2019年6月17日 (月)

祥月命日

   岩国市   会 員   片山清勝

 わが家の祥月命日は全て奇数月。3月は母、5月は祖父、7月は祖母、9月は父だ。祖母、祖父、父そして母の順で亡くなった。祖父母と父の五十回忌、母の三十三回忌はいずれも済ませた。
 私たち夫婦の金婚式は過ぎた。妻は父と祖父母に関して、母から聞いたことしか知らない。それでも命日に、それぞれの好物を供えてくれており感謝している。
 命日には近くに住む姉妹たちがお参りに来る。命日以外でもそうなのだが、姉妹は妻と日頃のあれこれを話す。その会話は、実家の嫁というより実の姉妹のよう。目をつむって聞いていると、母娘の会話のようにも聞こえることがある。長男としてうれしいことだ。
 命日が近くなると、私は毎月している墓掃除を命日前に済ませることが役目。仏壇の掃除はいつもだが、妻が支度する仏花などがそろえば、ほこり払いや具足磨きなどから始める。
 4枚の遺影は仏壇の横のかもいに掛けている。この家に引っ越してきて二十数年。一番いい部屋に飾っているが、居心地はどうなのだろうか。額を拭きながら、わが家の様子をどんな思いで眺めているのだろうかと思う。
      (2019.06.17 中国新聞「明窓」掲載)

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2019年6月14日 (金)

探し物

   岩国市  会 員   林 治子

 「探し物はなんでしょうね。どこにあるんでしょうね」。昔、テレビドラマの主人公が口ずさんだフレーズが思わず口をついて出てくる。ただいま探し物の真っ最中。月一で通う教室で使う色紙。いくら探しても見当たらない。
 偶然訪ねてきた友が「なにしとるん」。「探し物」と返事。「あんたのことじゃけん、認知症言われたらかなわんと必死になっとるんと違う? そうゆう時はしばらくほっとくのよ。思わぬ所から出てくるもの」と慰めてくれた。とうとう聞に合わず店へ走る。
 ほっとしたけど途端に探す気力もうせ、まだ見つかっていない。
    (2019.06.14 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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抜いた歯へ

   岩国市  会 員   片山 清勝

 ヂクッとした痛みが始まり、延び延びにしていた抜歯と義歯を入れる治療を始める。まず抜歯、診療台が後ろに倒されはじめ、ちょっとした覚悟をして目を閉じる。だが、あっけないほどの短い時間で、苦痛もなく処置が終わったのは歯科医の腕か。 
 抜いた歯が思ったより小さくて驚いた。「歯の健康は全身を守る」というが、小さな姿で七十数年ものわがままな食べ方を受け入れ、健康を守ってくれたのか。感じたことのない「ありがとう」の強い気持ちが自然に湧き出た。
 私より先に寿命がきた歯に、残りを守る8020を誓う。  
   (2019.06.14 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2019年6月11日 (火)

最後の同窓会

   岩国市   会 員   吉岡賢一 

 きっかけは、中学校卒業から35年が過ぎて50歳になった節目に開いた同窓会だった。「人生の小休止」と銘打ち、同級生は282人のうち92人、恩師は担任と専科を合わせて13人と、多くの方に参加いただいた。
 同窓会はその後、3年から4年置きに開き、還暦、古希を経て今回、喜寿の記念同窓会を迎えた。50歳の「人生の小休止」から数えて8回目となる。
 ただ、回数を重ねるたび参加される恩師の人数が減った。同級生も年々、案内状発送枚数の減少に比例して参加者も少なくなった。
 「来し方行く末」をさかなに談笑するお膳立て役の幹事団も、最初は20人近くいた。それが1人またI人減り、とうとう7人になった。エネルギーもパワーも減退する中での人数の減少である。今後の開催を約束できないため、案内状には「今回が最後となる」ことを明記した。
 同窓会を振り返れば、多くの人間ドラマがあった。印象深いのは、主人を亡くした奥さまから「写真で参加します。皆さまと一緒に乾杯を」と会費とともにすてきな写真を送ってもらったことだ。「天国からの出席者」として紹介した。
 さまざまな思いを秘めて開催する私たちの中学最後の同窓会。自分のことは自分でできる人は元気なのだと訴えたところ、思いのほか多くの方が参加してくれた。
 まだまだ先のある人生、今回の出席率によって「最後の同窓会宣言」を撤回できれば、うれしい。

      (2019.06.11 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2019年6月 7日 (金)

見ていてね

   岩国市  会 員   横山 恵子

 亡き父は退職後、庭の一角を耕して畑にした。「畑作りは土作りじゃ」と言って堆肥を作り、大根やトマト、つくね芋にも挑戦。亡き母の好物の文豆は毎年作った。
 しかし7年前、突然の事故で急死。畑が広く感じられた。傷心の日々の中、戸棚の隅に文豆の種を見つけた。秋にまいたら翌春、実がなった。小粒の豆がいとおしく、込み上げるものがあった。
 今年は豊作。早速豆ご飯を仏壇へ。父の後ろ姿を思い出しつつ、試行錯誤の野菜作り。空からはらはらしながら見ていた両親も「おーやっとるなー」と少しは安堵しているだろうか。
   (2019.06.07 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2019年6月 2日 (日)

児童の心理ケア必要

   岩国市   会 員   片山清勝

 近くの小学校の運動会振り替え休校の翌朝、登校する児童らを見送りながら「今日も一日安全に」と願った。私の日課の一つで、明るい話し声からいつも元気をもらっている。
 それから1時間もたたずに川崎市で登校中の児童を襲う凶悪な事件が報じられた、先ほどまで見ていた児童と重なり、身震いすると同時に強い怒りを覚えた。
 犯人の自殺で動機の解明は困難だろうが、再発防止に向けた関係者の最善策を願っている。
 急がれる一つは児童へのケアだろう。ショックを受けた子らには急な腹痛や頭痛、無表情や不眠など、これまでとは異なる様子が現れるという。事件現場に居合わせた児童はもちろん、全校生へ細やかな対応を図ってほしい。
 また、事件現場で手を合わす子を含む大勢の姿を映像で見ながら、被害児童の学校以外の子どもらにも、ケアの必要が発生していないかと心配している。
 翌日の児童の登校には付き添いの親が増えている。

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2019年6月 1日 (土)

聞かぬが花

  岩国市  会 員   吉岡 賢一

 山笑う青葉若葉のすてきな季節に、防災スピーカーから「クマの親子発見、要注意!」の予期せぬ警報が発せられた。幼稚園や小・中学校が多くある地域だ。
 「子どもたちを守らねば」と色めき立った。
 孫君の小学校でも、数日間保護者の送り迎えが義務づけられた。「母さん、何かあったら大変じゃけー来なくていいよ。その代わりじいちゃん迎えに来てよ」。4年生にして、母親はこの世で最も大切な存在であり、看護師という仕事が忙しいことを知っている。
 ならばじいちゃんはどうなん? 聞かぬが花、言わぬが花。孫君に幸あれ。
   (2019.06.01 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

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2019年5月28日 (火)

犬も食わぬ

  岩国市  会 員  村岡 美智子

 日曜日の午後、くだらないことで夫ともめた。「私、出て行く。帰って来ん!」と言い残し、娘も誘って家を出た。本当は帰って来るのだけれど。
 姉のところへ行き、夫のことを愚痴りながら、我々は晩ご飯の時間を楽しく過ごした。夫はひとり寂しく、何かしら食べただろう。その晩帰ってきても、顔を合わせなかった。
 翌朝、夫が謝った。謝ることは苦手で、今まで謝ることはほぼなく、ぶすっとして数日過ごす。しかしながら今回は、冷静に考えて非を認めたようだ。
 ささいなことにもめず、仲良くやろうよ。
 (2019.05.28 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2019年5月26日 (日)

貴重な両生類 手厚い保護を

   岩国市  会 員   角 智

 山口県東部を流れる錦川は、河口の岩国市から広島湾に注いでいる。 
 中流域の支流の宇佐川は、国の特別天然記念物で「生きた化石」といわれ世界最大の両生類・オオサンショウウオが生息する本州最西端の地とされている。  
 この川は現在、砂防ダム士事に伴い、74匹が保護施設で飼育、一般公開もされていると聞き見学した。
 本来、夜行性のため水槽の土管の中などに隠れている個体が多かったが、体長110㌢、推定年齢95歳と貫禄ある個体もいた。爬虫類と魚類の習性を併せ持つ生体は珍しく、幼生の間は前脚の付け根あたりから体外に突き出たエラで呼吸するが、成長すると肺呼吸に替わるという。
 絶食に耐え、捕食の時以はほとんど動かないが、歯が鋭く、飼育者が指をかまれ出血した写真を見て驚いた。大変貴重な生き物への手厚い保護が必要だ。
   (2019.05.26 朝日新聞「声」掲載)

 

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2019年5月21日 (火)

クマ対策の輪広がれ

   岩国市   会 員   吉岡賢一

 岩国市南部で最近、クマの目撃情報が相次いでいる。「クマの餌となる生ごみの扱いに注意し、朝晩の外出時は特別に警戒するように」と、各所の防災スピーカーから、ひっきりなしに警報が発せられている。
 近くには幼稚園や小、中学校も多数あり、児童生徒の通学も危険だ。学校側の安全指導はもちろん、通学路の見守り隊の協力強化や、送り迎えを保護者に呼び掛けるなどの緊急対策がとられている。それでも十分とは言い難い。
 そこで、地域の高齢者という人的資源に協力を仰ぎ、ラジオや笛など音を発する器具を持って、通学路の各所に立っていただく。そういう輪を広げたい。それだけでも当面の力になりそうである。私たちにできることをやりたいものだ。 
 
大切な子どもたちを育てるには、地域の協力なくしては考えられない。互いに確認したいものである。
    (2019.05.21 中国新聞「広場」掲載)
 

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