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2006年6月

2006年6月27日 (火)

「長距離電話」

     岩国市    会員      沖 義照

 病弱な母をひとり残して、横浜に住んでいた。会社からの帰り、東京駅の公衆電話から毎日、決まった時間に電話を入れた。

 「もしもし、元気? もう、夕飯食べた?」「じゃ、またね」と極めて短い通話で終わるものであった。

 こんなことが半年も続いたころ、母は入院し、電話をかけることはできなくなった。毎日どんな気持ちでベッドに寝ていたのだろう。

 それから数ヵ月後、電話も届かない遠くに逝ってしまった。老いた母をひとり置いていたことを、今でも申し訳なく思っている。

 色づき始めたアジサイを見る季節、私はいつもこのことを思い出す。
      (2006.06.27毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2006年6月23日 (金)

「錦川の恵み」

   岩国市    会員    沖 義照

 梅雨の中休み、犬を連れて錦帯橋に行った。ズボンを膝までまくりあげ、川の中へ誘う。短い脚が水底に届かなくなったとき、前足で上手に犬かきを始めた。

 泳ぐには少し早いのか、橋脚の石畳に上がった時、足を震わせている。ブルブルッと身体を回した後は、天日干しで我慢させた。

 3人の釣り人が流れの中に膝上まで入り、竿を操っている。 「あっ、Sさんだ」。久しぶりに見る会社の先輩がいた。

 悠々自適とはこのことだろう。近くに住み鮎掛けを楽しんでいると言う。胸までのゴム長靴をはき、いっぱしの漁師姿であった。

  10分くらいの間に、2匹が釣れた。「まだまだ小さいよ」と言う。「好きならあげるよ」「いや、そんなぁ」「ええよ、持って帰えりんさい」「いや、いいですよ」と言いつつも、川に沈めてある生簀の中の鮎を5匹もポリ袋に入れてもらった。

  頭の下の淡い黄色の斑点が天然のしるしか。川に入り、9mもの竿を3時間も振り回す。「いい運動になるよ」と笑っていた。

 急ぎ家に帰って塩焼の準備をする。「今夜は、ワインでいきましょう」。ワイン党の妻の機嫌がいい。台所からプーンと香ばしく焼けた苔のにおいがし始めた。さあ、今夜は頂き物の錦川の旬の恵みで乾杯だ。

   (2006.06.23 中国新聞「広場」掲載)

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2006年6月22日 (木)

「遊びを通して子は育つ」

    岩国市   会 員   横山 恵子 

 仕事の帰り、ふと車から目をやると、下校する小学生の集団に大人二人がガードするかのように歩いているのを見た。

 こんな身近な所にも、子供をめぐる凶悪な事件の影響はあるんだなと気が重くなった。これでは帰っても、思い切り外で遊ぶとまではいかないだろう。

 以前読んだ本に「よく遊ぶ子は、よく勉強する子、よく働く大人になる」と書いてあった。私の子供時代も近所の子と暗くなるまで遊んだり、夏は川で唇が青くなるまで泳いだりと、心残りなくよく遊んだ。ただし、よく勉強とまでは言えないが……。

 今は取り巻く環境が変わったとはいえ、子供は遊びを通して体力や想像力を養い、失敗を重ねながら成長していくという。

 俗に言うキレる子や人の痛みの分からない子が増えているのは、友達と仲良くしたり、けんかをしながら付き合い方を学んだりする機会が減っているのも原因の一つではないだろうか。

 先日、親子の触れ合いやコミュニケーションが脳の発達を促し、心にブレーキをかけられる子になると聞いた。 元気な声がこだまし、のびのびと子どもが育つ世の中であってほしいと思う。

    (2006.06.22 中国新聞「広場」掲載)

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2006年6月 4日 (日)

「妙な気遣い」

    岩国市    会員      沖 義照

 ピンポーン。妻が買い物に出かけた日の午後、静かな部屋でパソコンに向っていた時、インターホンが鳴った。

 傍らで寝ていた犬が跳び起き、玄関に向って大声で吠える。ボランティア仲間で、私よりやや若いM婦人が笑顔で立っていた。

 「お庭の満開になった花水木を見に来てくださいと言われましたので」と訪問の目的を言う。

 「家内は留守ですが、どうぞお茶でも飲みながら見てください。あっ、ドアは開けたままでいいですよ」と、玄関のドアを開けたまま居間へ案内した。

 あわててコーヒーを淹れ、窓越しに紅白の我が家自慢の花水木を眺めながら、まずは花談義をした。

 M婦人と、こうして1対1で話をするのは初めてのことである。ボランティア仲間のこと、趣味の話、孫のことと話はいくらでも続けることはできた。

 しかし、60を超えたとはいえ、誰もいない家の中でご婦人とふたりきりで面と向って座っているのは、どうも落ち着かない。

 コーヒーを飲み干したあと、空になったカップを2度も口に持っていった。ジョークも少し空回りする。妻の帰りが待ちどうしく、開けてある玄関に何度も目をやる。

 30分も経ったろうか。「ただいまぁ。どうしてドアを開けてるの?」。荷物を手にした妻が大きな声を出して帰ってきた。
            (2006.06.04毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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