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2006年9月

2006年9月30日 (土)

「猫の冤罪」

   岩国市   会 員    鈴川 汎子

 いわし雲が出ると、主人の畑仕事は急に忙しくなる。種まき、苗の植え付け。求めた苗は大切に一ヶ所に置いてある。

 「あっ」と思った時、苗たちはすべて私の尻の下。もちろん、折れ折れ。知らんぷりを決め込もうか? 本当のこと言おうか?

 いやいや、これは大きな夫婦げんかになること必至。愛猫のせいにしよう。「コラッ、ミー」。それくらいで済んだ。ホッ。

 数日後、買い替えた苗を持って「ここなら安全かのう」。見るのも気がとがめるのに、相談されたって……。本当のこと言える日まで、ごめんね、ミー太郎。
  (2006.09.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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「祖父母の面影」

  岩国市   会 員    横山 恵子

 私が小学校4年生の時、母方の祖父が気管支拡張症という病気のため、58歳で亡くなった。夏休みで父の実家にいた時、「チチ キトク」という電報が来るやいなや母は飛び出して行き、父が後を追った。

 当時2歳だった弟が、「お母ちゃんがおらん」と泣き叫ぶので、背負いながら歩き回った。大好きだった祖父にもう会えないのかと思うと、胸が張り裂けそうだった。

 夜、まんじりともせず外を見ていると、ホタルが飛んできて、しばらく止まっていた。幼心にも祖父が会いに来てくれたのでは、と思った。

 「できるものなら、あの世から皆を見守ってやりたい」が遺言だったという。あれから月日が流れ、私が58歳になった。

 長男夫婦がエプロンを送ってくれ、末っ子からはメールが届いた。広島にいる妹夫婦と、めいがケーキを持ってきて、「ろうそくは50何本とは言いにくかったので8本にしといたよ」。

 夕食にビビンバなどを作ってくれ皆で食べた後、ケーキに8本のろうそくを立て吹き消した。いろいろあったが、両親や多くの人たちに支えられてきたから、ここまで来られたと思う。

 毎朝、仏壇の前で祖父母に話し掛ける。たとえこの世に存在しなくても、私の心の中に生き、後押ししてくれているんだと思う。
  (2006.09.30 中国新聞「広場」掲載)

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2006年9月29日 (金)

「彼岸花のころ」

  岩国市   会 員    片山 清勝

 退職してから、彼岸花を見ると思い出す。高卒の就職試験で不採用とした訳を説明するために学校訪問したことを。

 重い気持ちで移動する車窓に、刈り取り直前の稲田の畦に群生しているその花をよく見た。

 赤色の花を外側にそり返し風に揺れている一輪ごとが、顔を紅潮させながら手を膝の上で握りしめ、懸命に答えてくれた受験生徒の顔と重なった。

 巣立ちの前に、厳しい現実に遭遇させる役目を恨み、新しいチャンスが与えられるように願いながら校門をくぐった。

 あの時の生徒たちが、いま次のチャンスを活かしていることを信じる。
   (2006.09.29 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2006年9月21日 (木)

「道交法の改正を」

  岩国市   会 員     角  智之

 福岡市で8月、飲酒運転の市職員が幼児3人を死亡させる悲惨な事故が発生した。

 その後も各地で飲酒運転による重大事故が頻発していることを受け、全国の自治体の多くで飲酒運転に対する厳罰化の決定、あるいは準備がなされている。

 また、大規模事業所などでも独自に罰則を設け、飲酒運転に対して危機感を高めている。

 警察庁でも飲酒運転とひき逃げの罰則強化が検討され、来年の通常国会へ道路交通法の改正案を提出する方針との報道があった。

 社会的に飲酒運転撲滅の機運が高まりつつある今こそ、政府も最重要法案と位置づけて成立させるくらいの配慮があって良いのではないか。

 重大事故を誘発する可能性の高い運転中の携帯電話の使用も、取締りの強化と罰則の厳格化、違反内容の見直しなどを提言したい。

 機種に制約があるものの、まもなくワンセグ(携帯端末向け地上デジタル放送)のサービス開始と、将来は衛星利用測位システム(GPS)と連動させたサービスなどが検討されている。

 さらに身近になり、ますます依存度は高まるが、運転中は携帯電話に触らない癖を付けておくことが大切だ。安全運転の砦は、ドライバーの自覚にあることも肝に銘じておきたい。
  (2006.09.21 中国新聞「広場」掲載)

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2006年9月20日 (水)

