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2008年11月

2008年11月26日 (水)

「飴ちゃん」

     岩国市  会 員   貝 良枝

 50歳の誕生日を迎え、この節目に何かしなければいけないように思え、考えをめぐらせていた。そんな折、出席したある会合の途中で急に咳が出始めた。我慢すればするほど、咳は止まらない。

 「こまったな、廊下に出るべきか」と思った時、隣からスーッとのど飴が2個、レジメの上におかれた。「すみません、いただきます」と会釈して口に入れる。さわやかな抹茶の味がのどに広がり、咳は収まった。「いいなぁ、こんな風にさりげなく気遣いができる人になりたいな」と思った。

 今まで多くの人に助けられてきた。パートで1日働いていた頃、「子供が小さいんでしょ。残業しなくていいから早く帰ってやりなさい」と言われた。言ってもらっただけでうれしかった。入院した時、子供からの電話で夕食時におかずがあれこれ届いたことを知り、涙が出た。気持ちに余裕がなく焦っている時、手を差し伸べてもらったうれしさは、何年たっても忘れられない。

 子供が大きくなり、時間に余裕ができた。これからは助けてくださった人と同じように、さっと手が出せるよう準備していよう。まずは「飴ちゃん」から。 さっそくバッグにのど飴をしのばせた。
  (2008.11.26 朝日新聞「声・特集『飴ちゃん』」掲載)

   

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2008年11月24日 (月)

「戦争放棄 世界憲法]

     岩国市  会 員   山本 一

人間だけでなく、生きとし生けるもの全てが弱肉強食の競争原理の上に成り立っていると思う。従って日本だけが戦争の放棄をするという考え方に、そもそも無理があるのではなかろうか。守るだけの自衛隊がだんだん怪しくなり、ついには自衛隊トップの恐ろしい論文も飛び出す始末である。

しかし、こんな議論を繰返している場合ではない。今世界には、景気、環境、エネルギー、食料など、世界が一つになって対処しなければならない緊急課題が山積している。戦争放棄は日本だけでなく全世界の最重要課題である。

歴史的に見ると、世界は抗争を繰り返しながら今の国々を構成してきた。次なるは世界が一つになることである。それぞれの国が軍を放棄し、世界共通の軍を持つことしかない。具体的には世界憲法を制定して戦争の放棄を定め、今の国連軍を核に「世界防衛隊」とし、各国軍を順次併合する。「世界防衛隊」の役割は、世界の治安維持と災害救助を主な目的とする。

憲法九条の先にあるもの、それは「世界は一つ」ということではなかろうか。狭い地球の上で、全世界の人々は「殺りくを伴うけんかはしない」ことを誓い、世界共通の課題克服に力をあわせる時ではなかろうか。
  (2008.11.24 中国新聞「広場」掲載)

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2008年11月19日 (水)

「飴ちゃん」

     岩国市  会員   樽本 久美

のど飴は、なくてはならない仕事道具である。家庭教師をしているので、生徒が眠たくなったり、私自身が眠たくなったりした時、必ず「のど飴」を食べる。

 洋服を選ぶ時はぜんぜん迷わないが、飴を選ぶときは真剣そのものである。さんざん迷ったあげく、いつもの飴を買ってしまう。一袋買って、もしおいしくなかったら……。もったいないと思ってしまう私。たかが飴、されど飴である。

 おいしい飴との出会いがあると、ささやかな幸せを感じる。人生も同じである。よく「赤い糸で結ばれている」といわれるが、「偶然」ではなく「必然」なのである。

人との出会いを大切にしたいと切に思う。今、私の周りには、すてきな人がたくさんいる。自分が楽しんでいると、おもしろいぐらい楽しい人や魅力的な人に出会う。笑顔でいると笑顔でいっぱいの人に出会う。本当に「幸福の原理」である。

 自分が幸せと感じていたら幸せで、人と比べる必要はない。おいしい飴を食べて、幸せと感じる私に乾杯。
2008.11.19 朝日新聞「声・特集『飴ちゃん』」掲載)

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2008年11月12日 (水)

「引き際」

      岩国市  会 員   山本 一


 私の人生でこれまでに3回の引き際があった。あらためて振り返ってみると、特に意識したわけではないのに、いずれも共通した考え方で決断していることに驚く。

 1回目は20代後半の頃で、化学会社の製造現場リーダーから労働組合の専従役員として転身する時だった。職場には、任せれば私以上の仕事が出来ると思われる人物がいた。私は希望して、より自分のやってみたい労働組合の道を選んだ。

 2回目は40代の後半の頃、労働組合役員を辞任する時である。随分長い間ワンマンでやって来たと、今でも当時を振り返ると冷や汗がでる。この時も自分が続けるより交代した方が良いと確信する人物が現れた。私は強く希望して職場に復帰した。

3回目は42年間勤務した会社を、61歳で定年退職する時である。自主定年を推奨し、若返りをめざす会社の事情を労働組合役員として承認したこともあり、一切残ることは考えなかった。

 これら3回の引き際に共通しているのは、自分が引いたほうが、職場にとっても自分にとっても良いと思い、自ら転身を希望したことである。その時々の軋轢にも私は果敢に耐えたつもりでいる。
  (2008.11.12 朝日新聞「声・特集『引き際』」掲載

 

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2008年11月 7日 (金)

「ラッキョウの花」

    岩国市  会 員   吉岡 賢一
 
 植えたまま3年目を迎えるラッキョウ。今年も薄紫のかれんな花をつけた。
 
 ラッキョウは1年生が最も大きく成長する。1粒がほおばるほどのものもあるが、やや大味で値段も手ごろ。2年生は、土の中の生活が倍なので、もっと大きくなると思いきや、やせ細って1年生の半分以下に。小ぶりながら実が締まって歯応えがよく値段も上がる。

 初挑戦の3年生は来年6月に掘る。どんな太り方、どんな食感、どんな値打ちを見せるのか楽しみだ。来年は孫が小学3年生。どんな成長を見せるのか、こちらも興味津々。
  (2008.11.07 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2008年11月 6日 (木)

「心は既に母の上」

    岩国市  会 員   山本 一

 釣り場に着いて、第1投をした途端、携帯電話が鳴る。母が入院している介護施設からだ。「検査のため救急施設へ搬送する」「すぐに来なくて良い」という。
 
 車で1時間以上かけて来て、これからという時だ。今は亡き父の場合も含め、こんなことには慣れっこである。「夕方、検査が終わったころに行けば良いか」と思い、釣り続行を決め込む。
 
 が、心は既に母の上である。気になって釣りに集中できない。我慢してさおを振っていたが、胸が痛むばかりで全く面白くない。
往生際の悪い頭をたたきながら、そそくさと帰路についた。
  (2008.11.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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