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2013年1月

2013年1月29日 (火)

「雨の花道」

     岩国市  会 員    治子

 

雨は朝になってもやまない。散歩はビニールの風呂敷を犬の胴体に巻きつけての出発となった。胴長で頭としっはまるっきり出ている。太ってもいるので、おなかで洗濯ばさみが踊っている。いつ外れてもおかしくない奇妙なかっぱ。行き交う人はニヤッと笑う。 
 
 芝居好きな友に会った。「花道を『春雨じゃ、ぬれて行こう』でもないじゃろうに。いやにしずしずと歩くのね」「風呂敷が脚にまとわりつくのよ」と言い訳をする。「でも水玉模様とはなかなか粋じゃない」とからかわれてしまった。ちょっと役者気分。雨の散歩も捨てたものではない。

 (2013.01.29 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年1月26日 (土)

「いたちごっこ」

         岩国市  会 員   山本 一

 

70歳を機に、今後は年賀状を失礼させていただきます」。昨年の年賀状のち、約50人の方々にこんな添え書きをした。対象は、顔がぼちぼち思い浮かばない年下の方であった。ところが、書く段になって誰に欠礼したのか分からないはめに。メモするのを忘れたのだ。年々怪しくなる記憶頼りとなったが、結果は明白だった。
 新年を迎え、追加年賀状に追われるのはまだよい。「もう出さないはずでは!」と書かれたのが、数枚も遅れて届いた。昨年、欠礼連絡した人からである。退職後10年。年賀状とどう向き合うか、いたちごっこは続く。

  (2013.01.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載) 

 

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どんど 深まる町の絆

    岩国市  会員  片山 清勝

 今年最初の町内の催しはどんど焼きだった。点火は、会場を訪れた年男と年女が務めるのが恒例である。
 点火の直前、付き添いの人に手を引かれたお年寄りの女性が隣に立った。十数人の点火者にたいまつが配られ始めると、世話役の消防団員が、その女性の手を取って会場の中へ導き、たいまつを一緒に受け取る。
 「点火」の合図に、その女性は消防団員に手を携えられて、積み上げられた縁起物へ火を付けた。瞬間、勢いよく炎が立ち上る。消防団員は、抱えるようにして素早く女性を炎から遠ざけた。
 女性は、勢いを増す炎を安堵した顔で見つめている。炎に照らされるその顔は、点火を果たせた喜びと、消防団員への感謝の気持ちも含まれているのであろう。
 そんなことで、今年のどんどの炎に、これまでにない勢いを感じた。これで今年の町内の安心と安全と絆が強まる、そう思いながら会場を後にした。

   (2013.01.26 中国新聞「広場」掲載)

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2013年1月22日 (火)

「今だったら」

      岩国市  会 員   片山 清勝

 子どもの頃から頭が大きいと言われ、自覚もしていた。それに髪は硬くてフサフサ。丸刈りから長髪になる時、「こりゃあ料金割り増し」と日ごろ無口な散髪屋の主人が笑った。
 
 あれから何十年。しゃがんだ姿を上から撮られた写真、なんと頭頂に皮膚丸見えの薄毛の域が広がる。髪が減り寒暑の季節感をもろに感じてはいたが、「ここまで抜け落ちているとは」。隠しようのない状態に驚きとがっかりが入り交じる。 
 
 あの主人、はさみを使いながら、今なら「割り引いてあげる」と笑顔かも。3色の回転灯の灯が消えて、もう7年になる。
 
  (2013.01.22 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年1月16日 (水)

「年頭に思う」

     岩国市  会 員   檜原 冨美枝

 

「書くぞ。載る載らんは別問題」。そう言いながらも、いちるの望みをかけ筆を執る。人間にはいろいろな趣味がある。虚弱体質の私は体力を使うものは苦手。下手の横好きでも、やめられないのが「はがき随筆」。

タイトルは浮かぶが、なかなかまとまらない。さりとて、美辞麗句を並べ行を埋めようとは思わない。日々の生き様の吐露に終わる。「いいではないか。脳に活力を与えるだけでも」と相棒はのたまう。そうよネ。快適暖房に埋まり、老残の身を持て余していてはいけない。書こう。空は青空。小鳥が2羽、大空を駆け巡っている。

2013.01.16 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年1月15日 (火)

「相 棒」

    岩国市  会 員  吉岡 賢一

 

真っさらな手帳にまずは当面の月間予定を書き込む。次いで分かっている限りの年間行事。更には忘れたら叱られそうな結婚記念日など、大切な各種記念日を赤ペンでマークする。

