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2015年12月

2015年12月31日 (木)

若水に願いを

 
   岩国市  会 員   沖 義照

 仕事を辞めて十年余りが経つ。現役時代には気が張っていたせいか、大きな病気などすることなく元気に過ごしてきた。

ところがこの2年間で2度も入院手術をした。幸運にも、いずれも大事に至ることなく無事に退院することができた。

健康面で色々と思い悩むことの多かった一年に別れを告げ、新しい気持ちで元旦を迎える。

かつては過分なことを願ったこともあった神棚に若水を供える。年を重ね、なんとか病を乗り越えてきた今は違う。

10億円の宝くじよ当たってくれなど多くは望むまい。ただ元気でさえあればと。

   (2015.12.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2015年12月29日 (火)

わあ上手

    山陽小野田市  会 員  河村 仁美

 子育て中は成長を楽しむ余裕がなかったが、孫の成長は楽しくてたまらない。2歳になった孫は、お箸でご飯を食べたり、着替えもひとりでできるようになった。できるたびに「わあ上手」を連発していたら、娘は「ほめてもらえると思って何度も同じことをするのはだめよ」と孫に教えている。

 従妹が大ばあばにだっこされているのを見た孫が、ばあばに代わりにだっこするように言いだした。どうするのか見ていたら、空いた膝の上にすばやく座ると大ばあばにぎゅっと抱きついた。お兄ちゃんになったと思ったけれど、甘え方がわあ上手。

   (2015.12.29 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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犬が来た

 岩国市  会 員   角 智之

 平成15年1月に飼っていたハスキー犬が死んだ。

 その後ペットとは無縁だったが、最近、娘が面倒を見ている犬の飼い主が継続して飼うことができなくなり、里子に出したいとの相談を受け、ケージなどの飼育道具一式と共に、わが家へ婿入りし、2度目の犬との暮らしが始まった。フレンチブルドッグという小型犬で、黒い顔に飛び出た目、低い鼻など愛嬌満点。ムダ吠えが少なく近所迷惑にならないのがよい。

 飼い始めたら命が尽きるまで面倒を見なければならないが、まだ10カ月程度の幼犬。自分の体がそれまで持つのか、心配事が増えた。

   (2015.12.29 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

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2015年12月28日 (月)

妻の鶏料理 毎年好評

   岩国市   会 員   山本 一

 今年も妻が2羽の鶏を丸焼きにした。1羽は京都府に住む長女へ宅配便で送った。もう1羽は近くに住む次女の一家がわが家に来て一緒に食べる。わが家のクリスマスの恒例行事だ。
 私がこのローストチキンを初めて食べたのは婚約中の頃で、妻の家だった。腹に詰めたパンと砂肝が、とてもうまかった。
 以来、妻は毎年この時期にローストチキンを作る。材料は、なじみの肉店があらかじめ準備してくれる。
 嫁いでいる娘たちも妻に期待するが、いずれも夫が食べたかっていることを口実にし、なぜか直接「作ってくれ」とは言わない。
 妻の弱いところをくすぐってやらせている。妻もぶつぶつ言いながら、毎年、楽しそうに焼いている。妻と娘たちの、あうんの呼吸が面白い。
 妻の母はハワイ暮らしが長く、この料理は、母から受け継いだものだ。そして今、妻のローストチキンは娘たちにとって母の味なのだ。ふと、父親は娘たちに何を残せるのだろうと自問した。

     (2015.12.28  中国新聞「広場」掲載)     

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2015年12月21日 (月)

登校の児童から元気

    岩国市   会 員   片山清勝

 朝7時を少し過ぎると、登校する児童らの元気な話し声が裏通りにも響きはじめ、活気が漂う。
 最低気温が5度を下回った朝なのに、白い運動着の半袖と半ズボンの姿で登校する児童が大半だ。でも、寒そうな様子は少しも見せない。
 近所で誘い合う申し合わせなのか、上級生、下級生の混在したグループで登校する。そのまとまった様子に何か安心感を覚える。
  「おはようございます」。どの子も語尾まではっきりした、あいさつをしてくれる。一日の始まりの元気を児童からもらう。
 ほとんどの子が、ランドセルのほかに大きな袋や用具を提げている。水筒も持参していて、1年生には少し重そうに見える。 
 下校時も、元気な話し声は朝と同じ。疲れた様子は見せない。時には道草を楽しんでいる。子どもらしい姿にほっとする。
 年末年始、けがをせずに過ごし、年明けに、少したくましくなった姿を見せてほしい。   

