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2011年7月

2011年7月30日 (土)

「ぬれぎぬ」

   岩国市  会 員   貝 良枝

洗濯機の中からシャツを引っ張り出すと小さな棒きれが床に転げ落ちた。「またか」。夫はよく楊枝を胸ポケットに入れる。「ポケットぐらい確かめてよね」と独り言を言いながら次を取り出す。また出てきた。

 「あれ?」。洗濯槽をのぞくと小さな棒が散らばっている。「しまった。犯人は私だ」。楊枝と思ったのはマッチ棒の軸だった。

 きのうの夕方、蚊取り線香をつけ、残ったマッチをエプロンのポケットに何気なく入れたんだった。ぬれぎぬを着せられたとも知らず、夫は静かに新聞を読んでいた。

  (2011.07.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年7月26日 (火)

「憂うつだった梅雨」

     岩国市  会 員   山本 一

毎週、両親の介護で島根県吉賀町へ車で通った。東京勤務で岩国への帰省は天候にかかわらず休日である。カーブが連続する山道で梅雨の大雨になると、山側から谷側に向けて水が流れ川のようになる。怖い。でも行かなければ。

 やっと到着すると応答がない。なんと、玄関口で母が倒れているではないか。ある時はストーブの灯油がこぼれ、火災寸前だったこともあった。こんなことが度々、私の訪問を待っていた。

 あれから十数年。母は岩国の介護施設、私は退職し自由な生活になった。不安で憂うつな梅雨も、過去のこととなった。

  2011.07.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年7月20日 (水)

朝顔の生命に癒やし

    岩国市   会 員   片山 清勝

 去年の夏、体調を崩し、朝顔に癒やされた妻が「来年は、この朝顔を植えたい」と採種した。梅雨に入る前、妻がその種をまき、苗を育てた。それの植え替えと水やりを私が引き継いだ。

 その朝顔が咲き始めて1力月近くになる。初めて咲いた朝、去年受けた癒やしへのお礼も含めて「お久しぶり」と声を掛けた。以来、猛暑に耐えながら毎日、花を楽しませてくれる。私は1日2回、丁寧に水やりを続けている。

 昨年、種苗店で買った苗の2代目だが、大きさも色も負けていない。妻は起きると、まず朝顔を見に庭へ出ていく。

 その花は簿く柔らかくて、触るとすぐに裂けそうなほど弱々しい。しかし、あの細いつると朝夕にもらう水だけで暑い夏を生き続ける。そして、それを次代へ伝え残す。そんな秘めた力が、見る者を癒やしてくれるのだろうか。

 朝顔のそばに初めてミニトマトを植えた。朝顔に負けじと実り小さな収穫を楽しませてくれる。

 それを見て私は水やりを楽しむ。たっぶり水を合んだ土を見ると、自分も満たされたような感じになる。 

  (2011.07.20 中国新聞「広場」掲載)

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2011年7月16日 (土)

被災者に気配りした越夏を

   岩国市   会員   片山 清勝

 今年は福島第一原発事故に絡み、夏場の節電やエコが特に求められている。

 市民として取り組めるものはないかと考えるが、年金生活では節電商品を簡単に買い求めるわけにはいかない。先月、電機量販店の広告で、積み立てたポイントでも買える「冷蔵庫カーン」を見つけた。店に立ち寄ると、たくさんの人が品定め中だった。思いは誰も同じか。サイズは我が家のそれに同じ。ポイントで支払った。友人は結婚した娘のためにも買ったという。

 この商品の売り言葉は「扉の開閉時に冷気を逃がさないので、庫内の温度上昇を防いで電気代節約」。夏場、冷蔵庫の扉を開けると、中の冷気が漏れてきて、その気持ちよさもこれまたよく知っている。

 説明書通り取り付けた。扉を開けたとき、庫内の冷気漏れ出しは少し抑えられたかな、そんな感じはする。本当の効果のほどは電気料金が教えてくれるまでは不明。楽しみに待とう。

 先日、梅雨が明けた。さらに最高気温が上がるだろう。節電とエコ。どこまで達成できるのだろうか。東日本大震災の被災者のことを思うと、これまで以上の気配りをした越夏をしようと思う。

   (2011.07.16 朝日新聞「声」掲載)

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「されどトイレ」

     岩国市  会 員   山下 治子

所用で1週間ほど留守をした。帰ってみれば、流しは食器が積まれ、ゴミ箱からは空のほか弁やコンビニ弁当があふれている。外出の時には必ず片づけて出るのに、帰ったらいつもこれ。息子たちの無礼にはほとほとあきれる。そしてトイレだ。まあー、汚い。若造たちのおしっこは元気だ。右に左に飛び散っている。腹立ち紛れに便器をふいていて、ふとひらめいた。 

「この汚さは何! トイレの掃除をするその右手で、母は君たちの飯を作るのだ」と書いた紙を便器のふたに張り付けてみた。帰宅した息子、風呂より先にトイレの掃除を始めた。

2011.07.16 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年7月14日 (木)

4年間の空白の真意知りたい

   岩国市 会 員   山本 一

22歳の頃、2歳年下の女性に恋をした。もっぱら手紙のやりとりで、今では考えられえないような「プラットニック・ラブ」である。

そんなある日、彼女が突然大阪に転居した。離れるとますます恋心が募り、ついに「結婚したい」と手紙を書いた。やがて来た彼女の返事は「4年後まで待って」であった。その後ぷっつりと音信が途絶えた。私は「断られた」と判断した。時がだんだん彼女を忘れさせた。

4年後、突然彼女から手紙が来た。「会いたい」との内容だ。私の心は大きく揺れた。実はこの半年前、現在の妻と交際を始め、「結婚しようと」心に決めたばかりだった。約束はしていないが妻の気持ちは分かっていた。私は「会えない」と返事をした。

やがて、彼女から1冊の本が届いた。題名は「人生の生活設計」だったと思うが、ずいぶん昔のことなので定かではない。めくって見るとあちこち薄汚れて、いつも側に置いて読んでいた形跡があった。4年間待ってくれていたのだろうか。

妻と結婚し42年が過ぎ、書く事の了解も得た。もし会えることがあったら、空白の4年間の真意を聞きたい。案外深く考えるほどのことではなかったかもしれないが。

2011.07.14 朝日新聞「声」掲載)

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「ある出会い」

      

岩国市  会 員   檜原 冨美枝

人通りの少ない道ではあるが、それでも時折車に出会う。考え事をしながら歩いていたら小学生の男の子が「道の真ん中を歩くと車にひかれるよ」と注意してくれた。 

自分の不注意な歩行に気付いて「ありがとう。これから気をつけるからね」とお礼を言って別れた。男の子は安心したようにさっさと去った。

何事にもかかわりたくないご時世。勇気と義務感に駆られて交通指導をしてくれた男の子の後ろ姿はたくましく見えた。負うた子に教えられて浅瀬を渡るという言葉が頭をよぎる。さわやかな風が心にしみた。

 (2011.07.14 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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「乳がん、子宮頸がん検診受けたい」

      山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 がん検診の受診率を引き上げるため厚生労働省は各自治体と協力し、一定の年齢に達した女性に乳がんと子宮頸がん検診の無料クーポン券を配布している。

 先日市役所からお知らせ文と、50歳の私には乳がん、25歳の娘には子宮頸がんのクーポン券が送られてきた。娘は「一緒に行こう」と買い物にでも出掛けるかのように、私を誘った。

 子宮頸がん検診は内診があるので、娘は抵抗感が強いと思ったが、そんなそぶりはみじんも見せない。女優の仁科亜季子さん母子が出演した子宮頸がん啓発キャンペーンCMや、4月に女優、田中好子さんが乳がんで亡くなったことが影響しているのかもしれない。

 がんは医療技術の進歩で生存率が高くなった。同封の検診手帳にはクーポンのことを「がんで命を落とさないための特効薬」と書いてあった。この機会にしっかり検診を受けたい。 
   (2011.07.14 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

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2011年7月13日 (水)

「オートゲリショー」

     岩国市  会 員   吉岡 賢一

元気に動き回っていた主役が、突然へなへなと座り込むシーンからこのショーは始まった。抱き起こす母親の手に、紙おむつでは支えきれないサラサラ排せつ物のぬくもりが伝わる。

 次の瞬間、勢い余って吹き飛ばすような嘔吐。2歳目前の孫が母親のひざを舞台に派手に演じた「オートゲリショー」。 

 2日続きの上げ下げで、すっかり青菜に塩。笑顔は消え体重も減った。こんなショーの主役はまっぴらだ。早く元気になって、ビデオを見ながらうまく舞う神楽ショーを見せとくれ。

 この孫の症状、医師の診断は「嘔吐下痢症」。

2011.07.13 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年7月12日 (火)

「アユの塩焼き」

     岩国市 会 員    治子

宴席に出た時のことである。アユの塩焼きを見てびっくり。化粧塩で尾、ひれが固められ、くねくねと泳いでいる。どうぞ召し上がれと言っているようだ。隣の先輩に「ちょっと」とつつかれるまで眺めていた。田舎者には珍しかった。 

弟たちが夏、昼寝の時間を返上して川に入り取ってきた1匹か2匹。祖父や父の□には入っても私に入ることなどない。これが同じアユとは。骨を抜き取り、タデ酢につけると、一層のおいしさとうまみを伴うことを教わった。同じ物でもプロにかかるとこんなに変わるものかと感心した。アユといえば思い出す。  

   (2011.07.12 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2011年7月 1日 (金)

味覚は一生子に学ぶ

    岩国市   会 員    中村 美奈恵

 趣味仲間の集まりで「味覚」が話題になった。考えを開かれたので「年とともに味覚は変わると思う」 と答えた。

 家に帰り小6の息子に「味覚は変わるよね」と聞いた。すると、思わぬ言葉が返ってきた。「味覚は一生もの。だって学校で習ったもん」。息子は5年生のときの国語の教科書を探してきた。

 開いたベージには「インスタント食品とわたしたちの生活」という題で、女性の社会進出に伴いインスタント食品が生活の中に入ってきたことが書かれている。

 読み進めると、今度は問題点が書いてあった。家ごとの味が失われる。メーカーの作った味は家庭の手料理とは違う。

 その後の1行に「子どものころに食べたものの味は、その人の一生の味覚になるといわれています」とあった。

 「だからね、お母さんは僕のために料理を作ってくれんといけん」。最近の献立を反省しつつ、今日の夕食は、子持ちカレイの煮付け、ササミのごま揚げ、切り千し大根のオムレツになった。

 食べながら私の顔を見る。「真心込めた?」。しっかり学んだ息子に教えられた。

    (2011.07.01 中国新聞「広場」掲載)

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