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2009年3月

2009年3月31日 (火)

「忘れ物」

    岩国市  会 員   吉岡 賢一

 6歳の孫に押し切られ、34日東京タワー見物に行った。ディズニーランドも、あそうさんがお仕事する国会議事堂も、浅草寺大提灯も仲見世も見せた。

 
 遊びにかまけて、某有名大学の「赤門」をくぐらせるという一大事を忘れて帰った。この子の将来にかかわるかどうかは別として、今なら何の抵抗もなく堂々と通過させてやれたものを。

 とは言いながら、赤門突破が学業のすべてなどと思うほど無粋なジイちゃんではない。ゆっくり磨き上げ、これから先12年の可能性を楽しみたい。

 それにしても、肝心なことを忘れるようではねー。
 
 (2009.03.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年3月30日 (月)

「単身赴任」

岩国市  会 員   山本 一

 上の娘が中学生になった頃から、私と娘たちとの会話が突然途絶えた。私が2階にあがると娘たちは下におりる。一時が万事で当時は深刻に悩んだ。ところがある時変化が起こった。私が48歳、娘2人が20歳と17歳の時である。

下の娘の要望でシェパードの子犬を飼うことになった。ちょうどその頃、私の東京への単身赴任が決まり、その翌日のことである。私が帰宅すると、何と犬小屋に「イチの家」と書いてあるではないか。2人の娘が話し合って「お父さんと同じ名前に決めた」という。娘たちが本当は私のことを気にしてくれている。心底うれしかったが顔には出さなかった。「イチ」が1人と1匹で、イチと呼ばれるとこちらもビクッとした。

帰省をすると、愛犬「イチ」を中心に会話が弾む。たまに会うのでお互いに新鮮。手紙が届き、電話もかかって来る。赴任先の私の部屋に泊まりに来るようにもなった。いつしかわだかまりは解けた。単身赴任は「イチ」を介して私と娘たちとの心をつないでくれた。
   (2009.03.30 朝日新聞「声;特集『単身赴任』」掲載)

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2009年3月25日 (水)

「単身赴任」

    岩国市  会 員   沖 義照

 
41歳の時、東京で1年間初めての単身赴任をした。2人の息子が小5と幼稚園年長の時であった。

 住まいは会社の寮で、食事も洗濯も全部やってもらえたので、生活する上での不便は何ひとつなかった。しかし、それまでずっと家族そろって生活していたものが、突然ひとりだけの生活になると、寮に戻って寝るまでの時間が長くむなしすぎた。

 
家族が一緒に過ごしている時には子供のことなどあまり気にならなかったのに、単身赴任となってみると家のことが無性に気になった。気になるというよりは寂しかっただけなのかもしれない。

 当時は、携帯電話もパソコンでのメールもない。せっせと手紙を書いた。帰る予定を知らせたり、東京の写真を送ったりした。

 単身赴任前は妻とは小さないさかいをしたり、子供には叱ることが多かったように思うが、離れて生活して見ると、そんな日常のすべてが無性にいとおしく思えた。返ってくる手紙が待遠しい。

 家族が一緒にいる良さを改めて感じたような気がした。それを教えてくれた単身赴任、一度はやってみる価値はある。
  (2009.03.25 朝日新聞「声;特集「単身赴任」掲載)

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2009年3月21日 (土)

「先行消費」

  岩国市  会 員   沖 義照

 
「ねぇ、今月は予算を大幅にオーバーしたわよ」。パソコンの家計簿を見ながら妻が言う。年度予算を立てて管理している妻は、このところの予算外の出費でピンチの家計を心配している。

 そういえば「定額給付金が入るから」とか「確定申告の還付があるから」などと言って小旅行に出かけたしカーナビやETCの取り付けもした。

 今月は収入よりも支出の方がはるかに多いのは自覚している。「来月少し締めればいいよ」とは言ってみたが、ついこの間もこんな話をしたばかり。景気回復に貢献していると思えばこれでも「まっ、いいか」。
  (2009.03.21 毎日新聞「はがき随筆」)

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2009年3月17日 (火)

「はまってます」

 岩国市  会 員   檜原 冨美江 

 
我が家は今、ちょっとした栽培ブーム。私だけだけど。ネギの白根はとっておき、かわいらしいプラスチック容器に植え、毎朝のみそ汁の彩りに。

 大根の青首を残し、葉っぱと共に水栽培。室温がいいのか茎はぐんぐん伸び花が咲いた。緑の少ない今の時期、花まで楽しめるとは。種までは望まないので、適当な時に収穫し、ひとつまみの塩をふり漬物にと思う。

