2019年4月22日 (月)

父の手

      山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 父の器用な手は私の憧れだ。絵を描き習字もたしなみ、たくさんの絵手紙ももらった。もつれたタコ糸をきれいにほどいてくれていた父もまもなく九十。ずいぶん年をとった。

 「そろそろ寝る時間よ」と声をかけると父が手を差し出す。今まで1人で立ち上がっていたので、とまどいながら手を差し伸べると安心したのか手を握り立ち上がって寝室まで歩いた。朝食はいつもパン食なので、食べる分だけ皿にのせて渡した。目を離したすきに縛っていた袋を開けパンを食べ続けている。 油断大敵。手の力は弱くなったが、器用さは健在なようだ。
  (2019.04.22 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2019年4月18日 (木)

花粉症知らず

   岩国市   会 員   片山清勝

 目の前に、分厚いマスクに保護眼鏡を掛けた人がいた。「花粉症じゃないの」と声を掛けられて、知人と分かった。重装備の知人には悪いが、遺伝なのか感度が鈍いのか、私は花粉症を経験したことがない。
 思い返せば、子どもの頃には近くの山も遊び場の一つだった。広場と同じように駆け回った。
 杉の実がなるころには杉鉄砲で遊んだ。小さな竹を銃身に、自転車のスポークや竹の串などを銃身の長さに合わせて切り、突き出し棒を作る。銃身に弾代わりの実を詰めて、思いっ切り突き出して飛距離を競って遊んだ。
 杉の実を取る時にはしっかり花粉を浴びた。弾の滑りをよくするため、実を口に含んで湿らせてから詰めて発射した。時には誤って飲み込んだ。こうした遊びから自然に抗体ができ「花粉症知らず」になったと勝手に思っている。
 一目で花粉症と分かる姿は減っているようでもあるが、それは見掛けだけという。予防法や治療薬、個人の対処法によって苦しそうでなくても、症状は変わらないらしい。
 前に住んでいた所では、隣家に高さ20㍍もあろうかという杉の大木があった。黄色の花粉が風に吹かれ、帯状になって飛散していくのを下から眺めたこともある。その頃、花粉症のことは知らなかった。
 真っすぐに成長する杉の木は、和風の建築には欠かせない貴重な資材である。
 杉は人を苦しめているとは知らない。
     (2019.04.18 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2019年4月16日 (火)

飼い猫の勘

  岩国市  会 員   片山 清勝

 クロは、ある家の庭で見かけるようになった、全身真っ黒な猫に私がつけた名前。目が合うと身構え、威嚇の姿勢をとる。繰り返すうち、無害の人間と分かってくれたのか、寝そべり見向きもしなくなった。
 クロが白い車のボンネットで日を浴びて丸くなって寝ている。穏やかな寝姿と黒白のコトラストが面白いと気づかれないようにカメラを向けたつもりだが、ヒョイと起き上がり顔を向けうまく撮ってくれと言わんばかりのポーズをとる。  
 飼い猫、寝ていても野生の鋭い勘を残している。そう思いながらシャッターを押した。
   (2019.04.16 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2019年4月13日 (土)

忘れ難きは

  岩国市  会 員   横山 恵子

 「花は咲く」の曲が流れると山懐に抱かれた古里を思う。9人家族だったが、父の転勤で私たちは岩国へ。その後、次々と祖父母たちを見送った。そして10年間、1人で家を守っていたおじも力尽きた。
 昨年、雪の降る前にと、いとこたちと墓参りし、おじたちをしのびつつ、昔話をした。家の裏に行くとたわわに実ったユズ。あるじなくともと思うと切なくなった。
 大豆を石臼でつき、作った豆腐、走り回ったレンゲ畑。思い出は、ぜーんぶこの胸に。帰る度、元気をもらった。あり難きかな古里は。
   (2019.04.13 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

  

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2019年3月30日 (土)

春の風物詩

  岩国市  会 員   森重 和枝

 この地区は、錦川漓流線の沿線にあり、電車の通る時間が時計代わりになる。昼前の下り電車が近づく。畑仕事を切り上げ、立ち上がると、一面の菜の花としゃがむ人影が見えた。シャッターチャンスを狙うカメラマン。桜と菜の花の中を走る電車の構図は人気らしく、時刻表に合わせて県外の車が並ぶ光景は今では、この時期の風物詩だ。

 菜の花は20年前から村おこしのイベントに始められた。不作の年もあったが、今年は上出来だ。桜も咲いてくる。青空と黄色の景色に、腰の痛みも和らぐ。食卓にも春を添えるため、摘んで帰ることにしよう。
   (2019.03.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

  

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2019年3月23日 (土)

