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2008年1月

2008年1月31日 (木)

「ワサビの花は春だけの珍味」

    岩国市  会 員   角 智之

 ワサビは山間部の冷涼な気候に加えて、清水のわき出る沢などで栽培される。山口県も産地の一つだ。お土産用として販売されている葉漬は、根茎から出た脇芽をかいて、醤油や酒かすに漬けたもので、鼻にツーんと来る独特の辛みと香りが喜ばれる。

 一方、花は場所にもよるが、まだ寒さが残るごく限られた季節が旬だ。上品な辛みと香り、よく太った花茎のシャキシャキ感は食欲をそそる。

 最近は産地から直接、都会の料亭などに発送されるため流通量は少なく、生産者とつながりのある個人経営の青果店や、山あいの道の駅などで販売されている。

 ワサビはアブラナ科の多年草で、ダイコンやカブの仲間だ。店頭では白いつぼみとつやのあるアオイに似た葉が一緒に束ねて桶などに浸してある。

 一般的な醤油漬けは醤油に好みで酒、みりん、砂糖などを加えておき、水洗いした葉をざるなどに入れ85度くらいの湯にくぐらせ強く振る、これを2~3回繰返し瓶などに漬ける。早春の珍味を試してはいかが。
   (2008.01.31 朝日新聞「声」掲載)

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2008年1月30日 (水)

「絵本の世界 大人も浸ろう」

   岩国市  会 員   樽本 久美

 「子どもの成長、大人の再生」というテーマで先日、作家柳田邦男さんが岩国市内で講演した。

 「絵 本は人生の心の友」というサブタイトルが付けられ、幼児期に読み聞かせをすることの大切さを強調されていたが、大人にとっても絵本は必要ではないか、と感じた。
 
 柳田さんはノンフィクション関係の作品執筆のほか、外国の
絵本の翻訳もしている。子どもは絵本を読むことによって、言語力、感性、感情が発達し、大人も今まで気付かなかったものが見えてくるようになるという。

 読み進んで最後のページを開かず、結末を
自分で想像してみる。面白さが増すということで、そんな読書法も勧めていた。

 声に出して読んでみると、今まで考えていたものとは違っており、こんなことを言っていたのか、と気付くこともある。こらからは時々、テレビを消して絵本の世界に浸ってみようと思っている。
 (2008.01.30 読売新聞「気流」掲載)

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2008年1月23日 (水)

「掘りごたつの団欒」

     岩国市  会 員   沖 義照

 子供の頃は、ひと冬に何度かは大雪が降り寒かった。家の建具も今のようにしっかりしたものではなく、どこからともなくすき間風が入ってきた。
 
 そんな家で唯一の暖房器具といえば6畳の茶の間に置いた火鉢だった。学校に行くときには、この火鉢で手を温めて出ていった。夕飯の後には家族が食卓を囲み、ラジオを聴きながらのだんらんを楽しんだ。たった一つ火鉢があるだけだったが、家族がそろっているとそれほど寒いとは感じなかった。

 寒がりだった父がある年、一念発起して茶の間に掘りごたつをつくった。毎夕、風呂を沸かした後のおき火を、掘りごたつに入れるのが私の役目であった。

 こたつ布団を掛けると、腰から下が温まるだけでなく体全体がぬくもり、毎夜遅くまでその日の出来事を話しあったり、字の書き比べや百人一首の坊主めくりをしたりして遊んだ。

 当時、すき間風が入り込む茶の間を暖かく感じていた本当のわけは、掘りごたつのせいではなく、ひょっとすると家族のだんらんがあったからではないかと、今懐かしく思い出している。
 (2008.01.23 朝日新聞「声」;特集「防寒術」掲載)

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2008年1月21日 (月)

「新聞ありがとう」

      岩国市  会 員   片山 清勝

 京都に住む小学3年の孫から「新聞ありがとう」と賀状への添え書き。孫の名前をつけた新聞を送り続けて6年余。


 日々のたわいないことをデジカメで撮った写真と一緒に載せる。進級や誕生日には願いやお祝いを織り込む。そんな新聞へのお礼だ。

 仮名を読み始めたという嫁のメールで、孫とのコミュニケーションを図ろうとパソコンで作り始めた。

 やり始めたら面白く季刊が月刊になり今月で80号。孫は楽しみにし、嫁はファイルにして自分の母親にも見せている。


 この心遣いが続いている理由の一つかもしれない。小学校卒業までは頑張って続けたい。

 (2008.01.21 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年1月18日 (金)

「父と猫車」

   岩国市  会 員   沖 義照

 子供のころは、炊事も風呂もすべて薪を焚いていた。初冬の日曜日は朝から弁当を持ち、2人の姉と飼い犬と共に父母に連れられて山奥に入る。

 
平日、母が切りそろえておいた小木と、その日父が倒した太い木を運び出すためである。焚きつけ用の小木は母と子が背負い、薪用の大きな木は「猫」と呼ぶ一輪の手押し車に父が乗せ、犬までもが鎖に丸太を1本結ばれて運んで帰った。

 何もない時代を生きるため、子供だけでなく犬や猫までもが動員された。冬空を見ると、力強く猫を持ち上げ押していた父の節くれだった手をいつも懐かしく思い出す。

2008.01.18 毎日新聞「はがき随筆」四季特集「猫」掲載)

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2008年1月15日 (火)

「車間距離」

     岩国市  会 員   沖 義照

 10年位前から、前を走る車との車間距離が徐々に長くなってきた。若いころは、「もう少し離れて走ってよ」と、妻に注意されるような走り方をしていた。最近は「隣の車が割り込んでくるわよ」と、昔とは逆の注意をされることが多くなった。

 

 老眼が進んでくると、近くのものを見るには目に力が要り、遠くを見るほうが楽なせいだと思う。追突事故などを起こす危険も少なくなるのでこれでよしと思っている。

 時に後続車が追突をしそうなほど近接して、後ろをついて来ることがある。危険予知の出来ない人だなと同情の念がわく。

 そんな時、目新しい新聞記事を見た。高齢者の免許証の返上が議論されていて、認知症になると車間距離がきわめて短くなる傾向があると書いている。安全を確保するための適切な判断が難しくなるからだろうか。

 そうしてみると、車間距離が長いということは、まだ免許証を返上しなくてもいいということか。車間距離が長過ぎるということも、身体のどこかが狂い始めているのかもしれない。

 しかしその分、最近は妻との距離が以前より近づいてきたようにも感じているが、面と向かって、それを聞いてみたことはない。
  (2007.01.15 中国新聞「広場」掲載)

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2008年1月13日 (日)

「地域の母体」

   岩国市  会 員   吉岡 賢一

 民生・児童委員欠員問題が大きく報道された。他人の介入を拒む風習と、行き過ぎの感がある個人尊重の横行で、委員諸兄の活動の場が狭められ、その上、後継者育成が後手に回る現状を打開しなければならないと思う。

 お互いの人間関係の構築にエネルギーを使わなくなった現在、高齢化社会という現実問題に向き合うには、民生委員の活動促進も欠かせないと思うが、さらなる方法の模索も必要であろう。

 その一つとして、「向こう三軒両隣」を核としたお隣さんのよしみの集合体である「自治会」という古来の地域社会構成組織を見直し、活性化させる必要があるのではないか。

 自治会運営の方法や会長の資質は千差万別、地域の特性によっても異なるであろうが、一定の指針作りや手助けは地方行政が指導的役割を果たす。必要なら在住者は当該地域の自治会員となるくらいの法制はあっていいのではないか。

 地域社会の母体を自治会という集合単位に置いた上で、自治会長はじめ民生・児童委員あるいは地域福祉協議会などが連携し、補完し合うことが、お互いの負担軽減や真の地域社会への貢献、そして活性化につながるのだと思う。
 (2007.01.13 中国新聞「広場」掲載)

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2008年1月 9日 (水)

「可愛い目覚まし」

      岩国市  会 員   安西 詩代

 夫が定年退職して、毎日が日曜日である。とはいえ、規則正しい生活をしなければと、夜は11時に就寝、朝は7時に起床と決めている。

 私の寝室は道路に面しており、朝7時前に小学校低学年の3人の少女が通学する。遠くから笑い声がして、だんだん会話の声が聞こえる。内容は分からないが、楽しいおしゃべりの中にギャグの流行語も交えて、一瞬に通り過ぎていく。

 ある日は歌を口ずさみ、ある日は傘に雨音をさせながら行く。また、7時を5分ほど過ぎた日は、バタバタと3人の走る足音が聞こえる。教科書や筆箱をランドセルの中でカタカタと躍らせながら通り過ぎる。帰りにはあいさつするので、誰の声なのかさえ分かるようになった。ある朝、3人の声がしない。「どうしたのかしら? あっ、今日は土曜日だ」と苦笑する。

 毎朝、小鳥の声ならぬ可愛い3人の少女の声を聞いての目覚めは楽しい。「気をつけて行ってらっしゃい」と言いながら、「さあ、起きましょう」と自分自身に号令をかける。

 「自分の子供を育てた時は、こんなに可愛い声とは思わなかったのに」。夫にそう言おうかと思ったが、8歳年上の夫の決まり文句が予想できる。「それだけ年をとったということだよ」。私は心の中だけでつぶやいた。
  (2008.01.09 朝日新聞「ひととき」掲載)

