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2007年1月

2007年1月20日 (土)

「涙そうそう」

   岩国市  会 員   井上 磨人

 花火が合図だった。どよめきが起こり、そして静かに走り始めた。1月14日、南国指宿の風は暖かい。かごいっぱいのチョコを差し出す子供らの応援。「きばいやんせ」。給水所では数千個の紙コップが舞っている。動くはずのない開聞岳が右に左に顔を出す。

 大ウナギが潜む池田湖を過ぎるころには、数十キロにわたる人の帯が薩摩路を埋め尽くし蛇行していた。急坂を登ると快晴の錦江湾に遠く桜島が浮かんでいた。

 

「わが胸の燃ゆる思いに比ぶれば……」。疲れが痛みに変わるころ、陸上競技場が近づいてきた。急に菜の花が潤んだ。顔を上げてゴールした。                

  (2007.01.20 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2007年1月13日 (土)

同人誌創刊

 2007年1月13日、「岩国エッセイサロン」の同人誌「花水木」の創刊号を発刊しました。

2006年1年間の、会員の新聞投稿エッセイ46篇を収録したものです。B6版で105ページあります。

岩国市および近郊の図書館に並べていただくことになりましたので、機会ある方はご覧ください。

                                           岩国エッセイサロン代表  沖 義照

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2007年1月 9日 (火)

「男子と女子の壁」

  岩国市   会 員   沖 義照

  

 中学時代の仲間で、日帰りバス旅行をやろうという話が決まった。女子には女子の世話役から連絡してもらうことにした。前回、男子が電話をして、旦那にこっぴどく怒られたことのあるやつがいたからだ。

 数日後、女子の参加が少ないと聞いた。「よし、それなら、私が誘ってみよう」と、柄でもない役を買って出た。

 昨年、夫を亡くしたK子さんに電話をした。声は意外と元気そうであった。1周忌を終えたばかりで、息子夫婦と孫に囲まれて元気に暮らしている。

 今回は都合がつかず参加できないが、次回は出席したいと言う。元気づけようと思ってかけた電話でもあったが、最後に一言「昔と同じで、いつも女性に優しいんですね」と言われた。「いや、どうしているのかと思って…」と口ごもって答えた。

 この歳にもなると皆、心身にいくつかの傷みはある。それを慰めあうつもりはないが、せめて理解してあげる姿勢は持っていたいと常々思っている。

 男子としての担当範囲を超えた電話であったが、決して余計な電話ではなかったと自分を納得させながら受話器を置いた。

 しかし、何歳になっても男子と女子、そこには、越えられそうで超えることの出来ない厚く高い壁がある。

  (2007.01.09 中国新聞「広場」掲載)

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2007年1月 4日 (木)

「わが師」

     岩国市   会 員    井上 麿人

 所得倍増計画が閣議決定され1年が過ぎた1961(昭和36)年のことだ。岡山県にある大手造船会社の部長室に呼ばれた。

 数枚提出していた図面の1枚が採用され、客へのプレゼンテーションに同行しろということだった。当時、私は下請けにも属さない、小さな設計事務所で働いていた。

 翌日、初冬の駅に造船会社の係長が待っていた。あいさつもうまくできないまま、2人で夜行列車に乗った。

 「(静岡県)三島には午前8時前に着きます。いけるでしょう」。紙コップにウイスキーがつがれ、ピーナツと夜食が渡された。

 「私なんかに」と思った。酔って寝たふりをしたが、胸に熱いものが流れ眠れなかった。係長は、かって私の会社が倒産した時は家庭料理で励まし、再就職した時は小料理店に呼んでくれた。

 人生の師である係長の妹は今、私の妻である。退職後、その義兄が軽い心筋梗塞で入院したとの連絡があり駆けつけた。

 「今日退院です。お酒は少しなら許可が出ています」。思わず両手が出た。病院を出てすぐ縄のれんをくぐったが、傍らで兄の体を心配する妻が私をにらんでいた。
    (2007.1.4 朝日新聞「声」掲載)

 

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