よそいき

岩国市  会 員   貝 良枝

 「28日に保健師さんが来てよ」と母に伝える。「28日?」。確認したって覚えていられないのに。
 当日、実家に行き「10時に保健師さんが来てよ」と言うと「ほうか」と初めて聞くような返答をする。やっぱり……。掃除するので寝室に促すと「これでええかのぉ」と今着ている服を心配する。「いいよ、それで」と返事しておいた。来られたので母を呼ぶ。歩行器を押し現れた母は「お出掛け服」に着替えている。話し方も「そうです」「おります」と、よそいき。
 90歳、できないことが増えたが、「よそいき」のできる母に拍手。
   (2019.03.23 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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いつでも夢を

  岩国市  会 員   吉岡 賢一

 竹馬やお手玉、あやとり、コマ回しなど昔の遊びを通して、小学1年生と地域の大人が交流する会に呼ばれた。不慣れな子供たち相手に我を忘れて遊びを楽しんだ後、一緒に給食をいただく時間となった。
 始まって間もなく隣の男子が「おじさん、いくつですか」と間くので「77歳よ」答えた。間髪を入れず「将来の夢は何ですか」ときた。思わぬ質問に、さて何と答えよう。適当にお茶を濁したものの人に話せる将来の夢などなくしてしまった自分がちょっと恥ずかしい。改めて思う。「雀百まで踊り忘れず、人間百まで夢を忘れず」だなー。  
  (2019.03.23 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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亡き母の味思い出す

   岩国市   会 員   横山恵子

 先日、近所の人に手作りこんにゃくを差し上げたら「あんたのお母さんによくいただきました。こんにゃくを見ると思い出すわ」と言ってくれた。
 叔母から毎年コンニャク芋をもらうので、母は生前手作りしては知人にあげていた。晩年の20年余り、私とは同居していた。母が作るのをそばで見て、覚えたのは幸せだった。
 始めて1人で作った時、少し硬かったが、「初めてにしては上出来よ」と言ってくれた。すし、シソジュース、かしわ餅なども教えてもらった。すしは亡くなった父の好物だったので、母はよく作っていた。その味には到底かなわない。
 親類に「おばさんの岩国ずしの味は忘れられんよ」と言われる。あの世で母も喜んでいるだろう。
 ノートに母のレシピを書き留めて居たのでそれを見て作り、「おふくろの味」を思い出している。私が働いていた時、両親には随分支えてもらった。母が亡くなって1年余り。思い出すと目頭が熱くなる。
   (2019.03.23  中国新聞「広場」掲載)

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2019年3月18日 (月)

妹からの入退院連絡メール

   山陽小野田市 会 員   河村 仁美

 

「突然ですが、今日から1カ月あまり入院します。来てもらっても対応できません。先の事はまだわかりませんが、治療に専念しようと思ってます」というメールをよこし、妹が入院した。

 今は便利な世の中。メールを送れば、こちらの聞きたいことに返事が来るし、フェイスブックでは画像で様子を知ることもできる。妹に応援メールを送ったら「私の事は気にしなくて大丈夫。長期戦になることは問違いないから……。インフルエンザ大流行の時だからこそ、見舞いは来ない方がいいと思う。私の場合は、風邪や発熱でも要注意だから」とダメだしメール。

 そうこうしているうちに「今日、退院します。今回の入院は娘や同級生も駆けつけてくれて有り難かったです」と退院。すぐにも駆けつけたかったが、姉妹でも苫しんでいる姿は見せたくないのだろうと遠慮してしまった私。3日の本紙仲畑流万能川柳の「お見舞いに行くも行かぬも思いやり」に救われた気がした。
2019.03.18 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

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2019年3月17日 (日)

終活 身近なことから

   岩国市   会 員   片山清勝

 両親と遠く離れて住んでいる知人が、父の死後、残された母へ引き継ぐ手続きで苦労したと聞いた。そのことから、私も終活として、妻を置いて先立つ前提に整理を始めてみた。
 そんな時、14日付くらし面のこだま欄に、夫を亡くした後の諸手続きを息子が確実にこなしたことへの感謝がつづられていた。迅速な手続きにより残された者の生活が安定し、安心して次のステップへ進めることを確信した。
 私は生活に直結することから始めている。月々の生活費支払い、公共料金に税金など、かつては人が行っていた集金が、全て金融機関の引き去りに変わり、この変更だけでも大変な数になる。新聞やテレビ、ライフラインなど生活に欠かせない契約の名義変更も大切な項目と気付いた。
 手続きは慌てると抜ける恐れがある。妻や離れて暮らす息子が困らないよう丁寧にまとめようと苦心している。集金人と楽しそうに会話していた母の顔を思い出しながら。

     (2019.03.17 中国新聞「広場」掲載)

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