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2016年8月

2016年8月29日 (月)

嫁や孫を平和ガイド

    岩国市   会 員   横山恵子

 先日、広島市内に住む嫁から「子どもたちを連れて、原爆資料館(広島市中区)に行ってみたいです」といううれしいメールをもらった。
 孫たちは6歳と4歳。どれだけ分かるかなと思ったが、焼けた三輪車や全身やけどの写真などを、びっくりしたような面持ちで見ていた。夏休み中でもあり、オバマ米大統領の折り鶴効果で館内はいっぱいだった。
 平和記念公園では原爆投下前の写真を見せて「こんなに多くの人たちが住んでたんよ。ここを公園にする時は、たくさん人のお骨や茶わんなどが出てきて、人々は涙を流したのよ」と話した。
 被爆したアオギリ、峠三吉詩碑、原爆供養塔…。酷暑の中、元気いっぱい平和の鐘を突いた。ピースボランティアを始めて6年余り。孫をガイドする日が来るなんて、感無量たった。
  「戦争ほどむごいものはない」と常々言っていた亡父の思いを少しずつ伝えてやりたい。小さな手を合わせて祈る姿を見て、平和を築くのは大人の責任と思った。

     (2016.08.29 中国新聞「広場」掲載)

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2016年8月26日 (金)

家族会準備 老い実感

    岩国市   会 員   山本 一

 お盆の14日、猛暑を突いて、わが家の庭で毎年恒例の家族会を開いた。
 この準備が本当に大変だった。毎年朝から私1人で会場の準備をするが、今年はとりわけつらかった。
 炎天下、机5卓、いす13脚を運んで汗が滝のように流れ落ち、30分ごとに給水しながらの作業。昼前になると、くらくらしてきた。
 参加者は大人10人、子ども3人。父母は他界し、きょうだい4人を中心とした私方の家族有志である。
 食事の準備を一手に引き受けている妻は血縁がない。その分、気分的に私よりもっと苦痛だったかもしれない。
 翌朝の庭の片付けは、次女の夫が早朝から加勢してくれ、それでも昼までかかった。この結果を踏まえ、これまで続けてきた家族会を今年で終わりにすると皆に連絡した。
 これまでできていたことが、また一つできなくなった。老いていく過程の一こまだと思うと何だか寂しい。

     (2016.08.26 中国新聞「広場」掲載) 

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2016年8月16日 (火)

「屋」の技で

    岩国市  会 員   片山 清勝

 「今の時代『や』ではやっていけん」という店主。「や」を聞き返すと「屋」だという。
 本屋、肉屋、呉服屋、薬屋、時計屋、傘屋、まだいくつもあるが、昔からの店は商売内容の次に屋をつけて呼んでいた。そんな商店街をひっくるめた大型店舗が郊外にいくつも進出する。それに連れて客は減り閉店は相次ぎ寂れていく。
 動かなくなった時計を持ち込む。しばらく眺めて「修理、やってみましょう」と店主は笑顔。「屋」ならでこその積み重ね磨き上げた技術が戸閉(とだて)の奥に潜んでいる。これをシャッター開けの鍵にして盛り返せ。
  (2016.08.16 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2016年8月15日 (月)

命日の墓掃除

      岩国市   会 員   片山清勝

 私は両親と祖父母の命日前に墓掃除を欠かさない。墓参りも年に十数回は行く。ことしは祖母の命日の前に都合がつかず、当日の朝早く出掛けた。「おばあさん来たで」。墓に向かって語りかけて掃除を始めた。蒸し暑い日で、すぐに額から大粒の汗が流れ出て目に入る。拭っていると、あの日に大汗をかいたことを思い出した。
 それは60年以上前のこと。小学6年だった時、病気で伏せていた祖母の容体が急変した。私は、仕事から帰っていた父の言い付けで、出先にいた母に連絡するため出掛けた。ようやく乗れるようになった父の自転車をこいで急いだ。
 私から祖母の様子を聞いた母は出先の車で家まで送ってもらったが、私は来た道を再び自転車で帰った。家に着くと、「雨に降られたか」と言われるほど、汗で全身はびっしょり。往復とも夢中で自転車をこいたためだ。その晩、私は初めて、人の臨終に直面した。
 祖母のことしの命日に掃除を終えた時、黄色いチョウが墓の上を飛んだ。祖母が「ありがとう、安心した」と伝えによこしたのだろう。家を継いで半世紀。父の享年を20年超えた。先祖の墓守は、私ら夫婦の当たり前の日常になった。

     (2016.08.15  中国新聞「洗心」掲載)

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2016年8月14日 (日)

カヌー銅 感動の光景

   岩国市   会 員   片山清勝

 リオデジャネイロ五輪で日本選手のメダルラッシュが起きている。中でも興味が湧いたのは、日本の五輪カヌー史上初めて表彰台に上がった羽根田卓也選手だ。
 羽根田選手は北京五輪では予選敗退、ロンドンでは7位、そして今回、男子カナディアンシングルで銅メダルを手にした。3位決定の瞬間か印象深い。
 羽根田選手は、カヌーの上で感無量の涙を、はばかることなく拭い始める。他の競技のように、祝福に駆け寄る人はいない。
 すると幾艘ものカヌーが静かに近づき、羽根田選手を笑顔で祝福した。
 これまで、五輪で多くの場面を見てきたが、今回の外国人選手たちの祝福の場面には胸が詰まり、これぞ 五輪と感じた。
  カヌーの本場ス
ロバキア に単身で渡って苦節10年、世界中の多くの選手と交流を重ね競い合ってきた。
 そこで培ったパドルさばきが初のメダルをもたらした。今後の日本カヌー界の流れをつくってほしい。

     (16.08.14 中国新聞「広場」掲載)

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2016年8月 2日 (火)

愚直な柱時計

  岩国市  会 員   沖 義照 

 フリーマーケットで箱の一部が欠けた、ほこりだらけの古い柱時計を見つけた。「ネジを回したら動くよ」という店主の言葉を信じて買って帰った。
 歯車の付いた機械を取り外して、ほこりを払い油を差した。 ねじを巻いてダイニングの壁にかけると、カチカチと心地よい規則正しい音を響かせた。
 時の数だけボーンボーンと音も出す。「やかましいわねぇ」との奥さんの一言で、2階の書斎で休ませておくことにした。
 ある日、柱時計を取り出して掛けてみると、数分動いたと思ったらすぐに止まってしまった。機械を取り外してはみたが、油を差す以外に何もすることができない。
 組み立てて掛けてみるが、しばらくするとやはり止まる。箱をたたいても揺すっても動かない。
 左右に振れる振り子を正面から注意深くじっと眺めていると、あることに気がついた。外箱は水準器を持ち出して垂直に掛けているのに、振り子が機械のわずかに左寄りで往復している。機械が少し斜めに傾いて取り付けられていることが分かった。
 どうしてそのようになってしまったのか理解できないまま、振り子が機械の中央で左右均等に振れるように取り付けると、止まることなくうまく動くようになった。
 ほんの少し傾いただけで、てこでも動かない。そんな愚直で不器用な柱時計が、かっての私に似ているような気がして急にいじらしく思えた。今日も2階で時を刻んでいる。
   (2013.08.02 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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