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2007年7月

2007年7月28日 (土)

「考えてみれば」

     岩国市  会 員   沖 義照

 奥さんが5日間、同好会のお役目で東京へ出張した。食事は何とかして食いつないだが、1日に2食の日もあった。外食は1度だけで済ませた。そんなことで犬との静かな二人暮らしをやっていたが、帰ってきたらまた色々な指示を受けながらの生活が始まる。

 しかしバランスを考えた食事をきちんと作ってもらえることが有難い。新聞を読んでいたら「他人だと 思えば妻は ありがたい」という読者投稿の川柳が載っていた。正直言って「ああ、考えてみればその通りだ。ありがたい、感謝しなければ」と思わされた。

 結婚して以来、家のことのすべてを奥さんがやってくれた。炊事・洗濯・掃除それに子供と私の世話などすべてをである。それが当たり前だとずっと思っていた。

 しかしである。考えてみると、この川柳の通り、妻というのはもともと他人である。そんな人が、どの身内よりも一生懸命に面倒を見てくれている。ありがたいと思わなければ罰が当たるような気がし始めた。

 子供はともかく、夫はもともとまったくの他人で、単に「婚姻届」という契約書に従ってやっているに過ぎない。もう少し大事にしないと本当に他人にされるかもしれない。

 (2007.07.28 中国新聞「広場」掲載)

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「袖なしワンピース」

        岩国市  会 員   鈴川 汎子

  家庭科の苦手な私が一念発起。1歳半の孫の服を作ることにした。友人が「今の人が、ばあちゃんの作った服なんか着せるもんかね」と冷やかすが、教えてやるという友人も現れ作業開始。

 針に糸が通らない。ミシンをうまく踏めない。幾多の難関にぶち当たりながらもなんとか仕上げた。小包は明後日、札幌に着くとのこと。

 電話が鳴った。「お母さん、可愛いですね。すぐ着せました。パソコンで動画を送りますから」とお嫁さん。息子も「母さん、やるじゃあ」。

 パソコンを開けると、袖なしワンピースを着て孫がはしゃいでいる。思わず目尻が下がった。

 (2007.07.28 毎日新聞「はがき随筆」掲載;佳作

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2007年7月26日 (木)

「母の愛」

   岩国市  会 員   稲本 康子

       
 
水曜日。さあ、頑張るぞと気合を入れて起きる。1週間に1日、柳井に住む娘の家に行く。3人の幼児を抱えながら仕事を続ける娘に、少しでも助けになれば、と助っ人ボランティアである。

 まず、山のような洗濯物を干す。掃除、買い出し、夕食の準備。あっという間に時間は過ぎて保育園と居残り教室の孫を迎えに行く。すべてが出来上がるころ、娘のご帰宅である。

 星空を仰ぎ、疲れ果てて我が家に帰る私。娘から言葉でも態度でも、少し感謝が欲しいと友達にグチッたら「母の愛情は無償なの」と切り返された。納得です。

  (2007.07.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2007年7月22日 (日)

「遠い夏休み」

  岩国市  会 員   吉岡 賢一

 子どもたちの夏休みが近づくと、塩水の苦さや友情の厳しさと温かさが重なった遠い昔を思い出す。

 小学3年生の夏休み、近所の年上の遊び仲間に連れられて河口に泳ぎに行った。みんなは深さなど気にせず、十数メートル先にある中州へ泳いで渡る。最年少で泳ぎも未熟な私に、行くときは優しく肩や手を貸してくれる。

 中州に着いたとたん示し合わせたように全員岸に向かって泳いで帰る。一人残された私は、死にもの狂いで岸に向かう。背丈のない深さでは泳いだことがない。気持ちは焦る。水は飲む、もうダメかと泣きながら必死に水をかく。気が付いたら仲間の笑顔が、前後左右をがっちり護衛してくれていた。

 その時から、川でも海でもどんな深さでも、完全に泳げるようになった。また積極的に周りの仲間に溶け込んでいったし、年下の子に対しても優しくなれた。

 先輩から順送りで、友達づきあいのノウハウを教えられた。大勢が一人をやっつけるような陰湿ないじめなどやめよう。一人でも多くの友達を作り、自ら積極的に経験を積み、楽しい思い出づくりの夏休みにしてほしいと願っている。

  (2007.07.22 中国新聞「広場」掲載) 

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2007年7月21日 (土)

友人親子の「熱い夏」

   岩国市  会 員  中村 美奈恵

 夏の全国高校野球山口県大会が始まった。私は、ある高校のメンバー表の中に1人の選手の名前を見つけ、胸が一杯になった。

 「トラックにはねられ意識不明の重体」との知らせを聞いたのは2年前の6月末のことだった。事故にあった友人の息子は私の息子と同じ高校に進学したばかりだった。「私が刈ってやれば良かった」。友人は悔やんだ。山口県大会を控え、散髪に行った帰りの事故だったからだ。ようやく命を取り留めたものの記憶がなかなか戻らない。そばを離れられない状態が続いた。

 高校は友人の母校で、息子が野球部に入るのは夢だったと思う。甲子園で初めて1勝したとき、校歌を歌いながら涙が出たと話してくれたことがある。「息子が野球部に戻ること」。それが、友人の心の支えだった。

 息子は5度の頭の手術に耐え、半年入院した後、学校に復帰、グラウンドの隅を歩くことから始めた。運動量が増えるたび友人は心配した。でもうれしそうでもあった。

 第1試合は22日の予定。初めて見るユニホーム姿が楽しみだ。ここまで本当によく頑張った。友人の熱い夏ができるだけ長く続きますように。

  (2007,07.21 中国新聞「広場」掲載)

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