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2015年7月

2015年7月29日 (水)

買い物メモ

   岩国市   会 員   林 治子

 近所のスーパーが閉店した。そんなに利用度がないと思っていたが、なくなってみると、不自由が身にしみる。ちょっと買い足したいとか、忘れた物を買わねばと走り、意外に重宝していたのだ。
 スーパーといえば、メモを見ながら買い物する人を見てはいつも感心している。私には、そういうこまめな習慣がない。思いついたら買い物袋を片手に飛び出す。道すがらあれこれ考える。お店で今日のサービス品と言われると、つい別物を買ってしまう。
 そのため、家族が食べたいという希望の献立から、えらく離れた料理になることも、しばしばある。私も必要な物をメモして買い物に行く習慣を身につけなくてはと思う。
 ある日、しっかりとメモして出掛けた。何度も何度も見直して念を押した。それなのに、スーパーに着き財布からメモを取り出そうとしたら、ない…。出掛ける前にメモを入れたはずなのに。入れ間違いをしたかと、袋の中をあちこち捜してみるが、見つからない。
 かなり時間をかけて、ほぼ思い出したが、あと一つがどうしても思い出せない。暗い気分でレジに並ぶ。顔見知りのレジの女性に「メモを忘れて、どうしても何を買うのか一つ分からない」と話した。  
 「メモは家でお留守番しているよ」。彼女の一言は、私の失敗を大笑いに変えた。

     (2015.07.29 中国新聞「こだま」掲載)

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2015年7月25日 (土)

妻を癒やすアサガオ

    岩国市   会 員   片山清勝

 数年前の夏、体調を崩した妻が毎朝、楽しみにしたのはアサガオだった。カーテンを開け、しばらく眺めることが日課になった。花と妻が会話しているように見えた。朝顔の花が終わる頃、体調は回復した。
  「来年も咲かせたい」と妻は採種を促した。癒やしてくれた花への感謝の思いだろうと思い、よく膨らんだ種を残した。次の夏もよく咲いた。それからは毎年、採種し、翌年に種をまき、苗を育ててプランターへ移植して咲かせている。
 今年も梅雨入りの頃から咲き始めた。妻は、あの夏と同じように、カーテンを開けるのを毎朝の楽しみにしている。
 晴れた日の朝夕、水やりをするくらいで、特別な手入れなどはしていない。それでも、細いつるのどこに力があるのか、その伸び方に感心する。
 伸びれば花の数も増えてくる。そんな自然の力に癒やしの力があるのだろう。来年は花数を増やす工夫をしよう。妻の背中越しにアサガオを眺めながら思う。

        (2015.07.25 中国新聞「広場」記載)   

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2015年7月17日 (金)

動 く

  岩国市  会 員   樽本 久美

 両親の介護をしている私が、父に「病気には音楽療法がいいよ」と先生がいっていたよと話した翌日、父がアコーディオンを引っぱりだしてきた。デイサービスに行きたがらない父がとった行動は、特技のアコーディオンで、指の体操をして、デイサービスで演奏をするとのこと。一石二鳥だ。「やったあ」。今まで何度もデイサービスに行ってと頼んでもウンともいわなかった父が、自分から動き出した。83歳まだまだ大丈夫。何度も三途の川を渡りかけた父。もう少し時間がありそうだ。「私のできることは何でもするね。お父さん」。楽しみができたね。

   (2015.07.17 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2015年7月16日 (木)

届いてますか

        岩国市  会 員   森重 和枝

 

 私の一日は、手紙を書くことで終わる。400字びっしりが2枚になる時もある。
 61歳で急逝した夫宛てに、書きだして18年になる。定年を前にUターンし、義母と同居した直後だった。想定外の状況になった後は、お互いを思いやる余裕はなく、不安と寂しさで泣きながら書いた日もあった。息子を先に送った母の悲しみは、私以上だと思えるようになったのは、隨分後になる。
 残された者同士、仲よく暮らそうと頑張ってきた私の記録でもある。義母も、夫の分まで生きてくれるようで、100歳になる。今夜も、彼岸の人に出す。
   (2015.07.16 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2015年7月11日 (土)