      (2015.12.21 中国新聞「広場」掲載)

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2015年12月17日 (木)

木守柿

   岩国市   会 員   片山清勝

 柿の渋抜きにはいろんな方法がある。焼酎やドライアイスを使う知人もいる。わが家では、皮をむいてひもにつるし、風通しのよい軒下で陰干しするだけだ。渋が抜ける理屈は、よく分からない。
 ことしも干し柿を作った。ふと、祖母の「熟すまで待つ渋抜き」を思い出した。まず、木箱に、青く硬い渋柿のへたを下にして並べる。もみ殼で覆い隠し、ふたをして、そのままにしておく。何も加えない、何も引かない。閉ざした木箱の中で、もみ殼の働きは未知の世界である。
 祖母がふたを開けるのは年が明けてからだ。心待ちの一瞬。温かいもみ殼を除抜くと赤い熟柿が姿を現す。小さな赤富士が並ぶようで、不思議な物を見るような気がした。
 干し柿は渋が抜け始めると色が変わる。黄土色になり、甘味も出始める。やがて渋い頃のみずみずしさを失い、乾いた果物に変わる。祖母流だと、赤くなって渋の抜けた皮に少ししわが出るが、形は箱詰めした時の円すい形のままだ。だから赤富士に見える。

 子どもの頃、庭の柿の木に必ず実を一つ残すことを祖母は守らせた。翌年の実りを願う「木守柿」。呼び名を知ったのは小学6年の時。祖母の亡くなった年である。
 木守柿。赤富士に似た熟柿。そこには見えない何かを敬うものがある。
 熟して、とろっとした果肉のうまさは、もちろん、今も覚えている。来年は祖母流に挑戦してみようか。

    (2015.12.17 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2015年12月12日 (土)

母を越える日

    

岩国市  会 員   吉岡 賢一

 取るに足らないチンチロ店ではあるが、衣料品店オーナーとして電卓片手に85歳まで現役を通した。そんな母の引退後の緩やかな人生に彩りを添えた小物箱が出てきた。直径15㌢もある大きな手鏡、首掛け式拡大鏡、老眼鏡、実用字便覧、針の糸通しなどがぎっしり。
 母の注文に応じて妻が買ったり、私が探し求めた品々で、一つひとつにそれぞれの思い出が詰まっている。物言うはずのない小物なのに「しっかり生きんさいよ」と母の激励が聞こえるような。「心配せんでもいいよ」とは、丸7年たった今でもなかなか言い切れないなー。
   (2015.12.12 毎日新聞「はがき随筆」掲載)
 

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2015年12月10日 (木)

もやう

 

  岩国市  会 員   沖 義照

 定期健診のため、かかりつけの病院へ朝早く出かけた。すでに待合室は患者でいっぱいである。受付を済ませ、カウンターの前にある3人掛けの椅子の真ん中がひとつ空いていたので座った。

その直後、80歳くらいの小柄な婦人がつえ代わりの小さな車を押して受付を済ませ、私の目の前で座るところを探すように辺りを見まわしている。空席がないことは分かっていたので、席を譲るために立ち上がろうとしたが、見ると両隣に座っている人と私の間には結構な空間がある。少し右に寄れば左に小柄な婦人なら楽に座ることはできそうだ。

「ここにどうぞ」と言いながら空けた場所を指すと「すみませんねえ」と会釈をしながら座った。左に座っていた女性も少しよけてくれた。 

 3人掛けの長椅子に4人が座る格好となった。婦人は椅子のつなぎ目に座っている。「大丈夫ですか?」と声をかけると、反対側の耳を私の口元に寄せてくる。「耳が遠いもんで……」と言うので、にっこり笑うだけで返事をすることなくそこは収めた。

すると「最近はこんなに親切な人はいません」と周りに聞こえるような声でいう。周りの人に対してちょっと気まずい思いはしたが、まあよかろう。

待合いの時間が長いとき席を譲るのは大変だが、少し狭くなっても、もやうことなら簡単だ。「もやう」、子供のころよく使ったやさしい言葉を久しぶりに思い出した。
  (2015.12.10 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

 

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2015年12月 9日 (水)

