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2008年4月

2008年4月27日 (日)

「センターライン」

     岩国市  会 員   井上 麿人

ビートのきいたポップスのリズムが流れるなか、日米親善マラソンがスタートした。岩国米軍基地は快晴。選手は900名ほど。1週6.5マイルを4周する。

給水所は英語。両親指を立てて変わった声援。青い目くりくりのキッズたちとはハイタッチ。「オーケー、サンキュー」。言葉も変わる。

滑走路を横に、瀬戸内海に面した外周に出ると、巨大な燃料タンク群が並ぶ。高いアンテナ、厳しい規制、厳戒態勢の基地内は今日も、光る目を感じる非日常の空間でもある。

4周目の給水を取るころは気温も上がっていた。陽炎に黄色いセンターラインがゆれる。

   (2008.04.27 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年4月24日 (木)

「雲に乗る」

  岩国市  会 員   安西 詩代

 息子が小学1年生の授業参観日だった。国語の本は、滑り台の上から雲に乗って遊びにいくという内容だった。

 先生が「皆さんだったら、どうやって雲に乗りますか」。息子は手を挙げると同時に、机の上に立って両手を天井に向けて飛び上がった。ドスンという音を、私は手で顔を覆ったまま聞いた。笑い声に冷や汗が流れた。

 授業後の懇談会で「机の上に立つなんて、どうなんですか?」と意見が出た。私は顔のほてりが取れず下を向いて座っていた。先生が「子供らしくて良いですね」。その一言で一日の緊張がスーッと解けた。
2008.04.24 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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「まるで雲海」

   岩国市  会 員   檜原 冨美枝

 
今年の春も岩国の錦帯橋は、全国からの花見客を迎え大変なにぎわいを見せた。あの広い河原も人と車で埋め尽くされた。

 満開のときの桜は、橋の上から眺めるとまるで雲海の中にいるようであった。花に酔い、人に酔い、浮世の憂さも忘れ心地よい一時を過ごした。

 飲酒もカラオケもなく静かな食事風景でホッとした。「三日見ぬ間の桜かな」の言葉通り今はもう葉桜、街も錦帯橋もいつもの静けさを取り戻した。

 これからは夏の風物詩の鵜飼いを楽しみ、秋はお城山の観月会。でも、いいことはちょっとの間だけ。「月にむら雲 花に風」の言葉を思い出す。
 (2008.04.24 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年4月22日 (火)

「石化産業の飛躍願う」

   岩国市 会 員  片山清勝

 関門トンネルが開通し、インスタントラーメンが登場した同じ年、日本に石油化学工業が花開き、今年で半世紀がたつ。その国内初の総合石油化学工業発祥の地としてスタート、付加価値の高い製品の生産が今も続く工場で、操業50周年記念式典が行われ、OBの1人として参列した。

 当初は、海外技術の導入により誕生した石化事業は、生産技術の研究と改良を積み重ねる中で独自の技術を完成させた。今は、それを世界に輸出するなど日本産業の一翼を担っている。

 
この技術進歩について、記念講演では「地と技術の融和」が世界に誇れる生産技術を誕生させた、と触媒技術の進化を例に話された。研究陣がつくり出したもの、それを生産につなげる力が「知と技術の融和」である。このたゆまぬ努力が、これからも日本産業の技術革新に欠かせない源になる、と結ばれた。

 技術的進歩の過程で事故や公害といった課題、操業の安全確保、地域との共存など企業責任の末端に携わった1人として、式典は貴重な体験を思い出させ、感慨深いものだった。

 将来の工場像は企業責任を認識、工場を活性化させ、地域の元気づくりに貢献したいという。後輩のさらなる50年に期待する。
  (2008.04.22 中国新聞「広場」掲載)

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2008年4月 9日 (水)

「大願、上寿」

   岩国市  会 員   吉岡 賢一

 4月1日、母がめでたく百歳の誕生日を迎えた。今は完全介護の寝たきりながら、よくぞここまで、と敬意と感謝で胸が熱くなる。

 
まだまだ大丈夫、と高をくくっていた安心安堵の周期が段々短くなる、心配の回数は増える。

 
そんな日々の中で、当面の目標百歳をクリアー、まさに「大願上寿」。ほんのつかの間すべてを忘れ、上寿祝いの美酒に酔う。

 
口には出さないが、子や孫・ひ孫の行く末を案じているに違いない。もっと長く生きてくれるよう、母の耳元で甘えてみたい。子供のころのように。
 
2008.04.09 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年4月 6日 (日)

「4月バカ」

   岩国市  会 員   山下 治子

 
4月1日。暖かな日差しに吹く北風。夕餉支度を始め、そろそろお父んお帰りか、と忙しく手が動く。


 ケータイが鳴った。お父んだ。「遅くなるの?」「…具合が悪くなってなぁ、迎えにきてくれんか」。ハッとした。昨年から療養態勢で復帰したばかり。

 慌ててガスを切り車を走らせる。「大丈夫?」お父んを乗せて即病院へ向かおうとしたら「バーカ! 毎年恒例の僕の名演技だよ。これで君は今年も無病息災元気で過ごせるよ。そのあほさかげんが君を救う」とにんまり言い放った。

 またもやられた! 完璧なエープリルフール。腹は立ったがホッとした。
2008.04.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年4月 1日 (火)

「36年前の今日」

   岩国市  会 員   安西 詩代

 出産予定日は、14日後だった。4月1日の朝、夫が「今日はエイプリルフールだね」と言う。私は「きょう生まれると言っても信じないよね」と冗談を投げ返した。

 夫が会社に出かけた。掃除して、洗濯物を干し終わると、おなかが張ってきた。初産だけど、本能的に病院へ行こうと思った。

 夫に電話で「生まれそうなので病院へ行きます」と伝える。「その手にはのらないよ」。「違うのよ! 本当なのよ!」

 結局、1人で用意していた荷物を持って病院へ行った。やはり、夫は一向に来てくれない。朝の会話を後悔した。

 私では信じてくれないので、同じ社宅の友人から電話をかけてもらったら、びっくりして飛んできた。それから無事女の子が生まれ、エープリルフールの1日は終わった。36年前の思い出だ。

 最近、若い頃のこと、古い思い出などを書き留め始めた。すると、忘れていた細部が次々に思い出される。そう言えば、4月1日とはいえウソを気になれないのは、これがきっかけだったのだろうか。

 偶然にも、近くの施設にいる義母も4月1日に94歳になる。大正初期にも同じような誕生日秘話があっただろうか、確かめてみたい。きょうは、2人の誕生会をしてあげましょう。
   (2008.04.01 朝日新聞「ひととき」掲載)

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