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2010年5月

2010年5月30日 (日)

「命」

      岩国市  会 員   檜原 冨美枝

夕食の後かたづけを終え、夜光灯に切り替える。流し台の隅からすばしっこい生き物が出没する。あーあ。今年もまた嫌な相手とご対面。早くから防御策を心づもりしてきたつもりだが……。

 でも、やたらと僧んでばかりではいられない。同じ屋根の下に住み、同じ物を食べて暮らす同士ではないか。ゴキブリーも人間か育てたようなもの。 

しかし、仲良くしていくわけにはいかない。人間の生活文化はそれとは違うのだから。お互い神様から与えられた貴い命ではあるが、買い置きのホイホイの力を借りてシュッとひと吹き。ゴメンとそっと手を合わす。
  (2010.05.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2010年5月20日 (木)

「こわもての裏」

岩国市  会 員   沖 義照

作業着を着た茶髪の若者2人と相席でラーメンを食べていた。その時入口のドアが開き、電動車いすに乗った年配の男性が入ろうとしていた。だが、間口が狭くて入れない。

 男性は引き返して行った。見ていた若者と私の目が合った。「入れてあげよう」と言うと、「うん」とうなずく。食べかけのラーメンを置いて飛び出して行った。だが、すぐに戻って来た。「おぶってあげようと言ったが断られた」と言う。

 私の一言で行動を起こしてくれた。スタートダッシュに遅れた私は、さっきとは違うまなざしで茶髪の若者を見ていた。
  (2010.05.20 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2010年5月11日 (火)

「いつか分かるよ」

    岩国市  会 員   中村 美奈恵

「お母さんは僕のことを全然大事にしてくれん」と小5の息子が言った。父親のようにゲームや漫画を買わないからだろう。「大事にするって、物を買ったりすることじゃないよ。あっ君のために食事を作ったり、洗濯をすること」

 一人暮らしをしている上の息子も言っていた。「起きたらご飯ができてるだけで幸せ」って。

でもまあ、三男の子育てには手を抜いているのかなあとちょっぴり反省しつつ、夕食は息子の好きな煮魚にした。「おいしい」。ほらね、こういうところに気持ちを込めているの。気づかないだろうけど。
 (2010.05.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2010年5月 4日 (火)

「春告げ鳥」

     岩国市  会 員   稲本 康代

 朝、庭の草花をながめていると「ホウ、ホウ……」。あれ、ウグイス?「ホウ、ホウッ」。まさしく発声練習中のウグイスの鳴き声だった。耳をそばだてて聞くと、少々じれったいが、可愛いさえずりだ。

 近所のものしり博士いわく「ホウ」は吸う息、「ホケキョ」は吐く息で、このバランスがなかなか難しいのだとか。

 春告げ鳥の異名を持つウグイス。胸をいっぱいにふくらませながら、さえずっているのだろう。さあ、私も弱気を捨てて「頑張ってるね」と子供たちに言われる春にしよう。     
   (2010.05.04 毎日新聞「はがき随筆」掲載)
     

 

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2010年5月 1日 (土)

流れた涙にうれしさ

   岩国市  会員   片山 清勝

 4月22日付の広場欄「つらい時泣いていい」を読みながら、泣けなくてつらかったことを思い出した。

 病身の母と高校生の妹、社会人になって日の浅い弟妹を残し父は50代半ばで急逝した。

 母は「お葬式を頼む」と長男の私に手を合わせた。長男とはいえ20代半ば、しかも家族という重い荷を突然背負った。これから先をどうするか考えながら葬儀などもろもろを懸命にこなした。

 「親が死んでも涙を流さん」といううわさを、ようやく家族が落ち着きかけたころに知った。うわさは世間がくれた試練、そう考え誠実に生活することを心掛けた。

 四十九日の法要を済ませた夜「安心してくれ。やっていける」と、生活への自信を確かめるように床の中で父に伝えた。不意にほおを熱いものが。「自分にも涙がある」、そう思うとうれしくてぬぐうことができなかった。

 結婚し、子どもが生まれ、母を見送り、孫が生まれた。毎日、仏壇の前で普通の生活に感謝する平凡な日々。いつも穏やかに見える両親の遺影。父が生きていれば100歳になっている。

    (2010.05.01 中国新聞「広場」掲載)

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