記憶の糸

       岩国市  会 員   安西 詩代

 

最中の菓子箱を開け、おもむろに1個を取り出した姉は、蓋をしっかり閉めて横に置く。最中を一心に見つめモクモクと食べ始めた。私が「おいしい?」と聞くと小声で「おいしい」とうつむいたままうなずく。
 自分が食べる前には必ず「どうぞ、おあがんなさい」とすすめる人だった。18歳も離れている姉だが、一途に食べる姿は、幼子のように可愛い。
 きっと昔は、幼い私を慈愛をもって眺めてくれたに違いない。記憶の糸は細くなってはいるか、今は、まだ彼女の中では私は妹。
 いつまでも、いつまでも妹でいられますように。

  〈2015.07.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載〉

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2015年7月 8日 (水)

荒れる出梅

    岩国市  会 員   稲本 康代

 

「うっとうしいですね」「私は結構好きな季節なんですよ。梅雨は紫陽花の色合いとともに季節の移り変わりが感じられて新鮮ですよ」。意外な答えにびっくりしながら、なるほどと納得した、隣の奥さんとの会話である。  

「静かな入梅から、荒れる出梅」といわれ、梅雨は夏を過ごすための水をもたらす、ありがたい降雨と教えられていた。

が、最近の雨の降り方は、そんな風情を、打ち消す。降れば豪雨で、それも局地的であり、テレビを見ては土砂災害の心配ばかりしている。できることなら、路傍に咲く紫陽花の変化を眺める梅雨であってほしい。

   (2015.07.08 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2015年7月 3日 (金)

後味

   岩国市   会員    山本 一

 自治会行事で近くの川底の除草作業があった。
 刈り取った草を、4㍍ほど上の道に上げるのが主な作業である。
 私は足腰が悪く、この作業は毎年苦痛である。特に今年は痛みがひどい。欠席届を出したが、あいにく輪番制の班長だ。「何かあったら責任が果たせない」と心配になり、痛む足を我慢しながら見回りに出かける。が、一人だけぶらぶらしているようでどうにも具合が悪い。
 「足が痛いので不参加料を払って欠席しています。班長なので見回りに」と出会う人ごとに言った。
 七十路を超えてなお小人。言い訳する自分が恥ずかしい。

         2015年 7月 3日  毎日新聞「はがき随筆」 掲載

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2015年7月 2日 (木)

小さく撮ってね

  山陽小野田市  会員   河村 仁美

 「はい、これ」と主人が集合写真をもらってきた。
ウイークポイントのメタボ腹が前列の人で隠れているし、顔が小さいので写真ではすごくやせて見える。
 私はといえば、身体は標準サイズだと思うが顔が大きい。身体を斜めにし小顔に見える努力はしているが、効果はなく写真では太って見える。
 昔、大きいことはいいことだというCMがあったが、顔が大きくて得したことは今までない。
 もうすぐ30年ぶりに大学の同窓会に出席するが、写真写りが心配でたまらない。
 健康的でいいじゃないと言ってくれる人もいるが、女心は複雑だ。

       
                2015年 7月 2日  毎日新聞「はがき随筆」 掲載


 

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2015年7月 1日 (水)

6月の墓参

   岩国市   会員     吉岡 賢一

 家族が増えるという喜びと期待に胸を膨らませた第2子の誕生。
 予定日は7月半ばであった。
 6月に入って間もなく「お腹が痛くなった」という妻を急遽病院に搬送。
深夜2時、体重900グラムの超未熟児は、歓喜の産声もなく、この世に生を受けてわずか30分という短い生涯であった。
 悲嘆にくれる分娩室の妻に贈る言葉を探したが、何を思っても言葉にならない。
手を取り合いひたすら夜明けを待った。6月の早い夜明け、差し込む光と風に救われた。
 無念さと申し訳なさをお供えする6月のお墓参りは、夫婦の原点に返るひとときでもある。

       2015年 7月 1日  毎日新聞「はがき随筆」 掲載
 

 

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