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2006年1月

2006年1月10日 (火)

「身の丈に合う生活を」

      岩国市    会員   国武 洋志

 日本語には、古くからから語り伝えられてきたすばらしい言葉が多くある。「身の丈」も、その一つだ。身の丈とは身長のことだが、現在ではほとんど使われなくなったのではないだろうか。

 身の丈には、自分自身を指す意味もある。祖父母は事有るごとに、この言葉を使って話してくれたものだ。 「人は身の丈に合った生活をしなければいけない」と。

 自分の収入に見合った生活をしないと、生活は成り立たないことは分かっているようで意外と分からないから、こう言い伝えられてきたのだろう。

 通学時間帯の列車に乗る機会があった。周囲を見回すと、どの手にも携帯電話がある。降りるまで、一度も手放すことなく動かし続ける者が多い。

 昔型の人間である私としては親はいったい、いくらくらい小遣いを渡しているのだろうかと考えてしまう。働きもしないうちから、平気で金を使う生活。幸せな世の中なのかどうか。これが、身の丈にあった生活なのだろうか。
    (2006.01.10 中国新聞「広場」掲載) 

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2006年1月 3日 (火)

「お水取り」

     岩国市   会員  檜原 冨美枝 

 元旦、目をこすりつつ土間に下りる。しめ縄のかかったピカピカのバケツに若水がくんであった。

 家の伝統行事を重んじてのことだろうが、もう一つには5人の子供たちが今日から始まる今年1年、清く正しく健やかに成長して欲しいとの亡父の切なる願いが込められていたと思う。

 神仏に新しいお水をお供えし、お雑煮、お茶と次々にその水は使われる。そして家族は心温まる朝のぜんを囲んだ。

 厳寒の中、暖房の不十分な時代に元日のお水取りは骨身に応えたことと思うが、寒かったとかつらかったとか、父の口から一言も聞いた記憶がない。

        (2006.01.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2006年1月 1日 (日)

「最終便」

                  岩国市   会員  沖 義照

 「最終便」という名前のついた短編小説が私の書棚に2冊ある。林真理子の「最終便に間に合えば」と、渡辺淳一の「パリ行最終便」。

 昔の恋が再燃するかどうかの恋愛小説である。いずれも、女が自分の意に反して、願っている方向と逆の行動を意識的にとったことの顛末が、切なげに書かれた名作である。

 私も若いころ、恋といわず、自分の意に反した行動をとることはよくあった。本当はこうしたいと思っているくせに、それとは逆の行動をとってしまう。そのくせ、しばらくの間、それを悔やんでいる。

 しかし、それも人生。すべて自分が選んだ道である。その時々、それが一番いいと思って選択してきたはずである。

 「最終便」に登場する女性は、この時の決断をきっかけに、きれいさっぱり過去と決別でき、いい人生を歩んでいるに違いない。

 今の世の中、結果として何が起きるかを予測するのは難しい。良い結果が待っていると信じて生きていくしかない。

 過ぎ去ったことを、いつまでもくよくよと考えない。そういい聞かせながらも、修正のきく生き方が出来ればなと思うこともしばしば。書いては消し、消しては書くラブレターのように。
 
 小豆色の花水木の落ち葉が、初冬の風に吹かれているのを眺めながら、ふとこんなことを思ってみた。
            (2006.01.01 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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ブログ開設ご挨拶

 本日、「岩国エッセイサロン」と名づけたブログを開設いたしました。

エッセイを書くことが好きな者5人が、このたび当会を結成しました。

月に1回持ち寄った自作のエッセイを、互いが評価しあうことにしています。

そのエッセイを、このブログで披露しますので、読んで頂けば大変うれしく思います。

しかしまだ、初回の会合をやっていませんので、現在読んでいただけるものはありません。

本格活動を始めましたら、是非お立ち寄り下さい。

なお、会員は随時募集しています。初心者大歓迎ですので、ぜひ入会してください。

一緒に、何かの思いをエッセイにしてみませんか。

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