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2008年1月 6日 (日)

「タケノコ掘り、酒酌み交わす」

     岩国市  会 員    吉岡 賢一

 5年前の4月、それぞれの企業を定年退職したクラスメート男子3人で、お互いの健康を祝う花見の宴を開いた。お酒もまわり、たわいのない話の中で、1人が「次はタケノコを掘ってイッパイやろう」と、おいしい提案。

約束の日、小躍りしながら竹やぶへ。慣れぬ手つきながらひと汗かく間に百本近くを掘った。1人が竹の子の皮を剥く。1人が湯沸かしを、1人は焼き肉用の火をおこす。まさに、あうんの呼吸である。タケノコを平釜に放り込み、ゆで上げる。この数時間が本命の焼き肉パーティとなる。


 最初は男3人だったが、年々2人、3人と増えていき、今では男女合わせて10人になった。
竹やぶの脇の広場を会場に、肉・野菜・漬け物などを持ち寄って、普段着・手作り『薮の中のクラス会』。

うぐいすの初音とともにはじける笑顔交わす美酒。高校での出会いから半世紀、今なお変わらぬ友の味。四月半ばが待ち遠しい。イノシシ除けの囲いをし、下刈りまでして竹薮を守り、我々を迎えてくれる友の隠れた努力を忘れてはいけない。感謝の心や友達の絆と共に、心と身体の健康を大切にしながら、このクラス会が長く続くことを祈る。
    (2008.01.06 朝日新聞「声」掲載) 

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「岐 路」

   岩国市  会 員   沖 義照 


 コレステロールを下げるため、1ヶ月前から歩数計をつけて散歩を始めた。ルートはその日の気分でいろいろ変わる。ある日、丘の上の団地を越えて我が家と反対側に下り、岩徳線の西岩国駅の方に向かって歩いた。

 駅近くの踏切を渡っていると、すぐそばに転轍機があった。モーターを遠隔操作して、列車の進行方向を右に左に変える装置である。立ち止まって眺めると、プラットホームを挟むように線路が転轍機のところで二つに分岐している。

 それを見ていたら、自然に自分の来し方に思いが至った。私の人生にも人並みに、何度か岐路があった。生まれこそ選べなかったが、受験校の選択、専攻する学部学科、就職先、結婚相手。この辺りまでは自分の意思で決めることが出来た。

 でもその後は、ほとんどが他力で決まったように思う。自分の意思とは関係なく職場が変わり、転勤を繰り返した長いサラリーマン生活。そして定年退職を迎えた。

 今は、どちらに進むか迷うほどの、人生の大きな岐路に立つこともない。転轍機のないぺんぺん草の生えた廃線を、ゆっくりと歩いているような毎日である。

 それが妙に心地よい。ところでこの日の散歩、確かに岐路はなかったが、果たして何キロ歩いたことやら……。
 (2008.01.06 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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2008年1月 5日 (土)

「あの一言」

      岩国市  会 員    井上 麿人

 幼稚園児の世話は6年生男子と決まっていた。園まで4キロほどの朝の引率と週末のかけっこ。かけっこは田んぼのあぜ道、1周400㍍くらいの真四角なコースだ。その年の6年生は私一人、4分の1周遅れでよーいドン。保護者らは農作業の手をとめ声援する。追い抜きざま「手土産だ!」と軽く背中をたたく。 声援が一段と高くなるときだ。

 梅雨が明けたある日、事故がおきた。何人かを一度に追い抜いた時、後ろで悲鳴が聞こえた。振り返ると一人が用水路に落ち、おぼれかけていた。すぐに飛び込み、抱き上げた。その子の親も駆けつけた。幸い水も飲まず、擦り傷程度で済んだ。

    「手土産」のせいかもしれない・・・・・・

 その日のことは母には話さなかった。泥で汚れた服は隠れて洗った。次の日、立派な箱に入ったお菓子が母の元に届き、すべてが明るみに出た。

 板の間に座らされた。「なぜ黙っていたの」。母の声が震えている。目をつぶった。胸に自責の念と悔いがはしった。いつもはすぐ逃げ出すのだが、その日はいつまでも座っていた。

 今もあの時の透明な痛みがよみがえる。今年101歳を迎えた母に、最近走り始めたことを年賀状に書き添えた。
   (2008.01.05 朝日新聞「声」掲載)     

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