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2009年7月24日 (金)

「おなか満たして」

    岩国市  会 員   山下 治子

 
息子夫婦がやって来るなり、証人印を押してくれと離婚届を卓上に広げた。
 
「もう我慢できん!」
 
「だから謝ってるじゃろ!」 

 いつもは嫁の方がギャンギャン吠えまくり離婚をちらつかせるのだが、今日は逆。草食系の息子がこれほど声を荒らげるのも珍しい。幼稚なケンカごっこはそろそろ卒業してくれ……と私は知らぬふり。 

私らの若いころも派手なケンカをよくした。今や庭を2人で眺めながらそれを懐かしむ年齢となり、若い夫婦おのおのの言い分もよく分かる。さてどうしたものか-。


 とっさに私は離婚届をビリビリに裂いてセロハンテープを置き、「この紙くず元通りにしてみな。修復したら押印してやるよ」と台所へ立った。もうそろそろ夕餉時。まな板の音をわざと高めながら「あなたたち、おなかすいてないの? 私は腹ぺこよ。おなかを満たしてお風呂にでも入って、その紙が完成したらゆっくり話し合おうや。ついでに犬の散歩させてくれるとありかたいな」と声をかける。

 2人は無言で立ち上がると孫を連れて外に出ていった。しばらくして孫が「おなかしゅいたあ」と、犬と一緒に戻ってきた。卓上には見た目豪華な簡単料理が並び、孫は五本箸でムシャラムシャラ。 

その夜遅く、彼らは寝入った孫を抱いて帰っていった。闇に小さくなっていくテールランプを見送りながら、どうか幸せにと、祈るばかり。
 
 (2009.07.24 毎日新聞「女の気持ち」掲載)

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