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2009年7月

2009年7月30日 (木)

「清涼の一服」

    岩国市  会 員   貝 良枝

 
汗がじわじわと出てきたが、真剣に一切れのスイカと向き合う。「描いてくれーと言っているところがあるから、よく見て」と絵手紙の先生が言われた。「へたでいい。へたがいい」とも。

 蒸し暑いなか、筆の端っこを持って集中して描くから汗が流れる。が、筆を止めると描けなくなってしまうので、汗などふいていられない。

 一気に描きあげる。「う~ん」。赤と緑と黒い種。スイカには見えるだろう。言葉を添え、切手を張って出してみよう。  

「お元気ですか。暑中お見舞い申しあげます」。友人の清涼の一服になるだろうか。

   (2009.07.30 毎日新聞「はがき随筆;特集『汗』」掲載)

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「人一倍の汗かき」

    岩国市  会 員   山本 一

 入社間もないころの現場実習の時だった。上司たちの目が、一人だけ汗でずぶぬれになった私の作業服に注がれる。「よく働く男だ」と、そんな目で見られていたらしい。 

 東京勤務では、真夏でもスーツにネクタイで、職場に着くとぬれネズミになっていた。急いで着ているものを脱いで、机の周りに広げる。出勤者が増えるころには不思議と乾いた。

 この作業のために、私は人一倍早く出勤した。この時も「いつも早く出勤してまじめな男だ」と周囲の人は思ったらしい。 会社時代の汗にまつわる面はゆい思い出である。
  (
2009.07.30 毎日新聞「はがき随筆;特集『汗』」掲載)

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2009年7月25日 (土)

「たった一人で」

  岩国市  会 員   沖 義照

 
仲間と高齢者のひとり住まいの見守りをして歩いた。数日後、消防車と救急車が家の横をサイレンを鳴らして走りぬけた。後を追うと、先日訪問したばかりの婦人の家の前で止まっている。

 約束の日、デイサービスが迎えに行ったが出てこない。異変を感じ、ガラス窓を割って入ってみると、すでに亡くなっていたという。誰に看取られることもなく旅立っていた。遠くの身内に電話をしても呼び出し音が鳴るばかり。

 ボランティアを始めて4年、2人目の孤独死に遭う。防ぎきれない地域の非力。物量豊かな社会の陰で、老人がまた一人で消え去っていった。
  (2009.07.25 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年7月24日 (金)

「おなか満たして」

    岩国市  会 員   山下 治子

 
息子夫婦がやって来るなり、証人印を押してくれと離婚届を卓上に広げた。
 
「もう我慢できん!」
 
「だから謝ってるじゃろ!」 

 いつもは嫁の方がギャンギャン吠えまくり離婚をちらつかせるのだが、今日は逆。草食系の息子がこれほど声を荒らげるのも珍しい。幼稚なケンカごっこはそろそろ卒業してくれ……と私は知らぬふり。 

私らの若いころも派手なケンカをよくした。今や庭を2人で眺めながらそれを懐かしむ年齢となり、若い夫婦おのおのの言い分もよく分かる。さてどうしたものか-。


 とっさに私は離婚届をビリビリに裂いてセロハンテープを置き、「この紙くず元通りにしてみな。修復したら押印してやるよ」と台所へ立った。もうそろそろ夕餉時。まな板の音をわざと高めながら「あなたたち、おなかすいてないの? 私は腹ぺこよ。おなかを満たしてお風呂にでも入って、その紙が完成したらゆっくり話し合おうや。ついでに犬の散歩させてくれるとありかたいな」と声をかける。

 2人は無言で立ち上がると孫を連れて外に出ていった。しばらくして孫が「おなかしゅいたあ」と、犬と一緒に戻ってきた。卓上には見た目豪華な簡単料理が並び、孫は五本箸でムシャラムシャラ。 

その夜遅く、彼らは寝入った孫を抱いて帰っていった。闇に小さくなっていくテールランプを見送りながら、どうか幸せにと、祈るばかり。
 
 (2009.07.24 毎日新聞「女の気持ち」掲載)

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2009年7月17日 (金)

「KJ法体験懐かしむ」

    岩国市  会 員   片山 清勝

 
文化人類学者で、情報処理法のKJ法創始者である川喜田二郎氏が先日、亡くなった。

 仕事で問題が発生すると、思い付く事実をカードに書き出す。その事実を関連する小さなグループにし、集約しで中グループ、そして数個の大グループにとまとめる。 

大グループから解決ヘの課題やヒントを見つけ出し、話し合いながら具体的な解決策を決めて実行に移す。時間を要するが、納得した答えなので実行は旱かった-など何度か経験し懐かしく思い出した。

KJ法は、グループが話し合う中で知らなかった知識を教えられたり、書き出た事実の周辺に思いもしなかった新しい発見もあったりした。問題解決のヒントを得るいうほかに、仲間意識や協調性をはぐくむ要素もあった。 

今はパソコンで考え、その画面を見ながら問題解決を進める時代だが、企業や現場で活用された実績を思えば、問題解決の基本的な考え方として今の時代にも十分通用する。 

KJ法で「目からうろこが落ちる」ことを体験した一人として、先生の冥福をお祈りします。

         (2009.07.17 中国新聞「広場」掲載)

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2009年7月14日 (火)

「弾いて」

    岩国市  会 員   樽本 久美

 
先日、知り合いに「アコーディオンを教えてくれる人がいないか」と聞かれ「私の父が弾けますよ」と即座に答えた。

 
昔は子供会のキャンプでいつも弾いていた。自慢の父であった。結婚前は「瀬戸の花嫁」などを、私のピアノと2人で弾いた。

3年前大病をして、今ではほとんど弾かなくなった。78歳の父。私が「71歳の一人暮らしのおじいさんに教えてあげたら」と言っても「教えられない」の一点張り。

 
言いだしたら聞かない父。孫の一言で禁煙はできたのに。まだまだ弾けるのに……。
  (2009.07.14 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年7月 9日 (木)

「プラットホームで」

    岩国市  会 員   中村 美奈恵

 
高3の朝、電車を待っていると、男子が近づいてきた。目の前で立ち止まり、急に封筒を差しだした。彼の手が震えているのに気付き、戸惑いながら受け取った。

 学校に着いてから、トイレで手紙を読んだ。彼は同学年で、陸上部のキャプテンをしているという。時折、電車で出会っていたらしい。夕方、駅の待合室で待っていると書いてあった。

 改札を出ると、緊張した。突然の手紙に、どうしていいか分からない。私は彼が待っているはずの待合室を素通りした。

「あの時は、ごめんなさい」
息子が高校生になった今になって、心が痛む。
  
(2009.07.09 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

    

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「まもなく初級修了エンターキー」

    岩国市  会 員   片山清勝

 
その日はパソコンで自由に絵を描く日。「あっ、消えた」という声。見ると画面は真っ白だ。 

 「間違えて削除キーを押しちゃった。元に戻すボタンをクリックしてっと」

 独り言を言いながら一発復元。修正が一人でできたのがよほどうれしかったのか、胸元で小さく拍手。笑顔が生き生きしていた。

 買ったまま眠っているパソコンを使いたい。そんな希望で始まった高齢婦人グループのパソコン教室を手伝っている。  

「元に戻せる賢いパソコンがうらやましい」

 「口に変換キーが付いとったら、おしゃべりが楽しかろうね」。休憩時間は持参のコーヒーを飲みながら、パソコン用語が飛び交う。

パソコンで作った年賀状や暑中見舞いも届くようになった。どうなることかと心配したが、まもなく「初級修了」のエンターキーを力強く押せそうだ。

 (2009.07.09 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

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2009年7月 3日 (金)

「まゆこ」

   岩国市  会 員   稲本 康代

「真悠子ちゃん」。母の日にコウノトリが連れて来てくれたわが家の6番目の孫である。生まれた瞬間、感激ので対面した両親が、まるでカイコのまゆのようだと思ったそうだ。そして「まゆこ」と名前が付いた。 

一昼夜の陣痛の苦しみは地獄であったが、解放されてわが子の顔を見て母親になった娘は号泣したという。

なかなか子宝に恵まれず、半ばあきらめかけていた時に授かった赤ちゃん。その娘の心情を思うと無事出産を知らせる電話口で私も泣いた。

久しぶりの赤子の世話はてんやわんや、どぎまぎの連続である。でも寝顔をあかず眺めたり、ほんわか笑えばうれしがり、泣けばまたかわいいと、一日があっという間に過ぎて行った。

新米ママは3時間ごとの授乳や世話に振り回され夜はぐったりだ。倒れ込むように横になっている。手助けする私に「3人もよく育てたねえ」と、あらためて感謝してくれた。

1ヵ月近く、わが家で過ごし、母親の胸に抱かれ、「真悠子ちゃん」は広島へ帰って行った。これからは、真悠子ちゃんと新米ママ、パパさんとの3人の生活がスタートする。心からエールを送りたい。 

「新米ママ、頑張れ!」。そして時々、顔を見せに帰ってきてね。
 
  (2009.07.03 中国新聞「こだま」掲載)

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2009年7月 1日 (水)

「長持ちの妻」

    岩国市  会 員   安西 詩代

 
来年は結婚40周年だ。花束でも欲しいなと一瞬思ったが、すぐに結婚数年目の記念日がよみがえった。「お花が欲しい」の言葉で、夫は夕方、花束を抱えて帰宅した。

 「結婚記念日おめでとう
」と声高らかに、白菊と黄菊の花束を渡してくれた。
「私、仏様じゃあないわよ」と不機嫌になった。夫は花屋で長持ちする花を頼んだそうだ。バラの花1本だけでうれしいのに。

 夫の願いが通じたのか、今まで病気することなく私は長持ちしている。あれから一度も花束を期待しなかった。来年の記念日は「お花が欲しい」と言ってみようかしらフフフ……。
   
2009.07.01 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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