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2006年11月

2006年11月14日 (火)

「可愛い女の子]

   盛岡市   準会員   松田 充子

 遠い日の、姑の病室は、半身麻痺と言語障害の方々だった。姑の向かいのベッドは、50歳前後の女性で朝から夕方まで、ご主人が付き添われている。

 私も朝から夕方まで、姑の側にいる。完全看護だから、総て看護士さんがしてくださる。静かな病室で、いつもご主人は、デッサンをされていた。奥さまを描かれたり、姑を描いてくださったり、窓から見える、雄大な岩手山を描いていることもあった。

 病室には、1ヶ月に1度、ヘヤーカットに美容師さんが訪れた。元気な頃の姑は、長い髪を上手にまとめていた。そして、「病気になっても、髪を短くしたくないわ~。女の人はね、髪だけはいつも、きれいにしているものよ」と、言っていた。

 女の方のベッドの側に行くと、やっと動く手で私の手を握り、私を見ながら涙を流される。まだ若いのに、悔しい思いをされている様子・・・私が側に行くのは、お気の毒・・・と気付く。

 ヘヤーカットの日、朝からご主人は、奥さまを描かれていた。優しく話しかけながら、画用紙をベッドの脇に貼られた。

 「今日は、用事があって出かけたいので、よろしくお願いします」と、言ってお出かけになった。ベッドの側に行き、画用紙を見ると、可愛い女の子の顔が描かれていた。

 そこには、「和子ちゃんは女の子です 可愛くカットしてください」と、記されていた。デッサンされた、可愛い女の子を見た瞬間、素晴らしい夫婦愛に感動して、涙が止まらない・・・

 深い愛情で病む奥さまを見守り、会話をすることも出来ない、奥さまの側で終日過ごされ、夜に仕事をされると言う。

 姑を想い、岩手山を見るたびに、ご夫婦の美しい光景を思い出し、忘れることが出来ない。
     

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2006年11月 3日 (金)

「成長の段階」

     岩国市    会 員    檜原 冨美枝

 夕暮れ時、中2の孫息子は日焼けした顔で帰ってくる。「疲れたでしょう」「ウン」「おなかすいたでしょう」「ウン」「今日は部活でうまく守れた?」「ウン」。

 ”ウン”以外の言葉はない。まつわりついて遊んだ日や、おやつを一緒に買いに行った事もついこの間のよう。

 同じ屋根の下でも、顔をあわす機会も少ないこのごろ。いつの間にか見上げるように成長し、男のりりしささえ感じる。

 今はもうずいぶんと距離感がある。寂しいけれど、これが成長の段階。いつかまた膝つき合わせ、近況を語ってくれる日もあろう。

 それを楽しみに婆ちゃんもがんばるぞー。
   (2006.11.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2006年11月 2日 (木)

「過剰健康志向」

  岩国市   会 員   沖 義照 


最近は行き過ぎた健康志向が目に付く。食べたいものを食べ、したいことをして寿命が何年か縮まっても、その方がはるかにいい人生だと思う」と書いている人がいた。

 私も六十歳で定年退職をしてから、残りの人生を考えて生きるようになっている。退職する数ヶ月前に子犬を買った。連れて帰りながら、「こいつと私と、どちらが長生きをするのかな」と、そんなことを思ってもみた。

 しかしよく考えてみると、どちらが長生きするかということよりも、より充実した生き方ができるかということの方が大切だ。

 仕事もやり終え、子供もすでに自立させた。今、極端な無茶をする気はないが、食べたいものを食べ、やりたいことをやり、いやなことはいやと言い、気を遣うことなく好きなことをして過ごす。その方が、行き過ぎた健康志向の生き方をするよりか、はるかに身体にも良く充実した人生のように思う。

 平均寿命が世界トップクラスになった今、ただ長寿を望むのではなく、自分にとって充実した人生とは何かをこのように考えてみた。

 私は、それほど健康志向の生き方はしてきていない。どちらかというと好きなものを食べ、好きに生きてきた。この生き方で、果たしてどこまで生きていけるのか、私の人生実験はこれからまだ続く。

 充実した長生きを目指して、死ぬ気でやったのでは死んでしまう。あくまでも自然体でいってみよう。

  (2006.11.02 中国新聞「広場」掲載)

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