« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月

2006年4月30日 (日)

「桜吹雪の下で」

      岩国市   会員    安西 詩代 

 あれは20年前の桜の満開が過ぎた桜吹雪の日でした。

 ピンクに染まった桜の木の下で、地面の花びらを集めては上に放ち、桜の中で踊っているような老母と娘らしい二人を遠くで眺めていました。

 その情景は毎年、桜吹雪の頃になるとはっきりと思い出します。

 それから10数年。私の母を介護をするようになり、車椅子に母を乗せて桜の木の下で、あの時の母娘のように花びらを集め、花吹雪にしました。二人で楽しくて声を出して笑い合いました。

 今年も桜吹雪……。94歳でなくなった母をしのび、桜の中で踊っていた母娘と私たちは重なっていきました。

    (2006.04.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (2)

2006年4月26日 (水)

「心の天気予報」

       岩国市    準会員   新庄 由紀 

 「いってきまーす」。花散らしの雨を降らす空を見上げながら玄関を出た。「ふー」と鼻でため息を吐き、スクーターにまたがる。

 シールドのついた、ヘルメットをかぶる。雨の日の通勤は心も雨模様だ。家を出て坂を下る。雨の滴がシールドをぬらし、いつもの景色がぼやける。

 桜並木の道に入る。雨の滴とは違うものが目の前に張り付いた。桜の花びらが一片、「連れてけ」と、しがみつく。小さなお供……。

 「おお、連れてっちゃるけぇの」話し相手の無い、通勤おやじライダーは答えた。心の天気予報が、雨のち晴れに変わった。
   (2006.4.26
 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2006年4月22日 (土)

「物作りの原点、造船所で学ぶ」

        岩国市    会員   井上麿人

 なべ底景気といわれた1958(昭和33年)年、高校を卒業した。やっと受かった就職先は、瀬戸内海の真ん中あたり、広島県の竹原市から船で30分ほどの沖合いに浮かぶ大崎上島の小さな造船所だった。

 倉庫を改造したと思われる寮は、土間に卓球台が1台、2階が3部屋に分かれていた。同期生は地元採用を入れて4名。みんな若かった。

 「手袋、タオルは外せ、ポケットに物は入れるな」。初めての現場で先輩が大きく見えた。一汁二菜。 丼の麦ご飯だったが、すぐに慣れた。

 「急ぐな、目を離すな、気を抜くな」。事故とは隣り合わせの毎日だ。寮では優しい先輩も容赦がなかった。無力感、。島と言う環境。ホームシックにもかかった。

 「考えてからかかる仕事、考えながらでもできる仕事、あとから考えてもいい仕事、分けて考えれば少しは楽になるぞ」。立ち直る術も教わった。

 2年程で島から離れ、その後訪れる機会もない。しかし、寮にいたあの頃、体で覚えた「物作り」へのこだわりはその後私をとりこにして離さなかった。 

     (2006.4.22  朝日新聞「声」掲載)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月21日 (金)

会員エッセイのブログアップ

 1月に開設しました「岩国エッセイサロン」も、会員募集のパンフレットを図書館に貼ってもらったり、読売新聞に会の紹介記事が掲載されたり、また勧誘に歩いたりで、現在11人の会員となりました。

 毎月第3金曜日の午後、定例会を開催することにしています。試行錯誤の運営となりますが、まずはスタートすることが出来ました。

 早速ですが、会員の作品のうち、新聞に掲載されたものを中心として、このブログで皆さまに紹介させていただきますので、お暇なときに読んでいただければ大変うれしく思います。

 会員は原則として、定例会に出席可能な岩国市および周辺に居住しておられる人としていますが、定例会に参加できない遠隔の方でも準会員として仲間に入っていただいております。

 その方の作品もブログアップいたしますので、よろしくお願いいたします。なお、本会に参加希望の方は、連絡してくださいませ。大歓迎いたします。

2006.4.21現在会員(*印は準会員)  計13名        

  沖  義照     檜原 冨美枝    稲本 康代    角  智之
  沖  洋子     井上 麿人     横山 恵子     国武 洋志
  神村 順円    小田 推子     安西 詩代   *松田 充子
  *新庄 由紀

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月13日 (木)

