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2011年2月

2011年2月27日 (日)

教わった新聞の魅力

    岩国市   会 員    片山清勝

 15日付の広場欄「児童と新聞学習 宝に」を読み、快活な児童と爽やかな教室の様子が伝わる。そんなことに私の小学3年の朝が重なった。

 担任は、その春採用の女教師。1949年、戦争の混乱は完全には収まっていなかった。そんなころに「新聞を読んで感じたこと」「どんな記事が載っていたか」先生は毎朝発表させた。

 今では普通になりつつある新聞と教育。当時はまだ先進的な取り組みだったと思う。これが私の新聞を読み始めるきっかけだった。

 中国新聞のNIE実践校のリポートを読むと、児童らの活気に満ちた様子が伝わり、将来への明るい展望につながる。

 広場欄のヤングスボットでも、若い目線での社会観や自己啓発の動機などにうなずくことも多い。家庭や学校で投稿を勧めてほしい。

 私は、孫への月間新聞を作り続けて9年目になる。作りながら孫の目線で考えてみると、自分のエゴが見え反省することも多い。

 新聞を読むことを教えてくれた先生の三回忌が過ぎた。緒につき始めた新聞と教育を、どんな気持ちで眺めておられるだろうか。

 (2011年02月27日 中国新聞「広場」掲載)

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2011年2月22日 (火)

「白菜に虫 おいしさと安全証明」

        岩国市  会 員   片山 清勝

この冬、特に1月は例年になく寒さが厳しかった。寒い日は鍋料理がおいしい。でも「野菜が高くて例年のように鍋を囲めない」と話す主婦をテレビで見た翌日、知人から無農薬の白菜をもらった。

 根には黒い泥がついていた。手に取るとどっしりと重い。みずみずしい甘い香りもする。しかし、よく見ると、破り取られた葉や無数の黒い粒が目に付いた。葉をちぎると、何匹か虫が現れた。畑から新鮮なまま、我が家に持ってこられたことが分かる。虫には悪いが、つまみ出した。おいしくて安全だから虫が付く。この白菜は安心して食べられる。虫たちが証明してくれた。

新鮮な野菜を手にすると、以前家庭菜園を耕していた苦労を思い出し、ありがたさが増す。ぜいたくな野菜たっぷりの鍋を食べることができて本当によかった。

 (2011.02.22 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

      

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2011年2月20日 (日)

「3番目のイチ」

      岩国市  会 員   山本 一

私のニックネームは「イチ」である。以前、飼っていたシェパードも娘が「イチ」と名付けた。愛犬が呼ばれるたびにこちらも「ビクッ」。私が愛犬を呼ぶ時も、何とも具合が悪い。

先日、娘に男児が生まれた。名前がなんと「いっと(一途)」だという。またまた「イチ」の登場である。家族はどんな呼び方をするのだろう。やはり通称は「イチ」になりそうな予感がする。名付け親は娘らしい。今度は私ではなく犬の「イチ」にあやかったのだろう。「イチ」が「イチ」を抱いて田布施にある「イチ」の墓に参る日も遠からず、実現しそうだ。

 (2011.02.20 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年2月18日 (金)

「いとしき日々」

岩国市  会 員   横山 恵子

鬼、いや、節分の時期になると思い出す。次男が2年生ぐらいだったか。ひどくしかったら私の頭を指し「あっ、お母さんの頭から角が……」と大声で叫んだ。思わず頭に手をやったら続けて「生えてくるかと思った」ときた。

私は怒ることも忘れて大笑い。きっと鬼の形相をしてたのだろう。0、1、2歳のだんご3兄弟を髪振り乱して束にして育てた。ダイエットしなくても体重40㌔。寝顔を見て、日々反省。今で言うイクメンの夫に助けられた。今はあのころが懐かしい。過ぎ去って感じる幸せもあるんだなあ。
  (2011.02.18 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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「デジタル放送に利点」

岩国市
  会 員   山本 一

私は軽度の難聴である。日常会話は、ほとんど支障がない。困るのはテレビを見る時である。ニュースやコマーシャルは比較的明瞭な声で何とか聞き取れるが、テレビ・ドラマの会話はなかなか聞き取れない。そんな悩みをデジタル放送が解決してくれた。