「定年夫の昼食」

     岩国市    会 員     沖  義照

 定年夫の昼ごはんに妻たちはいらだっているという。夫が定年を迎えた日から、毎日顔をつき合わせ、昼食の用意をしてすごす日々は、妻に多くのストレスをもたらす。

 妻のとるべき策は「昼食拒否宣言」で、夫の意識改革を進めるには、何といっても昼ごはんを自分で作れるようにすることだという。

 私も退職直後は、妻に頼りきりのありさまで過ごしていた。しかし、奥さんも何かと忙しい。週の内二、三日はお出かけがある。当初はお昼を用意して出かけてくれていたが、最近では、「お昼はお願いします」と言い残し出かけていく。体のいい「昼食拒否宣言」だ。

 私が作れるものは、焼き飯、うどん、お好み焼きくらいなので、時には外食に出かけることもあるが、昼食を自分で食べるくらいは、大したことではなくなってきた。

 最近、定年離婚・男の育児休暇などと、昔流の夫には逆風に感じる話題は多い。世の定年夫も、せめて奥さんが留守のときの昼飯くらいは、自分で作らないと大変なことになりかねない。

 「男子厨房に入らず」などと言わず、時には厨房に入れば、外出から帰ってきた奥様にチュウされてボーとなるようなことがあるかもしれません。
         (2006.09.20 中国新聞「広場」掲載)

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2006年9月17日 (日)

「父の思い出」

  岩国市    会 員     角  智之

 妻とスーパーへ行った。私の好物で季節感あふれる食材を見つけた。小学4年の秋。運動会の練習で下校が遅くなったある日、家に帰るとは母は栗の皮をむいていた。

 空腹を我慢できず、鬼皮のついたのを二つ、父がたばこの火種にしている居間の火鉢にくべた。

 やがて帰宅した父が着替えを済ませ、刻みたばこを詰めたキセルで火鉢の炭火を掘り起こした瞬間、二つの栗はほぼ同時に破裂した。

 灰神楽は天井へ舞い上がり、父のメガネや電球のかさ、畳の上まで飛び散った。夕げの栗ご飯を前に、遠い昔のあの日、父の激怒した顔が懐かしく思い出された。
   (2006.09.17 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2006年9月 9日 (土)

「捨てる髪」

   岩国市    会 員    沖 義照

 最近髪が減っていくのがよくわかる。洗ったあとのトニックが、たらりと額に垂れ落ちる。伸びる速さも鈍ってきた。

 

 そんな折、大型のショッピングモールが出来たので、出かけてみた。店に入るや可愛い娘が笑顔で呼び止める。「十分間、カットのみ、千円」という声に釣られて入ってみた。

 清潔な上に愛想よく、早くて上手で激安だ。散髪の回数は減り、その上安いとあれば、年金が目減りしても、今まで通り、こぎれいに生きていける。

 厳しいこの時代、「捨てる髪」だけでなく「拾う神」を見つけることが出来て、「いい日、髪断ち」の一日であった。

   (2006.09.09 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2006年9月 6日 (水)

「資源無駄遣いなくせ」

   岩国市    会 員     国武 洋志

 災害が大型化して、各地で雨や台風による被害が珍しくないものとなりつつある。資源を大量に消費することにより、温暖化が進んでいるのが原因ともいわれている。

 何気なく使っている物が、どれだけ温暖化に拍車をかけているのだろうか。ある時、スイスを旅行された方に興味深い話を聞いた。

 スイスではトイレットペーパーの幅が、日本の物に比べ2センチほど狭いとのこと。材質はもちろん再生紙で、切り取り用の点線も日本の約半分の12センチ間隔だったとか。

 使用するのに、何ら不便を感じなかったとも言う。日本も狭くできないものだろうか、と話されていた。私には毎日、当たり前のように使用しているトイレットペーパーの幅が、狭いか広いか気付くことはまずない。

 慣れきった生活の中では、それが当たり前になっているのである。違った環境に身を置いて、初めて気付くことである。

 ほとんどの物を購入に頼っている自給率の低い日本が、無駄に使用する資源は限りなく多い。何気なく使っては捨てている物も、違った角度から見つめ直して節約に努めなくてはならないと感じた話であった。
  (2006.09.06 中国新聞「広場」掲載)

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2006年9月 2日 (土)

「非日常」

    岩国市   会員   井上  麿人

 サラリーマンという名の長いトンネルを抜けると、そこは非日常の世界だった。 

 読みたかった本、もう一度見たかった映画、覚えたかった歌謡曲など、とりあえず止まったままの時間を動かすことから始めた。  

 妻との会話、慣れない買い物、小さなわだかまりと少しの不安に付き合いながらも感謝の日々。並み以上の体重も気になり始めた。

 かってオリンピックがあった。オイルショックも経験した。昭和の代名詞といわれる高度経済成長の中を団塊列車で走った・・・・・。

 介護保険証が届き、独身時代の体重に戻ったころ、非日常の世界が日常となっていた。

         (2006.09.02 毎日新聞「はがき随筆」掲載;佳作)  

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