« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008年12月

2008年12月30日 (火)

「この1年」

   岩国市  会 員   井上 麿人

 ピッチ走法でもストライド走法でもない。音がするので「ペタペタ走法」と名付けてる。だが、妻は「動機が不純。ビールが飲みたいだけのトボトボ走法」と決め付ける。汚名を背に苦節5年、最近はフルマラソンにも参加している。

 ところが、1月の「いぶすき菜の花マラソン」では27キロ付近で、4月に地元岩国市で行われた「日米親善錦帯マラソン」では30キロ地点で、いずれもリタイアした。反省もあり、夏場の練習量を増やしてみた。しかし、これがたたり、秋以降は走れば入院するというはめに追い込まれた。

 「ウォーキングに変えなさい。このままだとコロリといきますよ」。医者の目が光った。走ることから歩くことへの気持ちの落差はあったが、従った。分かったことは、ウォーキングは時間はかかるが、ちっとものどが渇かないことだ。やはり走る動機が不純だったのだろうか。

 先日、「心にポッカリ穴があいた」と妻に心境を話すと、「せっかくの穴だからしばらく入っていたら」。年賀状を前にして、今、書くことがない。「Qちゃん、年賀状をかいた?」  
      (20008.12.30 朝日新聞「声」掲載)

| | コメント (0)

2008年12月28日 (日)

「置きみやげ」

    岩国市  会 員   吉岡 賢一

 誰よりも早く起き、誰よりも遅く眠りにつく。寝顔をひとに見せたことがない。そんな母が、たった一度だけ「仏の顔」と見まがうほどの安らかな寝顔を見せた。

 その時が、101歳を生きた母との永遠の別れとなった。この世で味わった辛酸や苦労など一切忘れたような笑顔。

 喜怒哀楽のすべてを飲み込んだ、優しさに包まれたほほ笑みは「精いっぱい生きたんじゃけー心配せんでええよ」と、落ち込む私たちを励ましてくれる。

 どこまでも家族を気遣う真綿のような親心を置きみやげに、晩秋の夕闇へ静かに溶け込んでいった。ありがとう、おふくろ。
  
 (2008.12.28 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2008年12月24日 (水)

「1年目最後は干支への挑戦」

       岩国市  会 員   片山 清勝

 妻の病気や義兄の血管手術など、心配事はいくつかあった。幸いなことに京都の孫へ誕生祝いを送れば年が越せる。

 思い返すと、「世界でひとつの作品を作ろう」と誘われ、月2回の陶芸教室へ仲間入りして1年。この新しい出会いは、子どものころの土いじりに似た無心の楽しみを思い出させた。

 ろくろの上の粘土。両手を使って形を作るが思い通りにならない。イメージとは違った形ができる。何度もやり直す。持ち帰った作品に「いいじゃないですか」と妻の感想。そこでちょっと苦心したところうを話す。

 初めて出会った陶芸の仲間は定年退職者が多い。でも、粘土をこねる生き生きとした姿は年齢より若い。話題共通の世代とのワイワイがやがやは気持ちが和む。作品作りとは別の楽しみも知った。粘土には、人を結びつける磁力のような不思議な力が練りこまれている。ろくろを回しながら、そんなことを思う。

 1年目最後の作品は、来る年の招福を願い干支に挑戦する。心和む陶芸仲間に出会えたことに感謝しながら、精いっぱいこねた粘土からどんな丑が誕生するか。妻も楽しみにしている。
    (2008.12.24 朝日新聞「声」掲載)

| | コメント (0)

「中身減らしに疑問符」

     岩国市  会 員   貝 良枝

日曜の朝、ホットケーキを焼いた。遅く起きた朝のお助けマンともいえるホットケーキ。調合されて一袋になっているので、卵と牛乳を加え、フライパンに一気に流し込み、気合を入れてひっくり返せば特大ホットケーキの出来上がりだ。

 なのに今朝は膨らんでいない。ホットケーキの身上は、フライパンの中でふかふかの布団のように膨らむことなのに厚さは1.5㌢しかない。火加減が悪かったのだろうか。外袋を見ると内容量150㌘(今までは200㌘)。これでは、いつも通りの卵と牛乳の量では膨らまないに決まっている。ガッカリした。

 マヨネーズもそうだ。チラシの看板商品に「マヨネーズ○○円」とある。よく見ると小さな字で350㌘と書いてある。500㌘で、この値段だったのだから安いわけではない。

 小麦粉も卵も値上がりしたのはニュースで知っていたが、あらためて気づかされた。しかし、値段はそのままで、中身を減らすという売り手側の手法はどうだろう。

 主婦は家族の人数で食材を買う。育ち盛りの子に「ホットケーキを半分だけ食べておいてね」とは言えない。値上げがうれしいわけではないが、ガッカリさせられる値上げより、正直で素直な値上げの方が、まだましと思った日曜の朝の出来事だった。
  (2008.12.24 中国新聞「広場」掲載」)

| | コメント (0)

2008年12月22日 (月)

病床の母は何を思う

     岩国市  会 員   山本 一

 「腕時計をしてやってもいいですか」と主治医に聞く。先日介護施設から緊急入院した母の要望である。点滴管を手に、鼻に酸素吸入管を装着し、医師からは余命わずかと伝えられた。

 腕時計をつけながら、母はどんな気持ちでこの時計を見るのだろうかと思う。私の当面の願いは、母が無事に年を越すことである。

この一年、心の半分を母に奪われている感じだった。これまで入居していた介護施設では、手押し車を押して自室のトイレに何とか行ける状態だった。口はいたって元気で、母の口の暴力が施設の人を傷つけ、私の心を傷つける。指輪がなくなった、財布がなくなった、シャツがなくなったと騒ぐ。よく食べ、あれこれ買って来いと注文も多い。

ところが1ヶ月半前から急に歩けなくなり、食事も受け付けない。今は寝たきりとなり食事は点滴だけで、ほとんど話せなくなった。話せないので口で人を傷つけることもない。終日何も話さずじっと生かされている感じだ。

今、母は何を考えながら寝ているのだろうか。きっと持ち前の想像力で、あれこれ前向きに考えているに違いないと思うのだが。

    (2008.12.22 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

2008年12月21日 (日)

「Xマスプレゼント」

    岩国市  会 員   中村美奈恵

 クリスマスが近づき、たくさんのチラシが入るようになった。息子が3歳のとき、サンタクロースにお願いをしたチラシを切り抜き、枕元に置いた。

 朝起きると、息子の喜びそうなおもちゃ。でも、それを見て突然、泣き出した。「僕がお願いしたのは、これじゃない」

 息子が切り抜いたのは真珠のネックレス。大好きなママにプレゼントしたかったのだ。

 今は高校2年になった息子。そんなことは忘れたと言う。あのとき流してくれた涙は大粒で本物の真珠より輝いていた。宝石店のチラシを見ながら、今年もまた胸がキュンとなった。

  (2008.12.21 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2008年12月18日 (木)

「性 格」

    岩国市  会 員   檜原冨美枝

 持病の金欠病と無類の無愛想病を併せ持つ主人と結婚して50年。何とか脱走せずに暮らしてはきたが、逃げ出したいような日もあった。

 町内や自分が所属している会などで寡黙にしていたら、その場の雰囲気を壊すのではないかと心配もした。

 それとなく仲間に聞くと、宴席では柔和な顔をしているらしい。
私にも何らかの非があるのかもしれないと時々反省する。

 生まれつきの性格とはいえ、気がついたら直してほしいと思う。商売人には笑顔が不可欠。手遅れかもしれないが、毎朝、鏡に向かってニッと笑う特訓をし、併せて瀬戸内寂聴さんの「和顔施」(わがんせ)を説く。
   
(2008.12.18 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

「母の地球儀」

    岩国市  会 員  鈴川 汎子

 昼前の急なドライブ。間もなく「腹減ったのう」と夫。レストランらしきものがありそうもない山道に「ジャマイカ料理の店」があった。

 おすすめ料理が来るまで、張ってある世界地図でジャマイカを探していたら、母が浮かんだ。

 97歳。死ぬ間際まで新聞、テレビ、会話に出てくる地名を、すぐに地球儀で探した。「あー、ここなんだ」と納得していた。地理は誰よりも強かった。

 三回忌をすぎても、実家の妹は、仏壇の前に新聞を毎日広げると言う。印刷の薄くなったあの地球儀とともに。
母のぬくもりに触れたくなると、私は新幹線に飛び乗る。
  
2008.12.18 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2008年12月12日 (金)

「PCで個性的な賀状」

      岩国市  会 員   片山 清勝

 
今年も残り少なく、何かと気ぜわしい時季になった。この時季になると、どんな賀状にするか思案されている方も多いだろう。

 毛筆や版画など長年続けてきた思いを込めた作り方もあるが、最近はパソコンで作った賀状も多い。そこには「手作りの温かさがない」と言われるが、本当にそうだろうか。

 パソコン教室に来られる皆さんは、既存のソフトから一歩踏み出し、「自分流の賀状」を作りたいと挑戦される。作り方は違っても「賀状への熱い思い入れ」に変わりはない。

 家族や孫、旅行の写真を載せて近況を知らせたいー。若い人から80歳を超える方まで、同じ思いでマウスを動かす。そのうち一人一人の個性が画面に表れる。周りの人を含めて喜びの声がわく。添え書きする空白に、どんな言葉が忍ばされるのか、と思いながら小さな修正を手伝う。

 不況のうちに迎えた師走。パソコンで初めて作る1枚の賀状に、新しい年への思いを託す。受け取られた方はきっと驚きながらも喜ばれる、そう信じながら次の講座の準備を始める。受講者からの賀状が届くことも少し期待しながら。

    (2008.12.12 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

2008年12月11日 (木)

「母という性」

  岩国市  会 員   沖 義照 

 東京にいる息子が出張で広島まで来た。泊まりに来るという電話が昼過ぎにかかってきた。

 さあ大変。家の片付けに大掃除に布団干し。夜8時、1年ぶりに帰ってきた。妻は久しぶりに腕をふるった料理を並べる。

 息子の前には、私の2倍はあろう大きなステーキと2人前の握りずしが置いてある。それを黙って全部ぺろりと平らげた。満足そうな妻。飲めない父子が、少しのワインで乾杯をする。

結婚して子供もいる息子に対してもなお、妻はかいがいしく尽くす。母という性は、息子が帰ってくる度、日ごろ私には見せない無償の愛を今でも与え続けている。
  (2008.12.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

  

| | コメント (2)

「記念硬貨」

岩国市  会 員   角 智之

地方自治法施行60周年を記念して、政府は47都道府県すべてを対象に記念硬貨を発行し、希望者には抽選で両替するという。

応募の結果、運良く当選した。初回は北海道で「洞爺湖」と「タンチョウ」。2回目は京都府で「源氏物語絵巻」の一部が精巧に描かれ、色遣いの美しさに目を奪われた。 

 額面は千円だが、素材の高騰や特殊工法などで割高だ。でも、この程度で心癒されるのならばいいだろう。次は島根県で、図柄は石見銀山と県花のボタン。

 すべての発行が終わるには、数年かかるだろう。いつまで続けられるか、挑戦だ
   (2008.12.11
 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

             

| | コメント (0)

2008年12月10日 (水)

「ひ孫につなぐ母の命」

   岩国市  会 員   吉岡 賢一

 子や孫・ひ孫ら私たちに多くの思い出を残して、母が百歳七ヶ月の生涯を静かに閉じた。当面の目標であった百歳の誕生祝いも敬老の日のお祝いもさせてくれたので大いに感謝している。

 しかし、今年いっぱいは元気に過ごして、正月を迎えさせたかったなどと願う気持ちは際限なく続く。
それは、我々周囲の人間の果てしない欲望である。母にとっては、あらん限りの命の炎を精一杯燃やし続けて、私たちの長生き願望に答えてくれたのである。

 斎場でひつぎの周りを歩きながら、大粒の涙を流し、声を上げて泣き悲しむ幼稚園年長のひ孫。周囲の涙を誘う。人一人の死に対して、多くの人が集まり嘆き悲しむ様子を、この子なりに真正面から受け止めようとしていたのだろう。

 ほんの少しの間に、真っ白くなったお骨と灰だけしか残らない「人間の死」という空しい現実。これらのことをいつまでも忘れないでいて欲しい。

 そして自分の命を大切に、同時に他人の命も大切に守らなければいけないことを、身につけて成長して欲しい。そのことが、百歳を生きた母の命を、若い命につなげて行くことになるのだと信じている。
  (22008.12.10 中国新聞「広場」掲載)

 

 

| | コメント (0)

2008年12月 9日 (火)

「寒い朝」

    岩国市  会 員   貝 良枝

 高校生の娘に「仏様からリンゴもらってきて」と言うと「えーっ、……父さん行ってきて」。「えっ、なんでおれなん?」「父さんが大好きじゃけぇよ」。「やれんのぉ」と夫は足取り軽く仏間へ行った。

 かわいい娘にこう言われては断る理由がない。今の時季、温かい居間から誰しも動きたくない。娘に「策士じゃねぇ」と言うと、コタツから顔をのぞかせニッと笑った。

 「父さん、リンゴむけたよ」と一番に勧める。夫は、満足そうにカリッと食べた。娘もこたつからテーブルに移りカリッと食べた。家族みんなが笑顔なら、誰が策士でもいいよね。
  
2008.12.09 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2008年12月 4日 (木)

「息子の涙」

    岩国市  会 員   片山 清勝

 妻と帰宅したら8歳の息子が駆け寄り「ジョンが死んだ」と言い終わらぬうちに涙を流し始めた。

 家の入口に、生後すぐ置き去りにされた子犬は、一人息子の弟として家族の一員になった。

 それから3年、弟の世話が楽しく、ひとりで何でも出来始めたころ、突然の病死。ショックから泣き声は小さいが、大きくしゃくり上がる肩から息子の心の内が伝わる。こうして成長していくのだ、そう思いながら肩に手を置いた。

 脳トレ用の紙細工で犬を作りながら、30年あまり前に貴い経験をして流した息子の涙を思い出していた。
  (2008.12.04 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »