« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年11月

2014年11月27日 (木)

紅 葉

      岩国市  会 員   上田 孝

 

山口と広島の県境を流れる小瀬川を遡ってもみのき森林公園に行った。紅や黄に色づいた木々が11月の快晴に映えて期待通りの美しさであった。思えば 若い頃は紅葉には目もくれず、もっぱら桜であった。職場の仲間とのにぎやかな花見から、家族での穏やかな花見、やがて夫婦だけの静かな花見と時を経て変遷するとともに、桜よりも紅葉派になってきたように思う。このごろでは散りゆく紅葉の方が心の深いところに染みると感じるのも、人生の坂を順調に下っている証しか。そこで歌の一旬でも詠める素養でもあればもっと深いものになるのだが。

 (2014.11.27 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2014年11月21日 (金)

コスモス揺れて

     岩国市  会 員   吉岡 賢一

 

 秋桜とも呼ばれ、多くの人から愛されるコスモスが、ヒヨヒヨと晩秋の風に揺れる様を目にするとき、無性に母の終焉が思い出される。
 百歳7カ月を生きた母が、痛みも苦しみも訴えることなく、一人静かに定めの道へ旅立ってから丸6年が過ぎようとしている。「もっともっと生きてほしかった」と心乱したあの頃を振り返ると、随分無理な注文をしたものだと反省する。あの時の別れが、母にとって精いっぱいの生涯を全うしたのだと今にして思えるようになった。 
 ついこの間のような気がするが、はや七回忌の法要を迎えた。
 (2014.11.21 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2014年11月12日 (水)

影武者

         岩国市  会 員   林 治子

 
友のやさしいぬくもりにすっかり長居してしまった。秋の日暮れは早い。バスを降りた時は暗くなっていた。外灯が届かないところは自然と足早になる。  

「ころぶよ。そんなに急ぐと。あぶない。あぶない」。どこかでそんな声がしたような。ますます速くなる。「ワンワン」。エッ、その声はキミ? 思わず足をとめ振り返る。誰もいない。

そのはずよ、あの日私の腕の中で逝ったんだもの。ドジばっかりしているから心配? 朝も顔をなめられるような気がし、はっとして目が覚める。まだまだ独り立ちは無理。もうちょっとだけ一緒に居て、お願い。

  (2014.11.12 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2014年11月 9日 (日)

路地踊り復活に期待

    岩国市   会 員    片山 清勝

 江戸時代から踊り継がれてきた岩国城下の盆踊りに「小糠踊(こぬかおどり)」がある。 
 太鼓の調子に合わせ、ゆったりした優雅な踊りで、昔は錦帯橋近くの路地踊りとして、夏の夜にあちこちで踊られていた。
 今は保存会の皆さんが引き継ぎ、盆踊り会場でしか見られなくなっている。「社会の変化で伝承が難しくなった」と、保存会長も将来を危惧している。
 踊りを復活させ城下町を盛り上げたい、と町おこしグループの呼び掛けで応援隊が結成され、踊り体験会が開かれたので見学した。
 踊りを懐かしむ高齢者に交じって、小学生の子連れが多いことに先々の明るさを感じた。
  「差し手引く手、出る足引く足」。踊りの基本が保存会員の指導で進む。練習の輪が何周かすると、手足がそろい踊りになる。
 世話人の「来年の夏に路地踊りをよみがえらせたい」という思いはかないそうだ。
 路地に太鼓の音が響くことを楽しみに待っている。

    (2014,11,09 中国新聞「広場」掲載)
        

| | コメント (0)

2014年11月 6日 (木)

DNA

    岩国市  会員    樽本 久美

 
毎日両親の病院通い。その間に、両親の家の片付け。きれいな紙袋や、ケーキのリボンや私からの手紙などたくさんの物。
 義理の妹と叔母と私で片付け開始。私は母のDNAをついでいるので「また使うかも」と思って捨てられないが、妹と叔母は気持ちいいくらいに捨てる。
3時間余りでごみ袋6枚がいっぱいに。もう少しで二人とも退院してくる。足のわるい母が安心してくらせる家にしなくては。
 主人は「親の介護ができるおまえは幸せだ」と。わが家の片付けはもう少し後になりそうだ。
 「澄んでいる空を見上げて手を合わす」
      (2014.11.6  毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2014年11月 4日 (火)

ほっぺたが落ちる

   岩国市  会 員   安西 詩代

 

「あんたは、ほっぺたが落ちそうになったことがあるかね?」と90歳の方から聞かれた。その方は戦中も戦後も食料難で毎日ひもじかったそうだ。何でもよいから満腹まで食べたいと思っていた。ある日、目の前に餅を出された。うれしくて夢にまで見た餅。一口食べるとほっぺたがジンジンしてすごく痛かった。「ほっぺたが落ちるかと思った」。やっと口にすることができる餅を見た瞬間、おいしさの経験がのどをうならせ、口の奥につばきが湧き、ジンジンとした痛みとなった。「ほっぺたが落ちる」は、ただのおいしさではなく、あの時代の悲しい現実の言葉だ。
  (2014.11.04 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2014年11月 3日 (月)

酷な文字

      岩国市  会 員   沖 義照

 

朝早く奥さんから作業着と革手袋を渡され、庭のバラ園の草取りを指示された。前日、草刈りバリカンで上っ面は刈ってあるので、根っこから引き抜く作業である。 
 草を抜き始めたが、硬い革手袋では細かな草はつまみにくい。軍手にかえて、根を指先でしっかりとつまんで引き抜く動作を何回も繰り返す。 
 この作業は草取りというよりも、草むしりである。「むしる」とは、つかんだ
りつまんだりして引き抜くことであるが、単に物をとるというのとは少し違う。「他人からむしり取る」といえば、強引に取り上げたような印象を受ける。
 「むしる」という言葉の意味はそれで納得がいったが、むしるという漢字を見てがくぜんとした。 
 「毟る」と書く。漢字を拡大して、しかと確かめてみると、なんと「少ない毛」といおうか「毛が少ない」といおうか、「毛」という字の上に「少」という字が、
今にも滑り落ちそうになって乗っかっているではないか。

 最近、とみに頭頂部が薄くなり始めたのを気にしていたが、洗髪の後の無駄なマッサージでひょっとすると毟りとっていたのかも。その結果、文字通り毛が少なくなったということか。
 辞書によると「毟る」という漢字は中国から伝わってきたものではなく、日本で作られた国字だという。なんとも酷な字を考え出した日本人がいたものだ。
   (2014.11.03 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

| | コメント (0)

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »