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2006年3月

2006年3月21日 (火)

「臥竜の梅」

   岩国市   会員     横山 恵子

 義母と義妹を誘って、夫と4人で錦帯橋近くの紅葉谷にある洞泉寺の「臥竜の梅」を見に行った。

 実は臥竜梅のことは、何年前になるだろうか、中国新聞で知って「こんな近くに名所があるなんて」と早速、見に行ったことがある。

 「これが新聞に載っていたあの臥竜梅かね」と女の人が話しているのを聞いて「新聞の影響力ってすごい」と思った。

 この梅は、吉川広嘉が植えたとされ樹齢350年以上とのこと。「しだれ梅」は、コケが生えており年輪を感じさせ、しばし見とれていた。

 花には、心を癒してくれる力があるという。ほのかに漂う甘い香りは、なぜか走り回って遊んだ幼いころを懐かしく思い出させてくれ、たまらなくなる。

 後日、花好きの義母が「まあ立派な梅じゃったね。ほかにもいろいろな梅があって、あんなに梅が綺麗だなんて初めて知ったよ」とうれしそうに話してくれた。

 もう少しでサクラの便りも聞かれることだろう。サクラは不思議な花だと思う。つらいときには、物悲しく見えたり、うれしいときは輝いて見えたり……。

 見るときの気持ちを反映しているのだろうか。精いっぱい咲くサクラを義母たちと見に行きたいと思う。

    (2006.03.21中国新聞「広場」掲載)

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2006年3月 9日 (木)

「ぼんぼり」

          盛岡市   準会員   松田充子

 お正月の松の取れた朝、88歳の姑が起きてこなかった。

 部屋に行き、声をかけたが返事はなく、すぐ救急車で入院することになった。半身麻痺と言語障害を起こしていた。

 医者からは1週間の命と言われたが、入院生活は4年も続いた。自分の力では何もできず、話すこともできない姑に、「もうすぐ春ですよ。3月はひな祭りですね」と語りかけ、「あかりをつけましょ ぼんぼりに~♪」と歌った。すると、今まで反応がなかった姑は、涙を浮かべて私を見つめた。

 「分かりますか」

 私が感動に震えながら、手を握って姑の顔を見ると、涙がほおを伝っていた。「おひな様は立春が過ぎると蔵から出して飾るのよ」といつも話していた。何も分からなくなった姑、話すことも自分で食べることもできなくなった姑が、ひな祭りの歌を聴いて、涙を流す。

 遠い日に娘と一緒におひなさまを飾った日がよみがえって、懐かしんでいるように思えた。

 生きることはすばらしい。何も分からなくなっても、人間の五感で感じ取ることができる。年を重ねても、老いても、生きることは素晴らしいとその時、強く思った。

 毎年、この曲を聴くと、亡き姑を思い、涙がにじむ。
     (2006.03.09 毎日新聞「女の気持ち」掲載)

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2006年3月 1日 (水)

「栃東の綱とり」 

   岩国市   会員    国武 洋志

 大相撲春場所の番付発表を聞くとともに、大のファンである私の心は早くも十二日の初日に向けてスタートしている。今場所の見どころは、何と言っても栃東の「綱とり」にある。

待ち望んでいた横綱の誕生、それが日本人となると楽しみは格別である。これまで栃東は、けがに泣かされてきた。そのために大関を陥落したが、復帰を果たした。

その後も楽な場所はなかったが先場所、カド番で挑んで見事、優勝を果たした。先場所の栃東を見て、何か吹っ切れたものを感じた。

地味な力士だった栃東が、目標を口にするようになった。その姿を見て「綱は取れる」と感じたのである。

もう少したつと初日はやってくる。木の音によって淡々と進行する土俵、呼び出しによる土俵の整備も終わり、最後の塩に向かう力士の表情……、私の心は早くもテレビ座敷にある。                                           

2006.03.01中国新聞「声」掲載)

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