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2013年9月

2013年9月30日 (月)

うれしかった

    岩国市   会員   片山 清勝

 かげろうがのぼる道、そのわきに麦わら帽子をかぶった男の子2人、手を挙げて立ち止まっている。私は車を止める。 手をつないで渡り終えた。すると、向き直って一緒にぺこっと頭を下げ、虫取り網を振りながら路地の奥へ駆けていった。上の子は年長さんくらい。
 懐かしい麦わら帽子と虫取り網、子どものころ競い合ったセミ捕りの日を思い出す。 思いもしないぺこっの礼、なぜか無性にうれしかった。急いで窓を開け「こけるなよ」と声を掛け手を振る。頭を下げた子どものしぐさ、家でいいしつけをされていると思いながら見送つた。

   (2013.09.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年9月21日 (土)

「笑顔の閻魔大王」

   岩国市  会 員   吉岡 賢一

 笑顔のすてきな看護師さんに言われるまま舌を出した。途端にガーゼでつかまれ力任せに引っ張られる。その痛いこと痛いこと。涙と脂汗が顔をぬらす。地団太踏んでも離してはくれない。子どもの頃に聞かされた閻魔大王と看護師さんの顔が重なる。喉に刺さった異物。「これが犯人です」。医師の持つピンセットの先に5㍉に満たない魚の小骨。舌を抜かれるまでには至らなかったが、その苦痛の大きさは容易に想像できた。
 そのはずみで「今後はうそをつきません」と誓った。数十年を経た今、その時の痛みを忘れ、方便を使いこなす自分がいる。

 (2013.09.21 毎日新聞「はがき随筆 文学賞特集『うそ』」掲載)

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2013年9月11日 (水)

冠水時 運転に配慮を

   岩国市  会 員   片山 清勝 

 大雨で膝下まで冠水すると、舗道や側溝など道の状態は全く分からない。それでも通らなければならない人や車はある。そんなとき、ひどい運転マナーの車を何台か見た。
 冠水した道路を減速せずに走り抜けると、水しぶきが車高より高く左右に飛び散る。映像的には迫力があるが、水しぶきは閉じている商店のシャッターやフェンスをたたき、大きな音を立てる。運転者は分からないのだろうか。
 さらに怖いのは、歩いていいるとき。押しのけられた 水が強い波となって襲ってくる。不意打ちなら、子どもでなくても転倒するほどの力がある。狭い道では、しぶきも波も避け切れない。
 道路冠水で自宅や職場などへの心配が先に立つのだろうか。急ぐ気持ちが気遣いを失わせるのだろうか。
 でも大方の車は、慎重に迷惑の掛からないように静かな運転をしている。それがマナーだろうし、自分の安全にもつながる。周囲ヘの配慮を保った運転を心掛けたい。

    (2013.09.11 中国新聞「広場」掲載)

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2013年9月10日 (火)

「悩ましい折れ合い」

   岩国市  会 員   山本 一

 
月下美人の開花を待ちながら、趣味仲間と庭で酒盛り。年のせいで耳が遠い上に酒が入り、大声の会話が行き交う。住宅密集地でご近所とは近い。連日の猛暑で窓も開いているだろう。「うるさい」というお怒りの声が今にも飛んで来そうで、ハラハラする。今年はなぜか開花が遅く、22時になってもまだ三分咲き。満開を見ないまま午前様。さすがに気が引けてお開き。

翌日は違う株が続いて開花。前夜のおわびも兼ねて、この日はご近所の有志と酒盛り。フルートとハーモニカの余興も加わり、楽しいが気が気ではない。迷惑との折れ合いに悩む。
  (2013.09.10 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年9月 7日 (土)

「備えあれば」

     岩国市  会 員   吉岡 賢一

 テレビを見ていた4歳の孫が「じいちゃん、ジシン地震」と大声で叫ぶ。画面をよく見ると「大雨洪水警報」のテロップが流されていた。どこで誰に教わったのか、テレビに流されるテロップは、どれもこれもみな地震速報だ、と思い込んでいる様子。
 「地震がきたらどうするの」「そりゃ、もぐるんよ」。言いながら、食卓の下に身をかがめる。こんな幼い子の心にも、とっさの地震対策は植え付けられている。次は、大雨や台風への備え、津波時の避難方法など、分かりやすく話して聞かせよう。「自分の命は自分が守るのだ」と。
   (2013.09.07 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

  

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2013年9月 6日 (金)

「忘れない声」

        岩国市  会 員   安西 詩代

  「よう、おいでました」という母の声が聞こえた。お盆の墓参り、掃除をして、手を合わせながら思い出した。
 
 幼い頃、転んで泣きながら帰り、洗濯せっけんの香りのする白いかっぽう着に抱きつくと、母は「ほんこ、ほんこ」と頭をなぜてくれた。その言葉のひびきで、痛さを忘れてしまった。少し大きくなると「あなたが一番可愛い」という言葉が、うっとうしく重く感じられた時期もあった。
 いつまでも、母の声で思い出す言葉がいくつかある。私も、そういう声を子供たちに残しているのだろうか。
 
 (2013.09.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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