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2006年10月

2006年10月23日 (月)

「幸福の言葉」 

   

    岩国市   会 員    沖 義照 

 

 十五年も前のことである。故郷の岩国を遠く離れ、関東のある工場で、歳の離れた多くの若い仲間達と仕事をしていた。

 当時、日本経済はバブルが崩壊した直後で、会社は生き残りをかけて、次々と解決困難な課題を突きつけてきた。

 毎日遅くまで額を寄せ合い、眉間に深いしわを寄せてその方策を考えた。何十年もやってきた従来の考え方・やり方を、抜本的に変えなければ解決しない厄介なものばかりが残った。

 今まで通りの勝手知ったやり方で、単純にことをこなしておれば、安穏と毎日が過ごせるという時代ではなくなっていた。

 全てのことをゼロ発想で考え直し、即座に行動に移さなければいけない。そのためには、莫大な努力をして知恵を絞り、汗をも流さなければならなかった。

 そういう活動をしている時、職場の中では、いろいろな鬱憤が噴出し、後ろ向きの意見が聞こえてくることもあった。

 そんな夏の終わり、私は父の法事で久しぶりに岩国に帰って来た。長男でありながら転勤で家を離れたが、その直後、相次いで父母が亡くなったため、家には誰も住んでいない。

 締め切っていた部屋に風を通そうと思い、家中の窓を開け放した。真夏の太陽の下で、奔放に勢いよく伸びた草むらから、むっとするような草いきれが鼻の奥をくすぐった。

 その時、無性に錦帯橋に行ってみたくなった。タクシーを呼んでもよかったが、近くのバス停に腰掛け、いつ来るとも知れないバスを待ち、時間をかけて出かけた。高校時代の三年間通った五つの橋が、あの頃と少しも変わらず迎えてくれているように感じた。        

 橋のたもとにあるベンチに座ると、視野から溢れんばかりの城山が迫ってくる。大きなシュークリームを斜面に無数に置いたような、もこもことした森を見る時、岩国に帰ってきたことをいつも実感する。

 しばらくして立ち上がり、時折、川底で魚がきらりと光るのを眺めながら錦帯橋を渡った。岩国高校跡地の吉香公園に向かった。二本の石柱の残る旧正門を入るとすぐ右手の木陰に、横長の石碑が城山に向けて建っているのが目に入る。

「幸福は幸福を呼ぶ 宇野千代」と、大きな文字で深く彫り込んである。続けて「人間は心がその存在のすべてである 幸福も不幸も本人の望み方次第なのである 自分が不幸であると思えば不幸であるし 幸福であると思えば幸福なのである」と書いてある。

 思わず、書かれている文字を手帳に写し取り、職場に持ち帰った。ある朝のミーティングの席で、それをみんなに披露した。

 それから数日経った日の、同じ朝のミーティングの席で、責任者クラスの若い男が言った。

「先日まで、毎日厳しく苦しい仕事をやらされ、大変辛い思いをするばかりであった。ついていないとか、いやな時期を生きているなとか思いながら仕事をしていた。しかし、考えようによっては、こんな大変革の渦中を生きているということは、自分の人生にとって大変やり甲斐のある、幸せな時を生きているのではないかと思うようになった」と言う。

 まさにこれこそが宇野千代がいう「人間は心がその存在の全てである。自分が不幸であると思えば不幸であるし、幸福であると思えば幸福なのである」ということだと感じた。

 考え方ひとつで、幸不幸が百八十度置き換わる。仕事の場であれ、私生活の場であれ、この世の中に絶対的な「幸福」の定義などありはしない。ある人にとっての幸福な状態が、違う人から見ると我慢することの出来ない不幸な状態であるかもしれない。

 大怪我をして手術をし、歩けるようになれるかどうか危惧されていた者が、杖を頼りに何とか歩けるようになった時に、幸せと感じるか不幸と感じるかは、やはりその人の心の持ち方であろう。

 私たちは誰ひとり、生きている環境を全て自分の思うようにもって行くことは出来ない。飛び込んだ環境、与えられた環境、置かれた社会情勢、家庭環境、もって生まれた健康状態の中で、心だけはいつも前向きに生きて行きたいと思う。

 何かの時、取り巻く全てが逆境だということもあるまい。例えそんな中にあっても、心の持ち方次第で、幸せにつながりそうな考え方が出来るものを見つけることにより、自分を奮い立たせて行きたいと思う。

 石碑の後段に「思いは人の心に伝染する 自分にも他人にも幸福だけを伝染させて生きて行きたいものである」と書いてある。

 であるならば、自分が不幸な気持ちになるということは、周りの人をも不幸に巻き込んでしまうことになる。どんな場にあっても、幸福だと思えるような一縷の光を見つけ、周りの人にも幸せを伝染させていこうと思う。

 吉香公園でふと目にした石碑に、幸せに生きる術を学んだ、ある夏の帰省であった。 

 (2006.10.23 宇野千代没後10年エッセイコンクール「幸福の言葉」佳作) 

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