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2011年5月

2011年5月31日 (火)

「AとB」

   岩国市  会 員   井上 麿人

同じ性能の一対の機械を多数配置する時は、番号の後にA、Bの符号をつけ区別した。また、並べる順序は「東西南北」、「上下左右」の四文字熟語にならい、東がAなら西をBに、左をA、右はBとしていた。単純さが現場でも好評だった。

私の血液型はA、妻はB。これまで妻とは上がいいとか、下がだめとか、前だ後ろだで争ったことはない。性能ではなく、癖を表す符号だと思っている。妻は宵っ張り、私は夜はめっぽう弱い。

最近、眠くなると「もう我慢できん」と言って寝る。妻は「もう我慢できん」と言って朝起きる。

  (2011.05.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年5月28日 (土)

「息子夫婦の心遣いで家族旅行」

               岩国市  会員  横山恵子
 先月の連休に長男夫婦が車で下関の奥座敷・川棚温泉へ連れて行ってくれた。脳梗塞の後遺症で手足が不自由な夫と、1歳2カ月の孫を連れての5人の旅だ。
 朝10時過ぎに出発。下関市に着き、8年間住んでいた住宅周辺を見に行った。
長男が通っていた幼稚園は当時のままで、懐かしく写真を撮った。
 そして夫が小学校教論のとき、教えたNさんの家へ。結婚式に招かれて20年話に花が咲いた。 
 夕方、川棚温泉に到着。部屋に外の景色が見える風呂があり、夫にとってはありがたかった。私は露天風呂へ。徳島から来られて方から「被災者のことを思うと気が進まなかったが、自粛ばかりでも貢献ができんないと思い、1週間前に申し込んだ」と言われ、思いは同じと思った。葉っぱが浮かび、外気を吸いながらの入浴は心も体もリフレッシュできた。
 夕食、数日前、70歳を迎えた夫を祝ってビールで乾杯。
ノンアルコールビールの夫も満足そうだった。
 翌日は有名な唐戸市場へ。「あーたん」などと発する孫との触れ合いは心安らぐ時間だった。夫を連れて行ってくれた二人の心遣いに感謝したい。


    (2011,5,28 朝日新聞「声」欄掲載)

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2011年5月26日 (木)

「ええ格好よさらば」

    岩国市  会 員   山本 一

「珍しい人よ、電話を替わるね」。行きつけのスタンドのママさんからだ。暗に「出てこい」というサイン。現役時代の仲間たちとのあうんの呼吸である。


 今回は30代のころに一緒に仕事をした8歳年下のNさんからだ。話をしていたら、途端に飛んで行きたくなった。が、ぐっと我慢する。「行けないけど、僕のボトルを飲んで」と□まで出かかったが、これも思いとどまる。退職後、7年がたち、年金生活にやっと順応してきた。でも、心の中を一抹の寂しさがよぎる。まだ駄目だ。往生際の悪い我が身に言い聞かせる。「ええ格好よさらば」
 (2011.05.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年5月19日 (木)

「無縁社会」から「絆社会」へ

  岩国市  会員  吉岡 賢一

 東日本大震災から2ヶ月が過ぎた。被災者がこの間どんな思いで過ごされたのか、考えるだけで言葉を失い、胸が痛くなる。
 
一方、今も厳しい避難生活を余儀なくされている方々の周辺で、集団生活の在り方のお手本が示されていることに、勇気を頂く思いがする。
 お互いに肩を寄せ合い、助けあい、喜びも悲しみも食糧も労働も、すべてを分かち合い、笑顔を作り出す努力をされている姿がある。そこには必ず、世話役や自治会長のような頼もしいリーダーがおられる。
 このような切迫した状況の中で「隣人を思い遣る」気持ちを前面に出し、他人同士を絆で結び、まとめ上げ、大きな家族を作り上げる努力に対し、心からのエールを贈りたいと思う。
 
 向こう三軒両隣、お互い助け合った良き時代の町内会を思い出す。
「震災後の生活の見直し」を掲げる中に、隣近所の付き合いの大切さ、自治会や福祉協議会など地域社会に、積極的に溶け込んでいく意識改革も盛り込みたい。
 人間一人では生きていけない。
「無縁社会」などとは無縁な、お互いが寄り添う「絆社会」を今一度築き上げていけたらいいなと思う。

    ( 2011.5.19 朝日新聞 「声」 掲載 )

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2011年5月15日 (日)

史跡巡り人の絆知る

    岩国市   会 員   片山 清勝 

 岩国検定実行委員会の課外学習で、仲間と市内北西部の史跡など数カ所を巡った。

 見学予定の一つに中山間地にある民族資料館があった。そこに大きな期待はなかった。足を踏み入れてすぐ先入観を恥じた。

 その地に根付いていた生活や文化の品々、それらが生き生きと語りかけてくれるようで、仲間との会話を弾ませた。

 展示の中に、近くで発見されたアンモナイトの化石があった。この中山間地が大昔は海底だったということになる。

 文献などで、海底が隆起し山となったことは知っている。今、そうした一つの場所に立っている。驚きだ。目には見えない大きな歴史の流れに出合ったようだ。

 海底の隆起といえば東日本大地震へつながる。それは、大自然の猛威の前に人の力の微々たるものを教えた。

 しかし、いま被災された人々は、それを乗り越えようと行動をはじめた。それを世界中の人が支えようと行動している。

 史蹟めぐりはロマンだけではない、人と人の強い絆も教えてくれる。次からはもうひとつ視点を変えて参加したい。

  (2011.05.15 中国新聞「広場」掲載)

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2011年5月12日 (木)

好きなればこそ「岩国検定」始動

   岩国市  会 員   樽本 久美

昨年「岩国検定」を有志12人で立ち上げた。代表の沖さんはわが「岩国エッセイサロン」(新聞などに思い思いのエッセーを書く会)の代表でもある。その沖さんの呼びかけでメンバーが集まった。10人はサロンのメンバーだが、あと2人は歴史に詳しい人に加わってもらった。

チームワークは最高であった。代表が誰よりも動くので、皆自分のできることを手弁当で頑張った。資料集めから問題作成、ポスター貼りや受検お願いなど。私は仕事があるので、みんなが頑張っているのを横目でみながら、私のできることは頑張った。会場案内の文字を毛筆で書いたり、当日はカイロをはって会場案内など。

新聞社や地元のケーブルテレビ等も利用し、多くの人に岩国検定を知ってもらい、受検してもらった。ケーブルテレビの取材に顔がひきつり、なかなかいいコメントが言えなかったのもいい経験となった。信頼できる仲間がいたので成し遂げることができたのである。

今年は2年目。今まで以上に団結力が必要になってくる。皆忙しい時間をやりくりしての活動。好きでなくてはできない。大変だが、「みんなで達成した」ということは、言葉では言い尽くせないものであった。みんなの団結力で次の壁を乗り切っていきたい。

2011. 05.12 朝日新聞「声」掲載)

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2011年5月 9日 (月)

「プラスαの温かみ」

      岩国市  会 員   林 治子


 川を渡ってくる風は冷たい。錦川沿いの遊歩道には通ってきた土手の街路灯は届かない。いつもは気がつかない山の上の家々の明かりが点々と。あたりはまだ真っ暗。夜明け前と言っても東の空は白みかけてもいない。頼りは懐中電灯の明かりだけ。

 遠くからぼーっと光が見えてきた。あっ、人だ。声をかける。「おはようございます」。「おはよう。今日は寒いね」。いつもはオウム返しに同じ言葉が返ってくるのに、違った。その瞬間、顔は見えないけれど温かいものが伝わってきた。ちょっと言葉を足すだけでこんな気持ちになる。

 (2011.05.09 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年5月 8日 (日)

母の日には「恩送り」

   岩国市   会 員  山下 治子

 母を亡くして以来、母の日には、親代わりのような姉と、何かと気遣ってくれる義妹など、感謝したい何人かに鉢植えの花を贈っている。

 ことしもそのつもりでいたが、届け先が被災地に近いため、宅配が遅れ気味というので花はやめることにした。

 何か希望の品をと、姉に問い合わせると「この年になると特には…」と欲がない。

 それでも何かをと食い下がる私に、「気持ちは十分にもらったから、義援金としてその分、被災地に送ってよ。これからずっとね」と姉は言った。

 そして、これは「恩送り」といって、受けた恩は、その人だけにではなく、枝葉をつけてたくさんの人たちに送りつないでいくものだとも。

 贈る予定の人たちに、その旨を伝えると喜んで賛同してくれたので、わずかだが日本赤十字社宛てに送金した。

 これからの母の日には、毎回そうすることに決めた。

  (2011年5月8日 中国新聞「広場」掲載)

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2011年5月 7日 (土)

「やっぱり春」

       岩国市  会 員   山下 治子

更新の件と新型が出たとかで、なじみの保険屋さんがやってきた。お久しぶりねとあいさつを交わしながら、アレ、何だか以前と違う感じがした。「きれいになった?」と顔をのぞき込むと「お陰でやっとトンネルを抜けたんですよ」。

彼女は37歳でご主人に先立たれ、以来2人の子供を育てるのに必死だったと、初めて自身のことを語ってくれた。下の子も昨春落ち着き、ほんの少し気持ちに余裕が持てるようになったとも。

「早いですねえ。後5年で定年なんです」。彼女の中にほんのり漂う春めく香り。お疲れ様。これからは自分のために勧誘してね。

   (2011.05.07 毎日新聞「はがき随筆」)

     

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不作と聞く旬なタケノコは重宝

  岩国市   会 員  片山 清勝

 今年は各地でタケノコが記録的に不作だそうだ。岩国市内など有数の産地でも出荷は例年の1~3割にとどまっているという。昨夏から秋にかけての猛暑と小雨が原因とみられる。

 タケノコというと思い出す。三十数年前、小1だった息子が「お父さん、盗られている!」と大声で叫んだ。農道沿いに置いていた掘りたてのタケノコ数本がそっくりない。またやられたか。以前にも畑からダイコンや白菜、ジャガイモなど、盗られた回数は数えきれなかった。ただ量は1食分なのか、少なかったので、誰かが助かるなら、と寛容の精神で許していた。

 タケノコ盗みは今も多いと聞く。早朝4時ごろから車を乗り付けて盗るそうだ。子ども対象のタケノコ堀の行事で、現地に着いたらほとんど盗られていた、と世話人から聞いた。数本ならまだしも、全部盗るとは行きずりではない。

 先日、帰宅すると、重宝な旬のタケノコが玄関へ置かれていた。大きいうえに、ゆでる時使う米ぬかも添えてある。これで届けてくれた人が分かる。記念写真のあと妻に渡した。さて、どう変わるのだろうか、楽しみだ。

  (2011年05月07日 朝日新聞「声」掲載)

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