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2008年6月

2008年6月30日 (月)

「最後の接待」

 岩国市  会 員   沖 義照

母が亡くなったとの知らせを夜更けに聞いた。翌朝、新幹線で急ぎ帰省した。父が逝ったあとの2年間、一人住まいは寂しかったに違いない。

 近くに出張があって泊まったとき、ビールを出してくれ、孫の話を聞くのをいつも楽しみにしていた。

通夜の晩、何気なく冷蔵庫を開けてみた。入退院を繰り返していたため、食べ物は何も入っていない。古い製造年月のビール瓶が2本入っているだけであった。

 飲んでみると、いつもと違ってほろ苦い。「Sちゃんはおおきゅうなったろうね」。母の声があふれる泡の中から聞こえてきた。

2008.06.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年6月25日 (水)

「にわか雨」

     岩国市  会 員   片山 清勝

 予報通りだが激しい雨音に窓を開けた。傘を持たない子が走っている。小学生の下校時間。

 急いで数本の傘を持ち外へ。1本の傘を持ち合っている仲良し。通りがかりのご婦人の傘でしのぐ子。

 半泣きだった低学年の女の子は、広げた傘を渡すとこっくりと頭を下げた。ありがとうと、男の子は受け取らずに駆けていく。

 手持ちの傘がなくなったころ、雨雲は通り過ぎ、ひと時の慌ただしさが終わった。大粒の雨の中、元気で明るい子供たちがうれしかった。

 日の暮れるころ、丁寧なお礼の言葉と一緒に傘たちは帰ってきた。

  (2008.06.25 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年6月24日 (火)

「現実味」

      岩国市  会 員   横山 恵子

 車のキーをなくしたので合鍵を作ってもらい帰ると、玄関に見覚えのあるキーが。奥の方から「桃の木の下に落ちとったよー」と母の声。「ええー」

 
 殺虫剤を買って帰るやいなや、キーを持ったまま桃の木の下のアブラムシに向かって、これでもか、これでもかとと噴射した。そのとき落としたのだろうか?


 息子にこの話をしたら「いつも決めた場所に置かんけえよ。ぼくにはいつもそう言っとるじゃ」と一言。「そうねえ」と言うだけで反論のしようがない。言うんじゃなかった。

 老いては子に従え、という言葉が現実味を帯びてきた?

 (2008.06.24 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年6月18日 (水)

「元気の証」

   岩国市  会 員   沖 義照 

 
毎年、夫婦そろって人間ドックを受診している。昨年のことだった。妻の内臓に異常らしきものが見られるので、精密検査を受けるように、との検査結果が送られてきた。

 検査を受ける日までの1週間、心が晴れない時を過ごした。妻は悪いように悪いように考え、身の回りの整理をし始めた。

 検査の前日、2人で夕食に出かけた。気疲れで食欲のない私を尻目に、妻は「最後の晩餐だから」と言い、大好きなステーキを、しかもその店で一番高いものを注文した。妻の食欲はすさまじく、あっという間に食べ終えた。どこが悪いのだろうと思うくらいの食べっぷりであった。

 翌朝、妻を病院へ連れて行き、駐車場で新聞を読みながら、検査が終わるのをじっと待った。雲もなく抜けるような青い空、そんな天気が恨めしくさえ思えた。

 正午のサイレンが鳴った。まだ出てこない。何かあったのだろうか。1時前に指でOKサインを出し、笑いながら出てきた。そのまま車を飛ばしてイタメシ屋に行き、豪華なランチを注文した。

 「疑わしきは精密検査を」ではあろうが、お陰で何日間も心配し、散財もした。これで分かったことは、「人間、食欲のあるうちは元気だ」ということである。
(2008
.06.18 朝日新聞「声;特集『人間ドック』」掲載)

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2008年6月14日 (土)

「変な親心」

    岩国市  会 員   山下 治子

 息子の作業服がほころびていた。当て布を縫いつけアップリケを張りネームを入れた。よし、よくできた。畳んで通勤バッグに入れた。

 その晩帰宅するや息子大激怒。「お母ん、ぶち恥かいたぞ!」。作業服に着替えた朝礼のときに「どうかそれは? 自己アピールか」「来るところ違くない?」とか笑われて初めてつぎあてに気づいたらしい。

 息子私に詰め寄り「あのさ、おれ幼稚園児じゃないの。たばこ吸う成人! わかる? もうやめてよ、名入でスヌーピーなんてさ」。

 でも、それって親心なのよと主張したが、息子いわく母原病だそうな、反省しきり。
2008.06.14 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年6月12日 (木)

「命の使い方」

    岩国市  会 員   樽本 久美

 96歳の今も医師として活躍する日野原重明先生の著書「今日の『いのち』のつかい方」を読んだ。

 体調を崩していて、なにもかもいやになっていた私。「くよくよ、イライラと暮らすのも、うきうき、にこにこ過ごすのも、同じいのちを使っている」。本の中の一節に勇気づけられた。

 本当にその通りである。考えてもどうしようもないことをあれこれ考えても時間の無駄である。今日という日は二度とこない。無駄な時間を過ごすことは「いのち」を粗末にしていることと同じであると日野原先生は書かれていた。

 最近、硫化水素や練炭で自殺するニュースを耳にする。親からもらった大切な命。何があっても、自ら絶つことは決して許されないことだと思う。

 「人生には、どんなつらい事があっても、決して無駄な経験など一つもない」との日野原先生の言葉をかみしめたい。

   (2008.06.12 中国新聞「広場」掲載)

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2008年6月 6日 (金)