「魔女のささやき」

        岩国市   会員  井上 麿人

 「芽を出すのよ」。妻の声がしていた。1月後、小さな植木鉢から一斉に双葉が顔を出した。野菜ではなさそうだ。  

 聞いてみると、景勝地のモミジがきれいだったので、種を持ち帰り、まいたのだという。モミジの発芽は難しいと聞いていたのだが……。

 玄関の水槽にメダカを飼っていた。最初は確かにメダカだった。「大きくなるのよ」。餌を与えながら話しかけているのを聞いたことがある。 

 メダカはその後、大きくなり、立派なフナに成長した。私は最近驚かなくなっている。妻がまたフナに話しかけている。「あっ、今度は色を変えるつもりだ」

        (2006.04.13 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「紙芝居台」

       岩国市    会員   沖 義照 

郷愁にかられて紙芝居台を作り、子供会行事に貸し出したりしている。ある日、近くにある小さな保育園に持っていった。

 

 3歳未満の目のくりくりした子が、好きなことをやって遊んでいる。若い女の先生のひとことで、床に引いた白線に1列になって正座した。

 紙芝居台を使って、先生が演じてみせた。子供達は大きな目をさらに大きく見開いて見ている。「使いたい時にはいつでも貸し出しますよ」と言い、それを抱えて保育園を後にした。

  家に帰ってみたが、どうも釈然としない。子供たちに、台を見せびらかせて帰ってきたように思った。

 「よし、もう1台作ろう」早速、工房に閉じこもり、あり合わせの板で作ってみたが、思った以上の傑作品に仕上がった。

 翌日、保育園に持って行くと、すでに子供達が正座して待っていてくれた。先生が前日とは違う作品を演じて見せた。

 「これ、おじちゃんが皆にくれるんだって」と先生。「わーい」と大きな歓声。帰り際に子供達がひとりずつ、柔らかな手を差し伸べて握手をしてくれた。

 3歳未満、孫と同じ世代だ。遠くにいる孫にしてやれないことを、私はせっせとやっている。いつの間にか、私が、保育園の子らに癒されていた。

       (2006.04.13 中国新聞「広場」掲載)     

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年4月12日 (水)

「健康の自己管理必要」

                 岩国市    会員   国武 洋志

 年1兆円ペースで増え続けるといわれる医療費の新聞記事を読んだ。今後ますます高齢化も進み、かって経験したことのない医療費の負担増に、政府としては頭を抱えていることだろう。

 政府は最善の方法を探し当てるべく努力しながらも、当面は高齢者の窓口負担増でカバーする方向で進みそうだ。

 医療費の負担増が、ある年齢に達すると少なくなるのは、医療制度が発足すると同時にできた制度だからだと思う。そのころに、現在のような平均寿命を考えていただろうか。予測すらできなかったのではなかろうか。

 医療にしても現代のように病気になれば、ほぼ誰でも医者にかかることができる状況は、私が子どものころには考えられなかったことだ。

 ありがたい世の中になったもので、それだけに、自分をコントロールするすべを少し失ったのではないだろうか。

 医療費が高くなっても、極力医者にかからずに済むように、自己管理が必要ではなかろうか。私は医療費の自己負担増は、当然だと受け止めている。

 残りの人生を逆算できる年齢に達し、病気などで命を縮めることのないよう、心身ともにコントロールしていこうと日々心掛けている。
    (2006.04.12 中国新聞「広場」掲載) 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年4月 6日 (木)

「根回り雪」

          岩国市   会員    沖 義照

 雪深い県北の山の登山道が除雪されたと聞き行ってみた。ブナ林は、まだ深い雪に覆われている。

 しかし、木の根元だけは、同心円状に雪が積もっていない。木が発する熱により雪が溶ける「根回り雪」という現象だ。

 人間も自然の一部だから、当然この原理は人間にも当てはまるだろう。周りの人に暖かく接していけば、周りも暖かくなり、丸く大きな人の輪が出来るに違いない。

 いいことを、春近い山の雪から学ぶことが出来た。現役時代は、「根回り雪」ならぬ「根回し役」ばかりだった。これからは「根回り雪」で生きて行こうと堅く決めた。
            (2006.04.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (1) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »