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2007年5月

2007年5月21日 (月)

「新聞少年」

   岩国市   会 員   片山 清勝

 早朝ウオークで、高校生と思える新聞少年に出会い始めたのは昨年の暮れころだった。出会うと「おはようございます」。どんなに寒い朝でも気持ちよいあいさつをくれた。門扉は静かに開け、玄関までは小走りに…。そんな姿が、いつの日からか、目につき始めた。

 

 朝刊の配達は、いわずと知れた早朝。当然灯のともる家は少ない。出会い始めて、しばらくたったころ、「毎朝何時に起きるの」「4時少し前です」。1度だけ、こんな会話をした。

 立夏も過ぎると夜明けが少しずつ早くなる。それにつれて少年の姿もはっきり見え始めた。厳しかった冬の寒さを乗り越えた、自信に満ちた少年の顔だった。

彼が新聞配達を始めた動機を知るよしもないが、そこから彼が得たものは何だろう。手にした配達料だけではない。人としての責任感や忍耐、勤労の苦しみや喜び、達成感などを会得しつつあるのだろう。そんな成長を期待させる力強さがペダルを踏む姿勢に感じられる。

 彼の進路はこれから決まる。どんな進路をとろうとも社会人となってから、特に厳しい場面に直面したとき、今の貴重な経験が成果となって表れ、1歩前進できることを信じ、その背中にエールを送る。

   (2007.05.21 中国新聞「広場」掲載)

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2007年5月17日 (木)

「スズメも『手抜き』?」

    岩国市  会 員   吉岡 賢一

心地よい五月晴れの朝、目覚めると「コンコン、コンコン」とせわしなく何かをたたく軽やかな音がする。二階の窓越しに、そっとのぞいた。

二羽のスズメが、少し古くなったテラス屋根の波板をしきりについばんでいる。一羽は既に波板に使用されているグラスファイバー繊維をくちばしいっぱいにため込んでいる。やがて飛び立ち、わが家の北側にある二番子を育てるねぐらに持って帰った。

こんなけばけばしい化学繊維で巣作りをするとは何事ぞ。生まれた子どもがいたがるだろう。スズメの手抜きに違いない、と思う反面、巣作りに必要な枯れ草やわらしべさえ簡単に彼らの手に入りにくい世の中になったのか。

それとも、このスズメたちは、人間が人間らしさを失いつつある世の中、特に親が子どもを育てる義務をおろそかにする赤ちゃんポスト制度や後を絶たない児童虐待など、およそ人間として恥ずかしい行為を繰り返す現在の世相を「人間の手抜き」と見透かして、まねをしているのではないか、と心配になってくる。

スズメに笑われないような、またまねをされても恥ずかしくないような、優しさのある人間らしい世の中を、もう一度みんなでつくり出しなさい、とスズメに教えられている思いがした。

(2007.05.17 中国新聞「広場」掲載) 

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2007年5月16日 (水)

「カフスボタン」

    岩国市   会 員    沖 義照

 15年前に亡くなった母は旅行が好きで、ある時仲間と北海道旅行に出かけた。お土産にカフスボタンを買ってきてくれた。「紅十勝石」と書いてあった。

 その後、私は転勤となり、服装が作業服から着慣れぬ背広に替わった。毎朝パンをくわえ、時間に追われながらカッターシャツに着替える。小さなボタンを、いくつも留めなければいけない。特に袖ボタンは、片手でやるので留めにくい。    
 
 ある朝ふと思いついた。「そうだ、カフスボタンにしてみよう」。引き出しの奥を探した。見覚えのある箱が出てきた。長い間放っておいた母の土産の品である。

 高価なものではなさそうだが、使ってみると思いのほか留めやすい。黒い半球状の石の表面に、紅色の縞模様が水の上に油を流したように美しく流れている。

 出勤する時にはいつもこの紅十勝石を着けて出た。重要な会議で緊張するような場面では、袖口のカフスボタンにそっと触れる。すると不思議と心が落ち着く感じがした。

 サラリーマン時代、朝の身支度の時間短縮の積りで身に着けるようになった紅十勝石は、私に心の平静をもたらしてくれる縁起の良い母からのエールであったように今懐かしく思い出している。
  (2007.05.16  朝日新聞「声;特集『ジンクス』」掲載)

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2007年5月11日 (金)

「ヒメシャラ」

      岩国市  会 員   沖 義照

18年前に家を新築したとき、玄関先に株立ちのヒメシャラを植えておいた。その後、家を長く留守にしていて数年前に帰ってきたが、あまり成長はしていなかった。

しかしここ数年、木は勢いを盛り返したかのように大きくなってきた。住人の声が聞こえているかのようである。幹も当初の2倍ほどの太さにまでなり、今は新緑の若葉が日々大きくなっている。
 

ヒメシャラの木の幹は良く見ると面白い。成長するに伴い、蛇が脱皮するように、古い樹皮は薄片となって自然にはがれ落ちてていく。古い樹皮と新しい樹皮の色合いが異なり、幹は美しい縞模様が見える。ひと皮づつ剥(む)けながら、はっきりと、まさに目に見える形で成長を続けていく。
 

これに引き換え我々人間はどうだろう。これほど明確に成長は出来ない。しかし、絶えず努力している人は、半年会わずにいると全く別人のように人間的に成長を遂げ、「あの人は、ひと皮剥けてきたね」と言われることはよくある話である。

私は庭のヒメシャラのように目に見えての成長は難しいが、せめて一生懸命テニスのラケットでも振って、手の平くらいひと皮剥いてみよう。

   (2007.05.11 中国新聞「広場」掲載)

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