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2008年10月

2008年10月31日 (金)

「ありがとう」

    岩国市  会 員   横山 惠子

 妹夫婦が、86歳と82歳の両親、足の不自由な夫を九州の宇佐へ連れていってくれた。

 早めに、かんぽの宿に到着。早速、母と妹と3人で風呂へ。心遣いが伝わるバラの露天風呂。香りが疲れを癒やしてくれる。妹が母の背中を、私が髪を洗った。母の丸く小さくなった背中には、言葉がなかった。

 夕食は、鍋を囲みながらしばしのだんらん。母が「両親は早く亡くなったから孝行もできんかったけど、私はこうして孝行してもらっている。ありがとう」と言った。

 礼を言うのは私たちの方よ。もちろん、妹夫婦にも。秋色の思い出が、心をあったかくしてくれる。
2008.10.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年10月30日 (木)

「コスモス」

    岩国市  会 員   吉岡 賢一

 病床に伏す母を見舞う。「来たよー」の声にわずかに反応する。温めたタオルで目元、口元をゆっくり蒸す。

 二筋三筋、乾いた涙の跡が目尻に光る。言いたいこと、頼みたいことがいっぱいあるのだろうか。言葉にならない、伝えられないもどかしさが枕をぬらすのか。それとも住み慣れた自分の部屋が恋しくて涙になるのか。

 顔をふくたび心が痛む。気を取り直し「べっぴんさんになったよ」。耳元でささやくと、ほのかに顔がゆるむ。

 「一人にさせてごめんね……」。か細いコスモスが風に吹かれ、右に左に揺れている。

(2008.10.30 毎日新聞「はがき随筆・四季特集『涙』」掲載)

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「亡祖父に合掌」

       岩国市  会 員   山下 治子

 4年前の晩秋、長男は大事故で命の危機。再起不能と告げられ、家族は一丸「死なせてなるものか」と支えた。

 後の話だが、地獄の淵でさまよう彼の首根っこを亡祖父がつかみ「帰れ!」と怒鳴ったそうだ。死してなお孫を加護してくれた祖父に先祖に幾度も合掌した。


 そして3年に及ぶ治療とリハビリ。1度失せた命、世の中に還元したいと彼は介護福祉の道を選び社会復帰した。

 「この仕事は僕には適職。お年寄りに耳を傾けるといい顔してくれるんだ」と笑う彼は、この夏初めて賞与をいただいてきた。やっとここまで来られた……鼻の先がつんと痛くなった。

(2008.10.30 毎日新聞「はがき随筆・四季特集『涙』」掲載)

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2008年10月27日 (月)

「心で包む風呂敷」

       岩国市  会 員   中村 美奈恵

 先日、「ふろしき講座」を受けた。環境問題を学ぶ中での一つの体験だった。家の中を探してみたら、お土産やお返しでもらった風呂敷が5枚出てきた。講座では指導を受け、その風呂敷で、いろんな包み方をしてみた。結び目が可愛い。柄の出具合が、とてもすてき。

 「包」という字が、母親がおなかの胎児を守っている姿から出来たというように、「包む」には包んだ物を大切にし、相手を思う心がある。

 風呂敷の色や柄にも気持ちが込められているという。たとえば唐草模様には「伸びていく唐草のように、限りなく栄えてほしい」という願いがある。物を風呂敷で包んで差し上げる時、色や柄を見てもらい、気持ちを伝えるのだ、という。素晴らしい日本の心に感動した。

 
初めは結ぶことだけに興味があった私が今回、学んだのは「心で包む」ということ。環境に優しい風呂敷。物を差し上げる時には、相手のことを思い、私の心で包みたい。

   (2008.10.27 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

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2008年10月18日 (土)

「わらしべ長者」

    岩国市  会 員   山下 治子

 草ひきの手伝いをしただけで食べきれないほどの野菜をいただいた。断るも腐らすも申し訳なく近隣へ分けて回り、残ったゴーヤやナスはつくだ煮やカラシ漬けにして弁当用の保存食へ。

それからある日「この間はありがとうネ」と立派なリンゴが届いた。これって海老で鯛じゃない!?私ちょっと恐縮。

お礼にアップルパイを作っておすそ分けしたらピオーネや松茸になって返ってきた。何だか「わらしべ長者」みたいだ。

義理堅い大正生まれのおばあちゃんから今またサツマイモをいただいた……。明日はイモ羊かんを作ろう、3時のお茶に間に合うように!
  (2008.10.18 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年10月 8日 (水)