折り鶴

    岩国市   会 員   林 治子

 朝刊「こだま」欄に掲載された菅原静喜さんの「折り紙」を拝読した。以前、大阪に住んでいた頃、何の気なしに見ていたテレビの一こまを思い出した。
 それは、折り紙の特集たった。普通の折り紙より数倍大きくて、材質はかなり軟らかい物を使っていた。素人目には、ただ、ぐしゃぐしゃと紙を丸めているように見えた。      
 本当は必要な折り目をあちこちとつけていて、しばらくすると、見事な象が出来上かっていた。私は、ぽかんと口を開けて見たような記憶がある。
 私は、鶴しか折ることができない。その時、折り紙は結構大変な世界なんだと感じた。
 数年たって生まれ故郷に帰った。幼なじみの一人のお宅にお邪魔した時、折り紙のバラやキキョウなどが飾られた玄関のげた箱の上は、まるでお花畑のようだった。 「いろいろなものが折れるのね」と手に取ってじっと眺めた。
  「サークルに入って、皆さんと仲良く折り紙を楽しんでいる」。彼女はうれしそうに話された。ますます腕にも磨きがかかることだろう。いい趣味だとうらやましく思った。
 もう一人の友は、鶴をたくさん折っておられて、ことしのある展覧会では賞をもらわれた。細かい鶴の動作など、根気のいる作品であった。
 2人とも、私の大事な友人。折り紙は奥が深いと口をそろえる。私には作るのは無理だから、すばらしい作品を見て楽しんでいる。

     (2015.12.09 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2015年12月 5日 (土)

野良猫のつぶやき

     岩国市  会 員   山本 一 

 私は野良ネコ。私の根城に住むゴマ爺とのバトル。
 
ゴマ爺とは私が付けたあだ名。胡麻塩頭の老いぼれだ。一見優しそうだが、私を見るなり威嚇する。ばかにして動じないと、棒でたたこうとする。動物愛護のつもりか老いからなのか、深追いしないから平気。敷地の通路に網を張り、障害物を置いたりして、私のトイレを妨害するが、私の跳躍力には無力だ。電気の猫除けもすぐに慣れた。
 ある日、ゴマ爺が奥さんに言っていた。「どこの家も追い払うけど、野良猫も住む所がいるよなー」。意外に優しいことを言うが「飼う」とは言わない。
  (2015.12.05 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

 

 

 

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2015年12月 4日 (金)

ラグビー好き

      岩国市  会 員   上田 孝

 日本がワールドカップ1次リーグで3勝を挙げる活躍をしてラグビーがひとしきり話題になった。五郎丸選手のキック前のポーズを子供たちもまねているという。

 昔からラグビー観戦が好きだ。自分より前にパスをできないなど禁欲的なところがいい。禁欲的といえばその最たるものが、トライで得点をあげた時。サッカーのように派手に喜びを表さず、淡々とむしろうつむき加減で自陣に引き揚げる姿が何ともかっこいい。いや、かっこよかった……。

 最近は、派手なパフォーマンスが目立つようになってきて、ちょっぴり残念だ。

      (2015.12.04 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2015年12月 2日 (水)

友人の夫 元気とばかり……

        岩国市  会 員   林 治子

 
大阪に住む友人から喪中はがきが届いた。ご主人が今年3月に75歳で亡くなったとの知らせだった。
 
 友人夫婦は、私が大阪にいた頃のご近所さん。犬友だちから始まり、親しくしていた。ご主人は大工で、明るくはつらつとした印象の人だった。16年前に私が山口県に引っ越した後も年賀状のやり取りは続き、変わらず元気に暮らしているとぱかり思っていた。
 お悔やみを伝えようと電話をかけると、友人が出た。聞けば、ご主人は持病の腰痛が悪化し、大工をやめてから認知症を患ったそうだ。彼女は看病を続けながら、家計を支えるためのパート勤めもしたという。
 涙声でつらそうに話していたけれども、彼女の「スープの冷めない距離に2人の息子がいてくれるので、本当に助かる」との言葉にはほっとした。
 お互いの健康を祈り、来年会う約束をして受話器を置いた。
  (2015.12.02 読売新聞「私の日記から」掲載)

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木守り柿

       岩国市  会 員   稲本 康代

 

 たわわに実った柿を収穫したとき、全部取らずに一個だけ残しておく習わしがある。それを木守り柿という。来年もよく実りますようにとの願いが込められているのだとも、鳥たちへのお裾分けだとも言われている。 
 我が家の裏にも、いつ植えられたか誰も知らない富有柿が、一本ある。今年は数えきれないぐらい、たくさんの実をつけた。

 が、今は木守りの一個だけである。
 夕暮れ時、丸坊主になった柿の木のてっぺんに、小さくぽつんと赤い実が残っているのを、見上げていると、やがて訪れる厳しい冬を思う。
   (2015.12.02 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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