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2014年2月

2014年2月28日 (金)

「手に取るな」

     岩国市  会 員   吉岡 賢一

 

干支6回りとなる午年を元気に迎えた記念に、雪化粧の富嶽16景を巡る旅に出た。富士五湖をはじめ、さまざまな角度から遠くにのぞむ富士山。それはそれは美しい生の姿を堪能させてもらった。 
 
 高校修学旅行での初対面以来、出張などで何度か見上げているうちに、一度はこの足で登山征服してみたいと思うこともあった。が、遠く眺める富士山の形容しがたい美しさに酔いしれた今改めて思うのは「山に入ればその山の高さも美しさも値打ちも見えなくなる」と言い聞かせていた父の言葉。富士山は遠きにありてこそ……。

  (2014.02.28 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2014年2月27日 (木)

「旧交を温めて」

  岩国市  会員    吉岡 賢一

 

日本中が戦後の復興に燃え、活気あふれる昭和32年3月、282人の同級生が中学校を卒業した。 

進学する人、「金の卵」と呼ばれ就職する人、それぞれの道に旅立ったあの日から、57年の歳月が流れようとしている。
 

 ウサギ小屋に住むエコノミックアニマルと冷やかされる一方で、昭和の高度成長期をがむしゃらに支えてきた世代だと自負している。 

 仕事も精一杯やりながら、仲間が集まってワイワイ遊ぶことも忘れなかった。その最たるもが学年同窓会であったように思う。50歳は「人生の小休止」、その後「還暦」「古稀」と名目を付け、節目には必ず同窓会を開いてきた。さらに節目と節目の間にも何回か開き50歳以降だけでも6回を数えた。
 

「主人もこの写真で参加させてください」と会費を添え、早世した夫の無念を手紙に託して天国から出席させた奥さんもいた。こんな感動を胸に幹事団もありったけの知恵を絞り、毎回目新しいイベントに挑戦した。「おもてなし」の精神は、あの東京オリンピック招致合戦に負けてはいなかったろう。
 

 振り返ると、やたら腹の減る貧しい中学生活ではあったが、教師を慕い敬う気持ちは強かった。同級生相互の信頼も厚く、お互いの絆は自然に培われ、心豊かな青春だったと思う。多くの仲間が今も同窓会に集い盛り上がるのは、遠い昔の絆が今につながっているのだろう。
 

 さて次なる節目は77歳の喜寿。「あと5年は待てない人もおるよ」などと切迫した声を聞かされると、喜寿までに一度開くべきかな。
 仲間の数も回数も段々減っていく同窓会。声がかかったら是非出席を、ご同輩。

 

      2014年 2月27日 中国新聞夕刊「でるた」掲載 

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2014年2月13日 (木)

「お福猫になる」

   岩国市  会 員   森重 和枝

 
周南のギャラリーで開催中の創作人形展へ娘と行く。パン粘土、和紙、布の手作り内裏びなが並ぶ。黒色和紙のお福猫が真っ先に目に留まる。クロちゃんと名がつけてある。「チビをつけたいね」と娘。我が家の4歳の黒猫の名がチビクロだった。
 鼻水が止まらず、病院へ連れて行くと、リンパ腫で余命2カ月と宣告を受けた。それから2カ月余、10日前に死んだばかりだ。「お福猫は幸せを招くといわれてますよ」。係の人に言われる前に一目惚れで購入した。
 爪を出したこともない優しい猫だった。「忘れないで」と招いたのかも。
  (2014.02.13
 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2014年2月11日 (火)

「昼休みの児童」

       岩国市  会 員   片山 清勝

 
給食を食べ終えた児童らは、広い運動場で生き生きと遊ぶ。追っかける子逃げる子、繩を回す子跳ぶ子。そして何十種類もの叫ぶような大声、でもけんかではない。そんな児童らの姿が好きで、立ち止まって眺める。
 
 昼休み終了の放送。すると、遊びに夢中だった児童らは間をおかずに、校舎へ向かって脱兎の勢いで一斉に駆け出す。その切り替えの早さに、素直な子どもらしい純朴さを感じ、自然と笑む。「こけるなよ」と思いながら、背中を見送る。
 
 少し舞い上がる砂ぼこりは、児童らの元気な声の余韻を楽しんでいるようだ。
 
   (2014.02.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載)  

 

 

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2014年2月 8日 (土)

「心の傷」

      岩国市  会 員   山本 一

 
同年配の仲間数人での忘年会で、お開きが午後11時ごろになった。お酒を飲まないマイカーの女性に「乗せて」とつい言ってしまった。乗車時、先客の便乗者があることを知り「やめようか」と迷ったが何も言わない。帰宅したら午前0時を過ぎていた。彼女は遠方なので1時近くになっただろう。申し訳ない。
 
 これまで「乗せてほしい」と自分から女性に頼んだことはなかった。膝痛で思うように歩けない。気力が弱り、つい安易に流れた。迷惑をかけたと思うようなことをしてしまうと、いつまでも心の隅がうずく。時々思い出してはつらくなる。
 
   (2014.02.08 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2014年2月 7日 (金)

心和む節分の願掛け

    岩国市  会 員  片山 清勝

 節分の夜、誰にも見られず、四つつじの真ん中に、年の数だけ豆を紙に包んで置くと願いがかなう。子どもの頃、祖母から聞いた節分のまじないだ。
 引っ越してきた家の前の小さなつじに、初めは10個ほどだった。願いがかなったのか、その数は少なくなり昨年は1個。
 今年もドアをそっと開けた。あった、2個。それは、これまでの無造作な置き方と違い、むつまじく寄り添うように置かれている。
 同じ願いを、真っ白な紙に包む2人の姿が目に浮かぶ。その包みを朝日が優しく照らしている。きっと願いはかなう、そう思った。
 各地の観光化した豆まきや恵方巻きを食べるなど節分行事も子どもの頃に比べ大きく変化した。
 そんな時代変化の中で、願掛けの風習が続いていることに驚く。裏通りの小さなつじだから、神秘的なことが続いているのかもしれない。そう思うと、驚きながらも、何か安堵する気持ちになる。 

   (2014.02.07 中国新聞「広場」掲載)

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2014年2月 4日 (火)

「それぞれの20歳」

    岩国市  会 員   山下 治子

 
成人式の後「私の晴れ姿を見てください」と息子の恋人が突然やって来た。うれしいやら可愛いやら、振り袖姿に目を細める。彼女のお母さんが成人式の時にあつらえた物だとか。「姉たちもこれ着たんです」と屈託ないほほ笑み。
 
 素直な彼女に比べ、私の20歳はどうだ。一度きりの成人式ならスキー場で迎えたいと我を張り、母が縫った振り袖をよそに出かけてしまった。帰ると「友達が迎えに来たよ。みんなきれいになって」と責めるでなく着物をたたむ母。したたかな後悔がつきあがった。
 
 今更に思う。当たり前がよかった、と。
 
  (2014.02.04 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

 

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2014年2月 1日 (土)

「同級生」

     岩国市  会 員    樽本 久美

 
最近、中学時代の同級生との再会が多い。何となく中学時代は楽しい思い出がなく、毎年同窓会の案内をもらうが、欠席していた。
 
 同級生の活躍を知り、仕事で取材させてもらうことになった。新たな取材先を探すのに困っていたら、偶然別の同級生と再会。その人が他の人を紹介してくれた。そこに行くと、更にまた別の同級生がいた。現代版の「わらしべ長者」である。同級生がいろいろな場所で頑張っている姿を見ることはうれしい。人はみんなつながっているのだ、と痛感した
 
 今年は、同窓会に参加したくなった。
 
  (2014.02.01 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

  

 

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