていた、大島紬の着物をもらっていた。これから先、この和服を着る予定もなかったので、洋服のベストに作り替えてもらった。縫ってくれた方が「ところどころ、薄くなっていましたよ」と言っていた。

先日、57年前の写真がでてきた。その大島紬の着物を着ている母と父が、宮島の鳥居をバックに撮影した白黒の記念写真。この6年後に父は亡くなっている。

今の周南市から宮島まで、1日かけての小旅行だったのだろう。父と母は、どんな話をしながら宮島を歩いていたのだろう。私の知らない父と母を大島紬は知っている。 

この着物は母のお気に入りでとても丁寧に手入れがなされ、いつ見ても新品のようだった。最初はよそ行きにしていたのだろうが、そのうちにかっぽう着の下に着る普段着にしていた。

 50年以上も母と共にした大島紬は、喜びと悲しみを織り糸の中に包み込み、今度は私の喜びと悲しみを、その上に重ね込んでくれる洋服に生まれ変わった。大島紬の寿命に驚くとともに、よみがえったベストを見て、母が喜んでくれている気がする。

2017.06.20 朝日新聞「ひととき」掲載)

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2017年6月 9日 (金)

心の中の父

          岩国市  会 員   樽本 久美

  もうすぐ父の日がくる。4月に父が亡くなったので、デパートで今年は、何を贈ろうかと考えることができない。寂しい。でも、父は私の心の中にいる。生きている時とは違った感覚。
 最近、仏様の本を読んでいる。今まで何にも知らなかった作法や死後の世界。「毎日生きているのが当たり前」のような生活をしていた私。父の死で今日の大切さを痛感している。「今日できることは、今日やろう」。明日の命は、わからない。
 まだ、母が生きている。父の分まで母を大切にしたいと思うが、わがままな母。最近携帯電話を使うことになった84歳の母。何度も教えるが、なかなか使うことができない。年を取るとは、こういうことなのか?
 昔は、なんでもできた自慢の母であったが、今は……。私も通る道。我慢してもう少し、母に付き合うことにしよう。
 父はいないが、私の心の中にはいる。困ったことがあれば、南無阿弥陀仏と父の法名を唱えよう。周防大島が父の故郷。大島でも八十八ヵ所巡りができる。御朱印帳を持って巡りたい。観光も兼ねて大島の海と青い空を。
 事あるごとに父を思い出すが、前を向いて笑って生きていこう。そんな思いを込めた私の書作品を父のひつぎに入れた。
 小さいころ、あまりに落ち着きがない私に、書を習わせてくれた父。父の友人から書を習った。その先生も、今は、あの世で父と会っているであろう。私のことを見守ってくれているであろう。父の娘で本当によかった。ありがとう。合掌。
       (2017.06.09 毎日新聞「女の気持ち」掲載)

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2017年6月 3日 (土)

明るいエッセー

         岩国市  会 員   山本 一

 今日は午後からエッセーの同好会がある。合評に持参するはがき随筆がまだ書けない。「明るい前向きなエッセーを書け」。これが私に対する会員の意見だ。   

ところが浮かんでくるのは老いた五体に絡むものばかり。この4、5月だけでも「突然の声帯異常」「ギックリ腰」などで、春爛漫の時季を暗く過ごした。家族ものが手近だが、妻が嫌がるのと安直過ぎるので、最近書かないようにしている。と、あれこれ悩んでいてこの文章を書き始めた。

何だか心が晴れてきたぞ。日常で出会った感動や思いを、率直に切り取れば良いのだ。

   (2017.06.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年6月 2日 (金)

思わぬプレゼント

           岩国市  会 員   上田 孝

 周防大島でのランチの帰り、いつもの道路から外れて集落に寄り道。行き止まりの小さな漁港に車を止めた。左手目の前の浅瀬に何と鳥居が。リトル宮島だ。港の突端まで歩きエメラルドグリーンの海と島々が織りなす絶景に見とれた後、神社に行ってみることに。
 木々の迫る小道を抜けると鎮守の森に囲まれた古いたたずまいの社。誰もいない。遠い昔にタイムスリップして静寂の時間を過ごした。一緒に行った義母は亡き義父の郷里なので大島はなじみ深いが「こんないい所があるとは知らなかった」と大喜び。思わぬ母の日のプレゼントになった。

      (2017.06.02毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年5月31日 (水)

孟宗竹

       岩国市  会 員   山下 治子

 
豪州2年間の旅から帰り、居候中の末息子が山から竹を切り出し垣根を作り始めた。1カ月弱かかったが、和風の仕上がりは庭を引き締め、大満足。「お疲れさん」と手間賃を渡すと「飯代にして」と返されたので「了解」と握手をし、ハグした。
 
 ある日、また何か作っている。竹の節を利用した三段生けの植木鉢だ。「俺、カネないから……。花は自前で植えてや。母の日、サンキュー」と。「ありがとう。こういうの欲しかったの」と私は、それを玄関先に置いた。他の息子たちからも感謝の品をもらった。年に1度、鬼の母がうるっとする日だ。
 
  (2017.05.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年5月30日 (火)

つぶやき

     岩国市  会 員   稲本 康代
 

 私は猫嫌いではないが、ノラ猫は苦手である。
 
今朝、新聞を取りに玄関を開けると、庭の中に1匹の猫がいた。それも、特に嫌いな黒と茶のまだら模様である。
 
じっと見つめると、相手もにらんでいる。猫と私。互いに固まって数秒。そして、それぞれの方向に動いた。
 
決して石などを投げつけたりはしないけれども、ノラと出会うと冷たい目で見てしまう。そこが通じるのか、相手も身構えて私をにらむ。 
 
写真家、岩合光昭さんの写真に出てくる猫たちは、みんな可愛いのになあ。
    
2017.05.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年5月29日 (月)

歴史学ぶ意欲に感銘

   岩国市   会 員   山本 一

 26日付のヤングスポット欄で「将来に向け歴史勉強」という13歳中学生、生田ちえりさんの投稿を読んだ。
  「歴史は、昔の人たちがどのように活やくし、どんな過ちをしてしまったかを、知ることができるからです。また、私たちはこれからどうしていくべきかが、わかるからです」とあった。
 私は幼い頃から歴史の勉強が嫌いだった。「なぜ過ぎ去ったことを覚えなければいけないのか」と思い込んでいた。歴史を知る必要性が分かったのは、就職してからだった。
 がむしゃらに仕事をこなす時期を過ぎ、自分が中心になってより大きな仕事をしなければならない25歳ごろになって、やっと気付いたのだ。
 それまでの歴史嫌いを後悔した。いまだに尾を引き、歴史に疎い自分に引け目を感じている。生田さんのように「自分で分かる子ども」ばかりではない。歴史の必要性が自分では分からない人には、学校での教え方も大切だ。  

    (2017.05.29 中国新聞「広場」掲載) 

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