「錦帯橋洪水対策」

    岩国市  会 員   角 智之

 
10万人を越える賛同署名を提出して世界遺産暫定リスト入りを目指した「錦帯橋と岩国町割」は、一定の評価を受けながらも今回は見送られた。

 錦川に架かる錦帯橋は、栃木県日光市の「神橋」、山梨県大月市の「猿橋」とともに日本3橋の一つである。築城技術を駆使し、木組みの技法を最大限活用して創建された。美しい5連のアーチ橋は世界にも例がなく、三百三十余年にわたり、人々の生活にかかわってきた。

 さらに20043月に完成した架け替え工事の技法は、平成の匠たちに伝承され、文化庁や国連教育科学文化機関(ユネスコ)へアピールできることも意義深い。

 だが、架け替えからわずか1年半で橋脚の一部が流失した現実に、多くの市民は衝撃を受けた。地球温暖化に起因か、今夏もゲリラ豪雨が列島を駆け抜け、愛知県岡崎市では、観測史上最高の1時間に146ミリという想像を絶する豪雨に見舞われた。

 支流の多い錦川流域で、このような事態になれば、短時間での増水は避けられない。先人たちが残した貴重な伝統技法を世界遺産に登録し、末永く後世に伝承するためには、100年に1度の大洪水に遭遇しても安心して眺めていられるよう、抜本的な洪水対策が必要ではないだろうか。
 
 (2008.10.08 中国新聞「広場」掲載)

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2008年10月 7日 (火)

「結婚の条件は性格より生活」

         岩国市  会 員   吉岡 賢一

 田中内閣による日本列島改造論が沸騰する前年、私の結婚話が持ち上がった。勤務先は地元大手企業、給料は人並・年相応。住まいは二年前新築した。しかしローンに追われる貧乏所帯。

 先方は、山あいの小さな集落ながら酒、米・食料品・雑貨、何でもありの小さなスーパー経営。日々現金収入のある、どちらかといえば裕福な家庭、しかも一人娘。父親は明らかに反対表明。それでも彼女の意志の固さに屈して、最終的に何とか了承となった。

 理由その1、勤務先が大企業で収入が安定している。 その2、ローンはあるものの、住居が新築である。 その3、競輪・競馬・競艇など、勝負事はしないと約束したことなどなど。

 先行き不透明な経済状態の中で、娘を結婚させる父親にとって相手の条件は安定した収入による生活力の有無が最優先らしかった。人間性や人柄などは、義父にとってはおまけみたいなものだったのだろう。しかし2人にとってはおまけが全てであり、それで結ばれたような2人だった。あれから37年、今も夫婦は続いている。
     (2008.10.07 朝日新聞「声」欄掲載)

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「いざよい」

   岩国市  会 員   沖 義照 

926日夜9時、同時に月を見よう」。布団に腹ばいになって書いた手紙の最後に、こう付け加えて投函した。

 東京の大学に行ったM子にあてて出したものである。春夏冬と、長い休みには必ず帰省してきた。喫茶店に入りコーヒー1杯で何時間でも話ができる友人であった。

 2年の夏休みが終わり、M子は東京に帰って行った。寂しさを紛らせるために手紙を書いた。

 喫茶店にいる時のように、同じ時間を共有したいと考えて思いついたのが、十六夜の月を見ることだった。私の気持ちがいざよっていた時だったように今思い出している。
   
  (2008.10.07 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年10月 2日 (木)

「ブドウ狩り」

    岩国市  会 員   角 智之

 娘から届いた誕生日プレゼントの伊豆大島産のアジサイは、瀬戸内の気候に合わないのか、たくさんのつぼみを残して枯れた。

 大切に育てていたアセビやドウダンツツジの大株もこれに続き、畑ではキュウリやインゲン、トウモロコシ、ゴーヤなど野菜の収穫は昨年の半分にも及ばない。

 ところが、十数年前に妻が玄関の横に植えた無名のブドウが今年は大豊作だ。我が家の一日はまず、これにぶら下がった後、行動開始だ。

 そんな折、周南の山あいに住む叔母から特上のブドウが届いた。深まる秋の気配を感じながら、喜びは数倍に増幅された。

 (2008.10.02 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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