« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

2008年3月23日 (日)

「孫の願いに命を思う」

      岩国市  会 員   吉岡 賢一

 5歳の孫にせがまれて、近くを通るJR山陽線の電車に手を振る散歩に出掛ける。途中にある神社の前で「パンパンする」と言って手を合わす。「何をお願いしたの」と尋ねると「男の子と女の子が生まれますように」と言う。

 
2歳上の兄と自分の兄弟だけではもの足りなくて、弟と妹が欲しいらしい。散歩から帰ると「ばあちゃん子どもを産んで、2人」とねだる。「母さんに頼んでみたら?」。「母さんはおなかが大きいから、代わりにばあちゃんが」

なんとも夢のような話。だが、よく考えれば今、世間の議論を呼んでいる代理出産という大きな問題をはらんではいないだろうか。子どもがほしくてもできない人にとってはお気の毒で、代理出産という選択肢も考えてみたくなる。

 しかし、やはり人間の生命の誕生は神秘なものであり続けてほしい。人間の尊厳や親と子のきずなの深さなど思うと、可能な限り愛を誓い合った男女の間で新たな命がはぐくまれてほしい。代理出産は幼子の夢の世界にとどめておくのがよいのではないだろうか。
 (2008.03.23 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

2008年3月19日 (水)

「ヒヨの説教」

    岩国市  会 員   沖 義照

 
春雨に煙る朝、出窓から見える花水木にチィチィと高い声で鳴きながらヒヨが2羽飛んできた。

 1羽はやや高い枝に、もう1羽は地面に近い枝にとまり、きょろきょろと餌を物色しているように見える。

「鳥は必ずつがいでやって来るな」というと「1羽は見張り役なのよ。パートナーが一番信頼できるから一緒に来るのでしょ」と台所から妻が応える。

そうか、単に仲が良いというだけではなく、信頼という強い絆で結ばれているからなのか。

 「一番信頼できる」という言葉を反すうしながら、妻の顔を上目遣いにそっとうかがった。
  
(2008.03.19 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2008年3月17日 (月)

「1枚のはがきに」

   岩国市  会 員   檜原 冨美枝

 昭和32年、義母方の祖父母も同居の8人家族の大所帯に嫁いできた。3人の義弟は進学真っただ中、覚悟はしていたが生活は予想以上に厳しかった。

 家業は電化製品販売業で昼は訪問販売、夜は経理と息つく間もなかった。3人の子供に恵まれ、子育てに追われながら昭和51年、初めてはがき随筆に投稿した。

 暮らしの中の悲喜交々(こもごも)、その折の気持ちを1枚のはがきに託し、人生の哀歓を読者の皆さんに共有していただいた。

 はがき随筆は私の人生そのものであり、生きた証しである。
1枚1枚を読み返すと、遠い昔のことが蘇(よみがえ)る。書いてきてよかった。
  (2008.03.17 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2008年3月12日 (水)

「Qちゃん次も頑張れ」

   岩国市  会 員   樽本 久美

 北京五輪の女子マラソン代表最終選考会となる名古屋国際女子マラソンでの高橋尚子さんのマラソンへの熱い思いに拍手を送りたい。

 足のけがのことは言わずにレースに向かった。結果は残念であったが、高橋さんがゴールで深々と頭を下げて、観客に手を上げた姿には感動した。

 さすが、Qちゃんである。一流選手のスケールの大きさを痛感した。人生において一流選手になれる人は、ほんの一握りである。トップになるためには、想像を絶するほどの努力と忍耐、強い精神力、周りのサポートが必要であろう。

 長い期間、トップであり続けることの難しさ。本人が納得いくまで、高橋さんには、もっともっと頑張ってもらいたい。

 Qちゃんスマイルをもう一度見せてもらいたい。心から、エールを送りたい。頑張れQちゃん。そして、お疲れさまでした。
  (2008.03.12 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (1)

2008年3月 7日 (金)

「86歳の小説デビュー」

   岩国市  会 員   横山 恵子

 父は現在、86歳。無農薬の野菜作りを楽しんでいる。ある日、「中国短編文学賞に応募してみようかな」と漏らした。母と私は「えっ本当? でもいいんじゃない。ボケ防止になるよ」と賛成した。

 父は本好きで、特に歴史小説をよく読んでいる。最近は「物忘れがひどくなった」と嘆いているが、歴史上の人物のことを聞くと詳しく教えてくれる。

「書ける時は次々頭に浮かんでくるが、つまずくと、なかなか前に進まん」と言いながら、先日書いた応募作品を読んで聞かせてくれた。少し内容が暗い。だが、情景は浮かんでくる。

 私は「予想以上によく書けてるなあ」と思った。妹からは「年代別があったら、80代で1番かもよ」とおだてられ、弟からは「お父さん、作家デビューするんかね?」と冷やかされていた。

 結果はともあれ86歳にして挑戦してみようという意気込みに拍手したい。
体も頭も使わなければ退化する。父を見習って私も、いつか挑戦してみたい。
  (2008.03.07 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

2008年3月 4日 (火)

「幸せな誕生日」

   岩国市  会 員   安西 詩代

 
1回、嫁の歯科医院通いのため、昨年7月生まれの孫の子守に広島に出掛けている。2月20日が、その日だった。朝、娘からファックスで「お誕生日おめでとう! 今度食事ごちそうするからね」と入っていた。

 そうだ。今日は私の61回目の誕生日だった。夫も忘れている。まあ年を取ったのが、おめでたくもないしと思って、広島に向かった。

 嫁の歯科医院通いのおかげで毎週、かわいい孫に会える。1週間で、どんどん成長していく過程が驚きの連続。ミルクがボーロやウエハースになり、お座りや寝返りをし、この間は下の歯がのぞいていた。

 誕生日当日。嫁が歯科医院から帰り、上の2人の孫も小学校から帰ってきた。突然、3人が「ハッピーバースデーおばあちゃん」と歌いだして、目の前に7本のろうそくが立った大きなチョコレートケーキが現れた。私に内証で作ってくれていたのだ。ろうそくを1息で吹き消すと、うれしさが込み上げてきた。 

 ネットで調べて作ったというケーキは、チョコレートクリームが滑らかで、今までで1番おいしかった。 

 「いつまでも歯の治療が続くと、いいのにね」と皆で笑った。帰りは広島の友人宅で夫と合流して手作りのカキ鍋をごちそうになり、今までにない楽しい誕生日を過ごした。そして何歳になってもケーキのろうそくを吹き消す時は、胸が高鳴ると思った。
 (2008.03.04 中国新聞「こだま」掲載)

| | コメント (0)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »