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2009年8月

2009年8月31日 (月)

「仏の苦笑い」

    岩国市  会 員   吉岡 賢一

「早く食べて」と催促の声が聞こえてきそうな。イチジクが、赤く大きな口を開き始めた。一番生り、最も食べごろな旬の味。

熟れたて、もぎたてをほおばる。「こりゃ、うまい!」。また手が伸びる。散々賞味した後で「うまいものは宵の口」「初物は東を向いて笑って食べる」と言っていた母の言葉が、頭をよぎる。はたと気づいた。初物はまず仏壇へ。生き仏はお下がりを頂くのがしきたり、だったことを。 

順番をたがえたが、あれは毒味だったとの言い訳を込めて、最も形のいいおいしそうなのを東向きの仏壇に供え、手を合わす。母は苦笑いしてるかな。
   
2009.08.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年8月23日 (日)

「受け継ぐ命を」

    岩国市  会 員   横山 恵子

「吾亦紅」を聞いた母が突然「母さんという響きはいいねえ」と。年と共に亡き祖父母へ思いが募るのか。祖母はリウマチで晩年寝たきりとなり48歳で永眠。「人の家に人が来ないようでは……」「これからは女も勉強が必要」が□癖だったという。

 早く親を亡くした母のいとこ2人も、我が子同様に育てながら一広い田畑を耕した。近所の人が入れ替わり手伝いに来て、にぎやかだった夕食時、出兵する若者に「生きて帰るんよ」と手を握りしめながら言った。

 時代に翻弄されながらも精いっぱい生きた祖母。私にも流れている命とぬくもりを大事にしたい。
   
2009.08.23 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年8月22日 (土)

「トウモロコシ」

    岩国市  会 員   片山 清勝

 「もぎ取りイベントの帰りです」と収穫したばかりのスイートコーンを頂いた。買ってまでは口にしない農産物で今年は初物。柔らかな緑の皮がみずみずしい。 子供のころ、祖父母が畑の隅でおやつ用に育てていた。終戦後の物のない時代、1本を数に切って弟妹たちと食べた。いいおやつだった。

 雄花は茎の先端にススキ状に、雌花は茎の中ほどにたくさんつく。花粉は風媒され受粉すると可食部が大きくなっていく。あの白ひげの数だけ黄金色の実がついていると受け売りの知識を思い出した。初物だからと写真に撮ったら、最近始めた絵手紙にもしたくなった。 

 トウモロコシは黄金色の粒が行儀良く幾筋か整列している。そう思っていたが、それは間違いと気づいた。よく見るとひと粒ひと粒は形も大さも異なり、個性ならぬ粒性がある。それがうねりながらすきなく絶妙に並び、列を作っている。人の□に入ればひとたまりもなくかみ砕かれてしまうそれぞれの粒が協働してあの甘いおいしさを醸し出しているのだろう。  

 のそれをおやつにしたころのを思い出しながらひと粒ごと丁寧に描いた。この年になっても少し見方を変えると不思議な発見や出合いのあることに改めて気づく。 

 「まあおいしそう」と出来上がった絵を見た妻。初物をもらった人に送ろうと、気持ちよく落款を押した
   
2009.08.22 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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2009年8月20日 (木)

「妻の消費期限」

   岩国市  会 員   山本 一

 
ある朝「もっと早く出せよ」「これ、もう食べられないよ」と私は妻を怒鳴る。妻はたちまち不機嫌になり「まだ大丈夫よ」と食べてみせる。一昨日の夕食用に作ったポテト・サラダで、既に36時間を経過している。

 
こういう諍いは、これまでも度々である。妻は食あたりらしきことの経験がない、細菌に強い胃腸の持ち主。私は全く逆で、いとも簡単に食あたりする。この体質の違いは深刻である。 

 
おおらかな夫でありたいと思うが、身を守る方が先決で悩ましい。これから年を重ねると、さらに妻の食品に対する消費期限が延びそうで心配が募る。
   
 (2009.08.20 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年8月14日 (金)

「点の記憶」

  岩国市  会 員   沖 義照

 
大連港を出た引き揚げ船は佐世保港に着いた。岸壁に立つや否や、頭にDDTの真っ白い粉をかけられた。

 長い行列を作って汽車に乗る。客車は窓の上まで荷物でいっぱい。その上にかがみこんだ。早朝、岩国駅に着いた。黒く底の見えない池を縫うようにして家に向かって歩いた。

 岩国の空襲は終戦の前日、8月14日だったという。あとわずか一日を待たず、五百余名の命が散った。あの池は数千発の爆弾穴だったことを後になって知った。

 5歳児にとっての敗戦は、線にならない点の記憶。不気味なまん丸い水たまりは、今でもはっきりと覚えている。
  
 (2009.08.14 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2009年8月13日 (木)

「墓地清掃地域に感謝」

    岩国市  会 員   横山 恵子

 わが家から車で約15分の、岩国市川下地区に義父は眠っている。夫と時々お墓参りをし、花を手向け近況報告をすると心が安らぐ。義父は32歳で戦後、結核で亡くなった。夫7歳、義妹2歳という幼いわが子との別れは、断腸の思いだっただろう。

 私も子どもを産み、
年を重ねるうちに、義父の無念さに思いをはせることができるようになった。ここまで元気でこられたのは、義父が風になってみんなを見守ってくれたからと思う。昔に比べると、間違うこともあるくらい、随分お墓も増えた。

 先日のお墓参りの時、道路のそばに草などが入ったごみ袋が、山と積まれてあった。地区の人たちにしていただいたのだろう。墓地に入ると、草取りだけでなく、掃除も隅々まで、きれいにしてあった。

 毎年1年で一番暑いこの時季、きれいに掃除してある。お盆を気持ちよく迎えてもらおうという思いが伝わってくるようで、感謝の気持ちでいっぱいになった。

 近所付き合いも希薄になってきている中で地域の人たちのつながりを垣間見たようでうれしくなった。
  (2009.08.13 中国新聞「広場」掲載)

 

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2009年8月10日 (月)

「心から心へ」

    岩国市  会 員   安西 詩代

95歳の方が「夫の夢を一度だけ見たことあるんよ」と遠くを見つめた。昭和19年、フィリピンに出征している夫が枕元に軍服を着て立っていた。彼女は驚きと喜びで幼子を揺り起こし、振り返ると夫はいなかった。しかし正夢だと希望を持っていた。

 
それから2年後、一片の木切れが入った小さな白木の箱が届いた。夢の中で海を越え愛する家族の元に帰った夫。4年間の夫婦生活とたった一度の夢を忘れられない妻。それらが、戦争を知らない私の胸に突き刺さり、あふれる涙となった。 

「戦争はいや」という彼女の言葉を、私は心に刻んで語り継ぐ。
   
 (2009.08.10 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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「帰 省」

      岩国市   会 員     安西 詩代

 結婚をして東京に住んでいた私は、毎年夏休みに帰省するのが楽しみだった。何しろ朝寝、3食、子守、そして帰りはたくさんのお土産つきなので、これ以上の幸せはない。母はいつも私たちが帰省するのを喜んで待っていてくれた。子供を母に預け、懐かしい友人と会ったりして、楽しい帰省はあっという間に終わった。

 何回目かの帰省中、母が「ご主人が不自由だから早く帰ってあげなさい」とか「何日に帰るの」とか聞いていた。いつも2週間くらいなので、そのつもりだったのだが・・・・・・、今になったらその時の母の気持ちがよく分かる。暑いし、母も高齢になり体もきつく、娘一家の世話がきつくなっていたのだ。

 私も孫ができて、「孫は来て嬉し、帰って嬉し」というのが実感で分かる。趣味のサークルで、同年配の人たちと、夏休み前にはいつも「あー!また夏休みね」という話になるが、「自分たちもしてもらったから、文句を行ってはいけんよね」とお互いの慰め合いで、それぞれの帰省の家族を迎えることになる。元気で会えることに感謝しよう。
    (2009.08.10 朝日新聞「声」掲載)

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2009年8月 9日 (日)

「平和の尊さ伝えたい」

   岩国市  会 員   吉岡 賢一

 6日夕方、突然の夕立でサッカー練習が中止になった孫兄弟がやってきた。いきなり「じいちゃん、今日ねー、朝ねー、8時15分にサイレンが鳴ったんだよー」「あれはね、大きな大きな爆弾が落ちてきてね、みんなが熱い熱いといって川に飛び込んだんよ。そしていっぱいの人が死んだという合図なんよ」。小学1年生の弟が目を丸くして必死に説明してくれる。

 
64年前の原爆投下という現実をどう説明しようか。偏りすぎない平衡感覚を保ちながら、将来の世界観をも損なわないような認識をどう植え付けるか。世界の中の日本をどのように意識させるか。いずれも難問である。 

