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2012年9月

2012年9月29日 (土)

「母の心情」

       岩国市  会 員   中村 美奈恵

 代々受け継がれてきた田んぼを「今年からつくらんよ」と春先、実家の母が言った16年前、父が亡くなってからも、せめて家の前だけはとつくり続けてきた。土づくり、除草や水の管理など1人で苦労もあったろう。田植えと稲刈りの時期しか手伝いに帰らない私は、反対できなかった。田は畑となり、この夏、甘いスイカやトウモロコシが味わえた。けれど、真っすぐ植えた苗がすくすく育っているか、穂は出たか、成長を見守る楽しみはなかった。

 収穫の季節。頭を垂れた黄金色の稲穂を、母はどんな気持ちで眺めているのだろう。

   (2012.09.29 毎日新聞「はがき随筆」掲載)
 

 

 

 

 

 

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2012年9月21日 (金)

月下美人で近所と縁

 岩国市 会 員   山本 一

 

庭の月下美人が9個の蕾をつけ、白い花弁が見えてきた。「今夜咲きます」の合図だ。 

急きょ「月下美人が今夜咲きます。都合が良ければ、午後7時時すぎからお越し下さい。開花を待ちながら談笑しましょう」と近所に連絡。5家族8名が集まった。
 
予想通り午後8時ころには三分咲き、10時ころには八分、午前0時には満開となった。
 
9個が一斉に開花し、一夜限りの神秘的な花。開花状況を確認しながらも話はつきない。もちろん酒の準備も万端。飲み会の様相も呈する。
 
昨年も9月中旬に13個咲き、ご近所の方々と同様の交流をした。
 
ここは最近造成された小さな団地で、わが家も含め大半は老人ばかりの世帯。時代が変わり、昔のように濃密な付き合いは望まないが、縁があっての近所だ。
 
困ったことがあれば助け合い、楽しいことは共有したい。月下美人が取り持つ縁で、ささやかに思いが形にできた。 

2012.09.21中国新聞「広場」掲載)

 

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2012年9月13日 (木)

「ほっこり…大分の旅」

    岩国市  会 員   中村 美奈恵

 息子が大分県の大学に進学してから大分がぐんと身近になった。先日も大学の保護者懇談会があり訪れた。新幹線と特急列車を乗り継ぎ約4時間。それだけで帰るのはもったいない気がして大分市美術館に行った。
 
 開催されていたのは「岡村剛一郎のダンボールアート遊園地」。地元では見ることのできない特別展だ。巨大な恐竜を見上げ、精巧にできたアリやバッタに声を上げる。これが全部段ボールでできているとは驚きだ。ためらいながらスタッフに聞く。「大人が乗っても大丈夫ですか」「大丈夫ですよ」。うれしくなって馬にまたがった。海賊船に乗ると楽しくて忘れていた子ども心がよみがえった。
 
 余韻に浸りながら帰りはバスに乗った。街並みを眺めながら運転手に建物について尋ねる。気さくに答えてくれ、私の住む山口へと話題が広がった。
 
 観光地巡りとは違う旅に気持ちがほっこり。これからも訪れるたびに大分の良さを味わいたいと思う。

2012.09.08 大分合同新聞「読者の声」掲載)

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2012年9月 7日 (金)

「夏の終わり」

   岩国市  会 員   貝 良枝

 

砂糖が200㌘残った。友人のゴーヤーの佃煮がおいしかったのがきっかけで、何度も作った。1回の砂糖の使用量は100㌘だから8回作ったことになる。4㌔のゴーヤーを使ったことにも。

去年はエコカーテンに使ったが、実は邪魔物扱い。せいぜいゴーヤーチャンプルを作るぐらいでおしまい。今年は食卓のアイドル。食べるのもよく食べたが、配るのもよく配った。弟にも娘たちにも「うまい!」と言わせた。

「これが最後だろうな」。砂糖を片付け、窓からゴーヤーを見ると、つかまるところのないつるが風に揺れていた。

 (2012.09.07 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

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2012年9月 4日 (火)

「暑さの見舞い」

   岩国市  会 員   林 治子

この暑さを吹き飛ばすような友からの絵手紙が届いた。はがきいっぱいに熟した真っ赤なトマト。思わずのどかゴクッと鳴った。冷やして食べたら、どんなにかおいしいだろうな~。ともあれ返事を書くことに。
 絵はやっぱりトマトにしよう。ガブリと一ロかぶりついたのにしようかな。それとも、全部食べましたとヘタだけ残ったのに。いやいや、ちょっとしゃれてお皿に輪切りに、スライスしたタマネギ、キュウリを載せドレッシングをかけた一品料理に。あ~あおいしかった。ごちそうさま。添え書きをして送ろう。びっくりする友の顔が見たい。

   (2012.09.04 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2012年9月 1日 (土)

「水道メーターの気持ち」

     岩国市  会 員   片山 清勝

 

私は水の門番である水道メーター。日ごろはその仕事ぶりを見られることもなく、蓋をかぶせられた地中の箱の中にいる。

2ヵ月に1度、その仕事ぶりを確認に年配の男性が訪れる。蓋を開けメーターの数値を携帯PCへ打ち込む。そのわずか数秒の間だけ外の明るさを感じる。パタン。音とともに次の2カ月はまた闇の世界へ。それでも家庭で使われる水は私の中を通り過ぎなければ使えない。それをいつも誇りに思って仕事をしている。 

予定外の日に蓋が開いた。見上げると、いつもと違う感じのいい青年の顔。「メーターの定期交換です」と家の主に説明している。主は後学のためと作業を見ている。「交換は何年おきに」という質問に「7年です」と青年。ここに住み始めてそんなにたつのか。 

青年は私の埋もれた箇所の土を取り除く。前後のジョイントを緩め私を取り外し、交代さんを取り付けて作業は終わり。その間、わずか数分。取り外された私は作業車の荷台へ。そこには何十個もの仕事を終えた仲間か休んでいた。 

それこそ日の当たらないところで、昼夜の区別なく、幾つもの歯車を間違いなくかみ合わせての水番。7年間、一度も異常点検を受けなかったことは務めを全うしたことになる。主がよく言っていた「やり遂げた喜び」とはこのことだったのだろう。メーカーさんで調整され、再登板となったらうれしいのだが。

  (2012.09.01 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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