« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年12月

2012年12月29日 (土)

「生命に感謝し新年を迎えたい」

   岩国市  会 員   山下 治子

 
 
 年のに届いたはがきは、甥からだった。「服喪中のため」と太字の後に「中央自動車道笹子トンネル崩落事故で、義妹が短い生涯を……」とあった。惨状からの救出と身元確認に手間取り、葬儀をようやく終えたとの由。親類に偶発的な不幸が襲っていたとは。ニュースをひとごとにしか捉えていなかった。

この事故で、車が押しつぶされたが、助かった人が1人いた。同じ車に乗っていて生と死を分かつその一線とは何なのだろうか。

先日、車で姑を病院に連れていく際、自分の用事もあったので少し早めに出ていつもと違う道を通った。そしたら丁字路で車がぶつかってきた。その時ふと思った。もし予定通りの時間にいつもの道を走っていたら、衝突は防げたのだろうか、と。それとも、そうなることが自分の生涯の道筋では、お決まりの設計だったのだろうか。偶然の巡り合わせを不思議と思う。

近頃は事件や事故が多すぎて、自分たちのことだけで精いっぱい。世知辛くなってしまった。今年も貯金は残らなかったけれど、事故の後遺症に苦しんでいる長男が少し回復し、家族の命は何とか守れた。

失われた命に合掌し、今ある命に感謝しながら新年を迎えたい。
 
   (2012.12.29 朝日新聞「声」掲載)

| | コメント (0)

2012年12月25日 (火)

「命のシートベルト」の警告

     岩国市  会 員   山下 治子

 

家族旅行の帰路。夕方、高速道路を走行中に突然サイレンが鳴り「後ろの黒い車、左路肩に停車してください」と指示された。「シートベルト」と夫が叫び、締めていなかった母親に素早く装着させた。

パトカーを降りた警官は車内を一通り見回し、免許証の提示を求めてから「真ん中の列の右側にお座りのお年を召したご婦人がシートベルトを締めておられなかったことを確認して止めました」と話した。誰もが「やられた」と身構えた瞬間「この時間帯は事故が多いです。今回は警告としますが、必ず命のシートベルトをお忘れなく。お気を付けて」と言い残すと、敬礼をして去った。

これまで交通違反でキップを切られる都度、苦い思いばかりしてきたが、今回は「命のシートベルト」の一言に納得し、反省しようと思った。

警官が去った後「パト力―は好きではないけれど、気が引き締まるな」と息子。皆同調した。よい旅だった。

2012.12.25 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

| | コメント (0)

「感動した平和への子らの思い」

    岩国市  会 員   横山 恵子
 

 広島県内の小学6年11に、平和記念公園の碑巡りガイドをした。
 
後日、先生と子どもたちから、手紙が送られてきた。「身近なところから平和というものを作れるよう心がけたい」これから困った人を助け、友だちとの接し方も考えていきたい」「戦争は絶対にしてはいけない」……。私は、いじめ問題などのニュースから受ける暗い思いが払拭されるほどの感動を覚えた。

平和記念資料館や平和公園内にある碑は、原爆の残酷さを知り、平和について考える格好の教材であるとの思いを改めて深くした。被爆し心身ともに傷つき、今も放射能におびえて生きる人々がいる。それなのに米国は、未臨界核実験をやめようとしない。

だが、私たちは決して諦めることなく訴えていかなくてはならない。未来の日本、世界を担う子どもたちのためにも。

2012.12.16 朝日新聞「声」掲載)

 

| | コメント (0)

2012年12月23日 (日)

「きっかけ」

      岩国市  会 員   貝 良枝

 

母は怒る。育児放棄のニュースを見ては、「なんちゅう事か、子どもに食べさせんで。聞きよったら涙が出る」。そして話はいつも、私が幼い頃に戻る。

仕事に疲れた帰り道、私たちきょうだいに買ったパンを、空腹のあまりに一つだけ食べてしまったという。「これを食べたら子どものおやつが足りなくなると思ったが、なんとも坂が登れん。子どもが待つと思ったが、食べた」。物忘れが多くなった母が、おなかをすかせた子どもの話を聞くとする話。

たった1個のパンは、50年近くたっても心の片隅に残ったまま硬くなっている。

2012.12.23 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2012年12月19日 (水)

陶芸で幸のシロヘビ

   岩国市  会 員   片山 清勝

 陶芸教室へ仲間入りして5年。年末には翌年のえとを作る。今年はヘビに挑戦。岩国市は天然記念物のシロヘビの生息地で、対象に恵まれている。

 姿そのままではただの白いひもになる。漫画風にアレンジし、愛らしくかわいい姿を思い付いた。

 初日は原型を作る。頭は大きめに、細く長い胴は太く短くしてとぐろを巻き、愛嬌のある姿にした。

 2日目は素焼きへ色付けした。特徴の白い胴と柔和な赤い目を細心の注意を払って描いた。まずは狙い通りに仕上がる。

 陶芸仲間は同年配が多く世間話も弾む。いつも和やかな創作風景が広がる。作品を褒め合ったり助言したり、時には厳しい評価も下す。

 シロヘビは福運・金運の守り神として、地元では古くから愛護されている。

 家族と仲間の来る年の「健康と福と幸」の願いを粘土に練りこんだ。月末の窯出しを楽しみに待っている。

   (2012.12.19 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

2012年12月18日 (火)

「祖母の願い」

   岩国市  会 員   片山 清勝

 