向こう1年間、頼りっ放しの相棒となる今年の手帳。予定欄が少しずつ埋まっていくのを見ると、今年もあれこれ面白い1年になりそうな予感。思わず腕をなでる。 

過去1年の生き証人ともいえる古い手帳。段々遠のく持ち主の記憶力をカバーして余りある働きぶり、ご苦労さん。新旧は交代しても、その存在は永久保存の光彩を放ち続ける。

  (2013.01.15 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年1月11日 (金)

「縁あって」

       岩国市  会 員   横山 恵子

 

私は子年生まれ。結婚する年、夫からの年賀状に「ねずみさん、がんばって」と書かれた横に大きなねずみの絵が。「箱入りねずみ」も、結婚後は子育て、家事、仕事、夫の5回の入退院、度重なる引っ越し等を経験するに、かかあ天下の片りんが。

やがて夫が定年。子供たちも社会人となり、ホッとしたのもつかの間、夫が脳梗塞に。人生の一つの山を越えると、次の山が目の前に。登る気力は支える存在のお陰。今年は年。夫6回目の年男。と子の泣き笑い41年。漢字1文字で表すと「忍」いや、「謝」に軍配かな。

  (2013.01.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

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2013年1月 8日 (火)

「散歩道の友達」

   岩国市  会 員   沖 義照

 

夕方の散歩中、家の前でボールを蹴って遊んでいる兄弟と出会った。小学1年生と3年生の男の子だ。お兄ちゃんは黒い縞の入った、赤いサッカーユニホームを着ている。

半月後、この家の前に来たとき、弟が1人でコンクリートの壁に向かってボールを蹴っていた。

「お兄ちゃんはいないの? おじさんとやってみようか」

「うん、いくよっ!」。

離れて向き合い、左右に小走りしながら10回くらい蹴りあうと、すぐに息が上がった。

「よし、またやろう」

「うん、ありがとう」

それから数日後、弟がまた1人でボールを蹴っているのが、はるか手前から見えた。10㍍くらいまで近づいた時、突然ボールを私に向けて蹴ってきた。強い勢いでボールを蹴り返した。無言のまま、また蹴ってきた。今回も10回くらい蹴りあった。

「僕は上手だな」というと、得意げな顔をする。「またやろう」と言って立ち去ろうとすると「リフティングもできるよ」と言いながらボールを上に蹴りあげる。が、うまく出来ない。何度もやって、やっと2回続けることが出来た。「わかった、うまいよ」と言って散歩を続ける背中に「5回は出来るよ」の声。

1年生の子供に、サッカーの練習相手としてどうやら認められたようだ。年の離れたお友達と気分転換の出来る楽しい散歩道となった。

(2013.01.08 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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2013年1月 7日 (月)

悲しみ癒す人の情

    岩国市  会員  横山 恵子

 今年は年賀状がほとんどない正月で、父を亡くした寂しさが一層募った。
 昨年4月、身内や親しい近所の人たち30人余りで、父の家族葬を行った。
 人に迷惑を掛けたくない、という生前の希望で家族葬にした。時代と共に、葬儀の在り方も変わりつつあるのかなと思う。
 知人から、家族葬にすると当分、留守ができないよと言われた。そして、後に聞いたからと、お参りしてくださる人、電話や手紙、花も届いた。
 喪中はがきを出した後にも、わが家に下宿していたAさんたちが来て、父の思い出話をした。
 「はがきを読み、しばらく涙が止まりませんでした…」という父の元同僚の手紙も。悲しみを共有してくださることで、心が少しずつ癒やされた。
 多かれ少なかれ、人は悲しみや荷物を背負って生きているが、寄り添う人がいれば、励まされ元気が湧いてくる。あらためて人の情け、ぬくもりを感じることができた。 
  (2013.01.07 中国新聞「広場」掲載) 

 

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2013年1月 5日 (土)

「褒めて伸ばす」研究成果に納得

    山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 

生理学研究所(愛知県)の定藤規弘教授らの研究グループが、運動トレーニングをした際に他人から褒められると、何もされない時より技能が高まるとの実験結果を明らかにした。教育の場などで、より効果的な褒め方を考えるきっかけとなる可能性がある。

「おばあちゃんはよく人を褒めるね」と娘が感心するくらい、私の母は実にタイミングよく、さりげなく人を褒める名人だ。ところが娘2人は、私が「だからお母さんも褒めて育てたつもり」と言うと、顔を見合わせて「全然だめじゃん」と□をそろえる。それくらい褒められた記憶がないらしい。耳が痛い話だ。

所属しているエッセーの同好会では毎年、各人にその年の活動にふさわしい表彰状と副賞を授与する。虫のいい話かもしれないが、褒められると大人でもうれしいものだ。褒めてくれる人の存在が物事を上手にすると改めて思う。
 
  (2013.01.05 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

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