 フキノトウは窓辺でにょきにょき顔を出し、香味野菜として、しっかりと自分を主張している。趣味と実益を兼ねた栽培、見ている家族はつぶやく。「このままでは部屋全体が野菜畑になるよ」 
  (2009.03.17 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

       

 

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2009年3月12日 (木)

「誕生日」

    岩国市  会 員   安西 詩代

 
「おばあちゃん、お誕生日おめでとう! きのう忘れとった」と広島の孫娘は申し訳なさそう。

 
「ありがとう。おかけで、おばあちゃん1日年取るのが遅くなって良かったよ」と言うと「えー、そうなん?」。なんと可愛い誕生祝いだろう。1日遅れでも、覚えてくれる人がいる幸せ。

 「お母さん元気でいてくださいね」と嫁。私が倒れると、末っ子の子守が頼めない。95歳の祖母はどうするの?私の夫の面倒は?などの三重苦を考えると実感がある。 

 まだまだ私も役に立つ。誕生日は、これから1年頑張るようにと元気づける日なのだ。
  (2009.03.12 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

     

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2009年3月 5日 (木)

「一 瞬」

    岩国市 会 員   貝 良枝

 
コンビニにコピーをしに入ると、両手で段ボール箱を抱えた女性が「じゃあ」と店員と言葉を交わし帰るところだった。

 今私が閉めたドアを出て行こうとしている。
一瞬迷った。が、回り込んでドアを開けた。「ありがとうございます」と女性はドアに触れることなく出て行った。

私は「いえ」と答えただけ。笑顔まではできなかったのは「私が開けなくても……」と一瞬迷ったことへのわだかまりから。こんな時、体が自然に動く人がうらやましい。

 コピーを済ませて出たら、曇り空は晴れに変わっていた。
  (2009.03.05 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年3月 4日 (水)

「卒業の娘成長を実感」

    岩国市  会 員   貝 良枝

 娘の高校で卒業式があった。式の後、生徒の発案で、面と向かっては言いにくい感謝の気持ちをつづったビデオレターが保護者に紹介された。

 生徒一人一人の顔が大きくスクリーンに映し出された。「お父さん、お母さん、ありがとう。心配かけてごめんね。もう少し学費とかで心配かけるけどごめんね」という内容が多かった。

 そんな中、娘は父さんも母さんもなく、「ウチは一人暮らし頑張るから。国家試験に絶対受かるから」と将来の夢を語っていた。

 帰りの車の中、「ビデオレターに父さんも母さんも出てこなかったねえ」と娘に言った。すると「結婚するんじゃあるまいし、礼を言うのは早い」。そして「父さんとか母さんとか言いたくなかったんよ。○○の家は離婚して、お父さんがいないし、○○は母さんが死んでいないから、そばで父さんとか母さんとか言ったら悪いじゃん」と言う。胸が熱くなった。

 しかることも多かったが、こんなにも思いやる気持ちが持てる子に育っていたとは…。「ありがとう。この学校でよかった、この先生でよかった、この同級生でよかった」と心から思った。
  
2009.03.04 中国新聞「広場」掲載)

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「先行投資」

    岩国市  会員  吉岡 賢一

 この春、小学生になる孫のカー君。あれほど夢中だった新幹線の模型集めから一転、「東京タワーが見たい」と言い始めた。 テレビで東京タワーを見て興味を持ったらしい。

 火力発電所の煙突を見れば「東京タワーとどっちが高い?」と聞く。小高い山から海が見えると「東京タワーから海が見える?」と、目に入るもの全てが東京タワーとの比較になる。来る日も来る日も暗示を掛けられ、粘られた。

 ついに押し切られ、2月始め、本物を見せることに。孫、妻と一緒にお上りさん。3泊4日の東京見物と相成った。

 JR浜松町駅に降りたとたん、青空を突き刺すような赤と白の鋭い鉄塔が目を射る。指をさすカー君。興奮のためか言葉が出ない。しばらくして「東京タワー、ゲット!」。いきなりタワーを目がけて走り出す。

 お昼時のごった返すビジネス街では、我が物顔でスキップする。つないだ手を振りほどく。歓喜の表情で見上げる東京タワー。一目散に展望台へ。富士山や国会議事堂を探す。見つけるたびに大歓声。夢にまで見た本物の東京タワー。6歳児の胸に、脳裏に、どのようなインパクトを与えられたのだろう。

 今、ジジ、ババに出来る孫への学費の先行投資。さて、その効果やいかに―。 
    

      (2009.03.04  朝日新聞「声・特集『学費』」掲載)

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