じいちゃんが持つ信念にも似た思いを、今この孫に植え付けるのは酷である。ただ、これからの人間社会に、愚かしい核兵器は必要ない。徹底排除しなければならない。 

その前に、まず「人間同士、戦争を起こしちゃいけん、みんな仲良く話し合いで決めるようにしないとね」。これだけは1年生の柔らかい頭脳に徹底してたたき込んでおきたい。  

さらに時間をかけ、成長に合わせて、耳学問だけに頼らない、平和の尊さを話し合っていかなければならないだろう。今年も平和記念式典は終わった。  
   
2009.08.09 中国新聞「広場」掲載)

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2009年8月 4日 (火)

「ハナミズキとともに」

    岩国市  会 員   金森 靖子

 
わが家の縁側の前で1本のハナミズキが今年も緑の葉を茂らせて涼しい陰を作ってくれている。私が心穏やかに今暮らしていられるのも、このハナミズキがそばに立ってくれているからだと日々思う。 

2年前に夫が亡くなり、1人になった心細さに毎日泣いて過ごしていたある日、庭のハナミズキが真っ白い花を咲かせ、部屋が明るく見えることに気付いた。ああ、こんな季節になったのかと、つくづく私はこの花を見上げた。二十数年前、当時はまだ数少なかったこの花木を植え、夫と大事に育ててきたものだ。 

今年の春も多くの花を咲かせてくれた。そして夏がやって来て、今、たくましくなった枝々には、まるで青年のように青々と葉が茂っている。この木陰で何にも考えずしばし立っていると、「よし頑張ろう」と元気が出てくる。

やがて秋が訪れると、重なり合っていた葉は真っ赤に紅葉してくる。寒さに向かう寂しさもあるが「この風情もいいね」と、夫と肩を並べて静かに話をしていた頃を懐かしく思い出す。

そして冬。木枯らしが吹くころになると、すっかり葉を落として何もなくなった枝々からは燦々と太陽の光が差し、寒々しい部屋を暖かくしてくれる。冬の間、私はこの部屋で本を読むのが好きだ。

近ごろしきりに何かに守られて生きている気がする。ひょっとして夫は、ハナミズキになったのかもしれない。
  
2009.08.04 毎日新聞「女の気持ち」掲載)

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2009年8月 3日 (月)

「公民館の地道な地域活動は重要」

   岩国市  会 員   片山 清勝

 田園の広がるのどかなある集落といえば聞こえはいいが中山間地域。そこの公民館のソコン講座が2年目に入った。この地域に受講者はいるのだろうかと心配したが、公民館担当者の熱意と受講者の熱心な態度があり、初めに抱いた疑問を恥じている。 

講座は月2回、私の所属しているパソコンの会が担当し、私も講師やスタッフで参加。初対面だった受講者とはパソコン以外の会話も楽しみになった。集落の祭りにパソコンを使ったイベントを要請され、我が仲間も祭りを楽しみながら皆さんとの交流を図った。

平成の広域合併は、周辺地域への配慮が希薄になったと指摘される。これまで公民館は、地域活動の中心として学習や行事の推進などに果たした役割は大きい。しかし、合理化のため、こうした方面にも見直しが検討されていると思う。

中山間地域ではITの基盤整備が遅れ、最もニーズの高いインターネット講座が出来ない。こうした地域こそ公民館の地道な活動が地域力の維持に重要な役割を担う。講座を進めながらそう感じる。 

会場は市街地から機材を積んで車で40分。地元素材を使った弁当や受講者との交流を楽しみながら、公民館活動の一助にと講座の準備をする。
  (2009.08.03 朝日新聞「声」掲載)

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「平和な青空に」

    岩国市  会 員   片山 清勝

 父は語った。連日の空襲で敗戦をひしひしと感じるころ、竹やりで敵を突く演習に参加した。「こんなことで勝てるのか」と同僚に話したのを若い将校に聞かれた。すかさず平手打ちされたが、その優しさに驚いた。

「彼も勝てない戦争と思っていたのだろう」。朝鮮戦争が終わった夏休みのこと。近くの米軍基地から爆撃に向かうB29の爆音が消えた空は、青かった。

 今そこは、米軍再編で極東最大の基地になろうとしている。それは基地と共存してきた街の火種となり、賛否が街を二分している。平和な青い空に戦闘機の轟音はもう聞きたくない。
 (2009.08.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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