ある時、テレビのリモコンを見ていて「字幕」というボタンを何気なく押した。何とドラマの会話が、そのまま口の動きに合わせ、文字になって画面へ示されるではないか。

これまでは「テレビの音が大きいわよ」と、妻に言われていた。今は、より小さい音量でも十分である。デジタル放送は、高価な機器への買い替えが必要なことを除けば、いいことばかりである。

画面は鮮明だし、字幕は出るし、番組表や天気予報などデータ放送を見ることのできる優れものだ。目下、20インチの比較的安価なもので、寝室と食事室の2箇所をデジタル化している。残る3箇所にあるアナログテレビの更新までは手が廻らない。

難聴の方にはデジタル・テレビがぜひお勧めである。

2011.02.16 中国新聞「広場」掲載)

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2011年2月 4日 (金)

「思わぬ幕切れ」

  岩国市  会 員   山本 一 

「うまい!」。一口食べて思わず声が出た。初めてつくね芋を口にした時のことだ。通常の山芋(長芋)に比べて粘りと味の深みがまるで違う。外見もソフトボール大で丸くいびつな形である。

昨年春、やっと種芋が手に入り、庭の一角、1坪くらいの場所に植えた。7月ごろ、幅、高さ共に約2メートルの見事な垣になった。暖かい時期は庭で度々妻と食事をする。この垣は格好の目隠しになってくれた。

12月初旬に掘る。直径15cm前後のずんぐりむっくりした大物が11個収穫出来た。小芋は来年の種芋用とする。早速1個をすりおろして試食。「おいしいわよ!」と、今度は妻の声が出る。お隣に1個、娘二人に2個ずつ配り、残り5個を保存した。

明けて120日過ぎ、保存用に包んでいた新聞紙を手に持つといやに軽い。「もしや?」と思い、開けてびっくり仰天。芋が全部ぐにゃぐにゃになり、白いカビが生えていた。結局私の口に入ったのは、最初に試食したわずか1個だけだった。

植付けから収穫まで全て完璧だったのに、思わぬ幕切れである。最後の詰めの甘さを痛感した。今年の再挑戦が楽しみだ。

2011.02.4 朝日新聞「声」掲載)

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2011年2月 3日 (木)

「こんにゃくを手作り」

      岩国市  会 員   横山 恵子

 田舎に住む叔母夫婦が、毎年コンニャクイモを届けてくれる。母はその芋で刺し身こんにゃくを作り、知人に珍しがられ、喜ばれている。

 私も挑戦してみようとインターネットで調べてみた。色々な作り方はあるが、手下ろしで作るとひと味違うと書かれていた。水の中で芋を下ろし金ですり、火にかけ15分くらい弱火で練り込む。書いてある通りに作ったつもりだが、混ぜ方が足りなかったのか、いま一つの出来だった。

 母は「初めてにしては上出来よ。最初から上手には出来んよ」と慰めてくれた。何度か作ってみて、何とか納得のいく物が出来た。

 父によると、祖父はコンニャクイモを薄く切って竹ざおに干し、水車で粉にしていたという。母は「おじいちゃんは、孫がこんにゃくを作ったと聞いたら喜ぶじゃろうね」と言う。

 こんにゃく作りから、亡くなった祖父母の話で盛り上がった。2人の優しい眼差し。時を超えて、その思い出とぬくもりは私の心に生き続けている。

  (2011.02.03 朝日新聞「声」掲載)

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「どうしよう」

        岩国市  会 員   井上麿人


 ジョギング中の事故を「ゲリラ」と「ドボン」に分けている。転倒、おう吐、けいれんなどがゲリラ。脳こうそく、交通事故、心臓まひなど助けを必要とするものをドボンとした。

 その日、雪の舞う極寒の朝、ゲリラに襲われた。5㌔ほど走った所で股間に焼き付くような痛み。変色している。「しもやけか?」ではしゃれにもならない。暖めたいが、息は届かずカイロもない。手も氷のように冷たい。

凍傷なら皮膚科だろうか、それとも泌尿器科に行くべきか。どうしよう。天を仰いだその時、雪が顔に当たった。痛っ。

  (2011.02.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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