「懸命な生き方を学ぶ」

   岩国市  会 員   中村 美奈恵

 「生きたい」という彼の声が私にも聞こえる。彼とは高松市に住む池田真一さんのことだ。3年前から肺機能が低下し、呼吸困難と闘いながら肺移植を待っている。

 池田さんが執筆した「生きたい!! 僕の履歴書」。5月15日付の文化面に紹介してあった。高校1年で白血病と診断され、抗がん剤治療の苦しみを乗り越えた。再発のときは、骨髄移植を受け、懸命に生きてきた。

 理学療法士を目指して学んだ呉市の医療系専門学校で、妻の由佳さんと出会い結婚。これから2人で幸せな生活をと願ったときの発病だった。

 これまでの生い立ちが書かれている本からは、池田さんの誠実な人柄がよく分かる。彼に寄り添い、支える由佳さんの優しさが伝わってくる。

 今、池田さんの応援サイト「頑張れ真ちゃん!~『僕の履歴書を届けよう!』~」のブログには、2人を励まそうと全国の人たちがたくさんのメッセージを送っている。「頑張って生きなくては」。そう感じさせてくれた2人に私も心からエールを送りたい。
 (2008.06.06 中国新聞「広場」掲載)

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2008年6月 5日 (木)

「株式市場の改革」

   岩国市  会 員  角 智之

 アメリカの信用力の低い人向け住宅ローン(サブプライムローン)の焦げ付きにより、銀行は膨大な損失の計上を余儀なくされ、今なお世界的な金融市場の混乱に歯止めがかからない状態が続いている。

 一方で原油相場の高値更新やドル高基調により、資金は金や穀物などの商品相場に流出し、消費の減速が懸念され、ニューヨーク株式市場は下落に転じた。

 アメリカ経済と密接な関係にある東京市場も、実態以上の値下がりを強いられている。

 株価が下がれば、企業の時価総額(株価*発行済株数)は低下し、敵対的買収に対しても防衛力は弱まる。株式を組み入れた金融商品の値上がりも望めない。

 国会は年金や高貴高齢者医療制度の扱いなどで与野党の攻防は時間ばかりが費やされている。

 株価の回復や景気刺激策について、何の議論もされないのはなぜか。譲渡益や配当に対する今の税制の恒久化や、外国人主導となった市場を取り戻すための市場改革を行わなければならない時期に来ているのではないだろうか。 
  (2008.06.05 中国新聞「広場」掲載)

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2008年6月 3日 (火)

「山野草展での”講義”楽しむ」

  岩国市  会 員   広森 紘一

 「こんなもなぁ、どこにでもある」。山野草の展示会場で、おばあちゃんの声が聞こえる。誰か相手がいるようでもないし、独り言にしては声が大きい。この会場には似合わない言葉が続く。

 さすがに気になり、「こんにちは」と声を掛けた。すると、屈託のない笑顔を返して、よい聞き手が来た、とばかりに山野草の講義が始まった。豊富な知識が次々とテンポよくでてくる。

 なんのことはない。ミイラ取りがミイラになってしまい、質問までしてしまった。おばあちゃんは講義の途中で突然、「昼になるけぇ、帰ろう。道に迷うたら、またしかられる」とサッサとお帰りになった。

 翌日の最終日、昼の休憩から戻ると、なんと今日もご来場。それと前日とは別人のように、一鉢ずつじっくりと鑑賞中だ。あいさつしたら、「今日はゆっくり見させてもらう」と一言。

 講義の続きも聞きたかったが、山野草をみて以前の田舎での暮らしを思い出しているのではないか。2日間の様子から勝手におばあちゃんの境遇を想像してみた。
    (2008.06.03 朝日新聞「声」掲載)

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「息子の良いところ」

   岩国市  会 員   中村 美奈恵

 新学期初めての懇談会で先生が「子供の良いところを1つずつ教えてください」と言われた。

 日ごろ、息子のことをしかってばかりで、ほめることのない私は困った。廊下側から1人ずつ勉強やスポーツを頑張っていることをほめていく。

 順番がどんどん近づいてくる。頭の中がいっぱいで、2、3人前からはだれが何を言ったのか聞こえない。

 私の番が来た。とっさに「肩もみが上手です」。あー、もうちょっと違うことを言えば良かったと思いかけたとき「そうですね。私もお昼休みにもんでもらっているんですよ」。私はいっぺんに先生が好きになった。

 (2008.06.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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「ゆで卵の笑顔」

   岩国市  会 員   貝 良枝

 
冷蔵庫を開けると、思わず口元が緩む。卵の棚に、ウインクした顔が落書きされた卵がある。もちろん私が描いたものだ。

 ゆで卵を作る時は、いつも3つも4つもゆでて、余ったゆで卵は、生の卵と区別するためにマジックで顔を描いて棚に戻す。

 「へのへのもへじ」であったり、まつげのたくさん生えた少女漫画の主人公の顔のようであったり、いろいろだ。

 娘たちも、このゆで卵の顔を初めて見た時は、「何これ。やれんねえ、母さんは」と苦笑していたが、きっと将来まねをすると思う。楽しいから。

 先日も、ゆで卵を作った。その時は、気分がむしゃくしゃしていたので、ゆで卵に怒った顔を描いて、冷蔵庫に片付けた。

 そのことを忘れていたころ、冷蔵庫を開け、たまたま卵の棚を見た。その顔が見えた。思わずムッとしてしまった。

 慌てて、そのゆで卵は、くるりと回して、顔が見えないようにした。家族より先に開けたのが、私でよかったと反省した。

 「喜怒哀楽」は、伝染すると思う。できるなら「楽」だけを伝えたい。できるなら「怒」は伝えたくないし、わが家から永久追放したいと心底思った出来事だった。

 (2008.06.03 中国新聞「こだま」掲載)

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