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2013年12月

2013年12月26日 (木)

「父親ってそうなん」

      山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 
今年の漢字が決定し、今年の10大ニュースが新聞に掲載される時期になってきた。我が家のニュースはもちろん娘の結婚だ。それも1年の聞に2人続けて。主人に「今年は実りのある1年だったね」と言うと「失うものの多かった1年だった」の返答にびっくり。娘を持つ父親ってみんなそうなのかなあ。

 我が家は普通は母親がやることを主人がやってくれた。免許がない私の代わりにアッシー君を務め、嫁ぐ前には晩ご飯を作りながらマンツーマンで料理を教えた。子育て卒業で楽になったと喜ぶより、娘が出て行った感が強いのも無理がないかな。
  (2013.12.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年12月24日 (火)

「遠ざかる昭和」

        岩国市  会 員   山下 治子

 

「次の休みに連れてきていいかな」。真ん中の息子が珍しく断りを入れてきた。やっとその気になったねと夫と目が合う。どんな人と聞くと「干支が一緒、ちょっと年がね」と口ごもる。瞬間「その人って……」と不安が口をついて出た。  

夫より4歳年上の私は、それが理由で昔、夫の母親に結婚を反対されたが、その上をいく年の差婚。血は争えないと妙に納得した。
 ところが「式は彼女の成人式が済んでからでないと。孫ができたら、お母ン頼むね」と肩をたたかれた。我が家に平成生まれのお嫁さんだって……。孫みたいだわ。

  (2013.12.24 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年12月22日 (日)

「一難去って」

   岩国市  会 員   山本 一

 ある日突然不眠になり、2日間一睡もできない。慌てて、病院に駆け込む。生まれて初めて睡眠薬なるものを処方され、その翌日は平常に戻った。これでめでたしめでたしのはずが、これだけでは終わらなかった。
 眠れなかった夜のこと。途中で何度も起きだし、トイレに行ったり本を読んだりしても、隣で寝ている妻は大いびき。眠れないいら立ちも手伝い「たとえ僕が危篤になってもおまえは寝ている」と妻をいびった。これが尾を引いた。「別の部屋に寝るわ」と一方的に通告される。長年の夫婦の慣行が破れた。また目がさえる。

   (2013.12.22 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年12月10日 (火)

「男はつらいよ」

 岩国市  会 員   吉岡 賢一

 

孫3兄弟の末っ子で、やんちゃこの上ない悠雅君がインフルエンザと日本脳炎の予防注射を同時に受けることになった。「1回なら泣かんけど、2回やると涙が出るかも」。待合室で殊勝にも弱音を吐く。 
 「のぞみちゃんは泣かんかったらしいよ」。妹のように可愛がっている6ヵ月のいとこを引き合いに出すと「がんばってみる」と診察室へ。真っ赤な顔で出てくるとジジの膝にしばし顔をうずめる。やがて涙の跡が残る顔を上げ「泣かんかったじゃろ」と見えを張る。
 いとことはいえ相手は年下の女の子。涙は見せられない。男4歳児の心意気。

 (2013.12.10 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2013年12月 1日 (日)

新聞作り 成長の糧に

   岩国市  会 員  片山 清勝

 私が作る孫新間が150号になった。そんなことで、新聞作りには興味があり、中国新聞「みんなの新聞コンクール」にも注目している。
 各部門の最優秀賞が紹介された。各部門とも、伝えたいことに的を絞り、取材し記事にする。課題も提案する。受賞者の言葉からそんな内容が伝わる。
 切り抜きでは、記事配置の巧みさ、感想文の絆と平和への思いなど、今をつかんだ内容だと感じた。
 私が新間を読み始めたのは小3の頃で、担任の指導だった。読んだ記事の発表をして、そこから新間を読む楽しさを学んだ。
 コンクールを通して、多くの児童、生徒が新間に関心を持ち、活用し、自分の糧にしていることをあらためて知り喜んでいる。
 新間を作るには、取材のほかに調べることも多い。こうした一つ一つの積み重ねが、視野を広げ、社会を見る目を養っていく。今後の活躍に期待し、エールを送る。

   (2013.12.01 中国新聞「広場」掲載)

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