師走になると思いだす。祖母は新聞の切り抜きをとじた「忠臣蔵」を開き、浪士それぞれの活躍をよく話してくれた。

子どもの頃で、話のほとんどを覚えていない。それでも、吉良が悪くて浅野が気の毒、いつの聞にか忠臣蔵のイメージができていた。そんな影響か「風さそう」で始まる浅野内匠頭の辞世の句を、意味の分からないまま暗唱していたから不思議だ。

その頃、我が家は3世代が同居。祖母は孫で次を担う長男の私へ、家を守ることの大切さを教えたかったのでは。今になってそんな思いをしている。
 
   (2012.12.18 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2012年12月16日 (日)

「主婦活も厳しい」

     岩国市  会 員   中村 美奈恵

 
高校時代の友人が「就職活動のアドバイスをして」とメールしてきた。今春娘が大学に入って学費がかかることや、夫の定年退職が近づき生活が不安になったという。実母の世話などで専業主婦をしていた彼女が働くのは二十数年ぶりだ。
 
「いいよ」と返した私は40歳の時、3歳の三男を保育園に預けて働くことにした。ようやく理解ある会社に就職したものの7年目にリストラにあった。すぐ次の会社に勤めたが、1年足らずで辞めた。再び就活を繰り返し、今の会社で働き始めたのは48歳の時。そんな経歴を知っているから相談してきたのだろう。 
 
2日後、彼女とハローワークで待ち合わせた。職種、時間、賃金……。パソコン画面に条件を打ち込む。細かく入れるほど会社は絞られる。条件を緩めなければ面接にも行けない。私の場合は通勤距離と休日を譲った。 
 「求人票は細かく見てね。雇用保険は絶対必要よ。焦って決めたら続かないよ」
 
経験を交えた話に、彼女はうなずいたり顔をしかめたりした。
 
就活はエネルギーがいる。面接の後はぐったり。不採用が続くと落ち込む。そこを頑張らなくては決まらない。
 
励まし別れる時、「貴重な時間を使わせたから」と彼女がケーキをくれた。もうそんな気遣いはしないでね。
 
主婦活は大学生の就活に負けないくらい厳しい。
    
2012.12.16 毎日新聞「女の気持ち」掲載)

| | コメント (0)

2012年12月 8日 (土)

「あの時を思い出します」

 お義母さんそちらはいかがですか? 
 
こちらはいつもより遅くなりましたが桜が咲き始めました。 
 
昨年の2月10日にお母さんが逝ってから、毎日通っていた施設に行くことが無くなり淋しくなりました。
 
食事が食べられなくなり、一滴の水さえも喉を通らなくなりつらかったですね。
 
尊厳死カードを持っていて、延命処置はしないという意思表示をしているお母さんなので、それに従うことにしました。
 
最期の10日間は一滴の水も口にしないのに、トイレだけに起き上がりベッド側のポータブルトイレに二人がかりで、かかえながらも自分でしましたね。
 
排泄を最期まで自分の意志でされたことに、敬意を感じました。
 
点滴もしないので、数日で楽に逝かれると思っていました。
 
体がだるかったのでしょうね。「ア~…ア~…」という呼吸とともに出る溜息が忘れられません。迷いました。点滴だけでもしたら楽になれるのではと思いましたが、水分を入れると腹水や肺水が溜まったりして、余計に苦しくなることがあると聞いて止めました。
 
「もう頑張らなくて良いのですよ」という以外なすすべもなく毎日見つめていました。
 
本当に良かったのでしょうか? 私もお母さんにならってカードを持っています。お返事ください。
 
2012.10.01 日本尊厳死協会「リビング ウィル」掲載)

| | コメント (0)

2012年12月 2日 (日)

私も「世話好きおばさん」に

   岩国市  会 員   安西 詩代

   

先日、JR山陽線の2人掛けの座席に座った。最初は混んでいたが徐々にすいてきて、向かいの座席は男子中学生1人になった。

耳にイヤホンの中学生は横になってゲームをしながら、靴のまま片足を座席に上げた。私は「靴を脱いでね。皆が座るところだから」と言ったが、彼は「うるせえ」と唇だけを動かし顔をしかめた。もう片方の足も上げ、ゲームを続けた。

私が「赤ちゃんみたいね」と言うと、彼は手を止めてにらんだ。私は彼を眺めながら、にっこり。彼は両足を座席から下ろした。

電車を降りる時、「おばさんの言うことを聞いてくれてありがとう」と言ってチョコレートを1枚渡した。彼は「えっ、どうして?」と初めて声を発し、パッと輝く笑顔になった。体は大きいけど、まだまだ子ども。かわいいなと思った。

私が子どもの頃は、いたずらをすると近所のおじさんに叱られ、おばさんには「暗くなったから早く家に帰りなさい」と注意された。私も年金を頂く年齢。昔ながらの「世話好きおばさん」になろうと思った。

 (2012.11.27 朝日新聞「声」掲載)

| | コメント (0)

「私は鬼コーチ」

     岩国市  会員   中村 美奈恵

 

ガチャ。中1の息子が帰ってきた。「どうだった」。ニヤッと笑い「Aだった!」。 家庭科でリンゴの皮むきテストがあるという。縦半分のリンゴを4分以内に皮をむき、くし形切りにする。本番目指し特訓だ。タイミングよく近所や友人から届いたリンゴが計15個。十分練習できる。だが、「あっ、危ない」「うるさいなあ」と言い合ってばかり。たいして上達せずに本番を迎えた。

「ねぇ、先生ちょっと甘いんじゃないの」。あの手つき、いびつな形。私なら絶対、Cだ。テストは終わったが、家での特訓はまだまだ続く。

(2012.12.02 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »