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2016年9月

2016年9月30日 (金)

箸を正しく持ちたい

  山陽小野田市  会 員   河村 仁美

  身だしなみよりも、学歴よりも周りの人をがっかりさせるのが箸を正しく持てない人だと言われる。恥ずかしながら、お箸の使い方に自信がないまま、この年まで来てしまった。だから、食事シーンでは料理よりも箸の持ち方に目がいってしまう。
 ヒマワリの種を箸で隣のお皿に運ぶゲームを見ていたら、優勝した人が「おばあちゃんのおかけです」とコメントしていた。聞きながら次女に箸の持ち方が上手な理由を聞いた時のことを思い出した。「おばあちゃんの箸の持ち方が上手だから、持ち方をずっと観察したの。そして同じように持てるように練習したの」というではないか。
 3歳の孫は婿さんのおばあちゃんの特訓のおかけで2歳から箸を上手に使いこなす。
 箸を使う機会は毎日のようにあり、一生関わり続ける。今まで何度となく試みながらも克服できなかったが、孫に負けないように今年こそは直してみたいと敬老の日に思った。  
  (2016.09.30 毎日新聞「みんなの広場」掲載)

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2016年9月21日 (水)

夏の花

   岩国市   会 員   片山清勝

 「来年もこの朝顔を咲かせたい」 
 体調を崩した妻の夏の一日は、起きがけにカーテンを開け、朝顔に話し掛けて始まった。早朝のすがすがしい空気と一緒に花から元気をもらうようだった。
 花が終わると、種を取り春にまく。苗を育てプランターに移植する。ネットを張って咲くのを待つ。これを繰り返して10年近くになる。
 今年の夏は、これまでにない、いやに大きな一輪がついた。不思議に思い、咲き具合を観察した。なんと、円すいでラッパ状に咲くはずの花が、らせん状に咲いた。もしや途中でちぎれたかと調べるが、自然にらせん状になっていた。花の周りに特に変わった様子は見当たらなかった。
 思えば、この春、種をまきながら妻と話したことがある。
 「そろそろ新しい品種と入れ替えるか」
 その会話を聞いた1粒が、驚いて変異したのかもしれない。いじらしくて、今年も採種を約束した。
 朝顔は夏の風物として古くから栽培されている。つるは細くても暑さに負けず、懸命に伸び続ける。そんな姿に人を癒やす力が備わっているのだろう。
 花は夜明けに咲き、日差しには逆らえず、夕方には花の形を保てていない。花びらを巻き込むようにして短い半日の生涯を終える。
 それでも、代え難い和みをくれる朝顔だ。私がしてやれるのは、今年も朝夕の水やりしかなかった。
 夏を過ぎて夏を思う。

     (2016.09.21 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2016年9月17日 (土)

母からの宿題

      山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 

母が亡くなり、実家のあちこちから出てくる整理されていないむき出しの写真を持ち帰った。改めて見ると自分の知らない母の一面を発見し、一緒に撮った写真はその時のことを鮮やかに思い出させてくれた。

アルバムに整理すれば一緒に眺め母のことを語りながらしのぶ役割をしてくれるはずだ。そう思い、母の歴史の詰まったアルバム2冊を作製し、四十九日に実家に届けた。残ったのは社交的で忙しく飛び回っていたので日付の分からない旅行写真の山。思い出に順番はないと整理している。

彼岸までには宿題をやり終えたいな。
   
2016.09.17 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2016年9月14日 (水)

復活の小糠踊 活気を

   岩国市   会 員   片山清勝

 子どもたちの2学期が始まり、元気な声が通学路に戻ってきた。夏休みにはどんな思い出を残したのだろうか。私は、地域に残る伝統芸能に参加した子どもらの姿を思い出す。
 それは小糠踊。太鼓と笛の音に合わせたゆったりした踊りで、基本は「差し手引く手、出る足引く足」と上品な振り付け。藩政の頃から岩国城下の子女の間で親しまれ、錦帯橋周辺で踊られてきた。
 昭和半ばを最後に、路地での踊りは一時途切れていたが、昨年、地域を活気づけようと応援隊が結成されて復活。夏の一夜、錦帯橋近くの小さな通りいっぱいに踊りが繰り広げられた。
 復活2年目の今年は、小学生の「子供こぬか連」と 「中学生連」も結成。地元の児童生徒が継承の担い手を志し、練習を重ねてきた。
 子どもらが浴衣を着て保存会メンバーと歩調を合わせて踊る姿に、地域芸能の良さを改めて思いつつ、受け継いでくれる連の踊り子らにエールを送った。

    (2016.09.14 中国新聞「広場」掲載)
        

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2016年9月11日 (日)

恩送り

   岩国市   会 員   山下治子

 病院へ健康診断を受けに行くと、顔見知りで保健師のNさんも受診されていた。
  「どこか具合でも」
  「しっかり健診を受けましようと言っておきながら、勧める側の者が受けてなかったら、物申せないから」
 真面目な彼女らしく、きっちり仕事を踏まえてのことだった。感心していると、手帳に挟んだ新聞の切り抜きを取り出された。
  「あなたのこの文章、集会などで使わせてもらっていますよ」
 それは、広場欄に掲載された「母の日には『恩送り』」という私の投稿だった。
 辞書に「恩返し」はあるが、 「恩送り」はない。お世話になった方へ親切を返そうにも返せない場合、代わりに誰かにその恩返しを受けてもらう。送られた次の人がまた次の人に送り、たくさんの人たちで送りつないでいく、という意味を持つらしい。
 親代わりのような姉が5年前、教えてくれた。その時、母の日に送り続けた感謝の鉢植えを断って、「その分、義援金として被災地に」とのことだった。以来、私は東日本大震災と先頃の熊本大震災の被災地へ、つもり貯金やつり銭貯金でためたわずかな分を送らせてもらっている。
 私の投稿に共感してくれた人が身近にいたと知って、驚いた。恥ずかしくて、うれしくて、大きな励みになった。

     (2016.09.11 中国新聞「こだま」掲載)

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2016年9月10日 (土)

郷愁誘う風景 残して

    岩国市   会 員   角 智之

 「赤い花なら曼珠沙華・・・」。歌にも歌われているように、ヒガンバナは秋を代表する赤い花である。
 この花は、浄土と現世をつなぐと言われ、お釈迦花、天蓋花、ろうそく花など仏教に関する別名が多いのも興味深い。
 田舎で暮らしていた小学生の頃、近所の幼なじみと花束にしたり、花茎を小さく折ってちょうちんを作ったりして遊んだ。
 会社勤めの頃、通勤電車から眺めた水田の石垣に群生した風景は見事で、市街地では見ることのない情景に郷愁を覚えた。
 わが家の近くに群生する場所があったが、団地造成と道路拡張工事でコンクリート整備され、数少ない自生場所が失われた。
 最近、新聞やテレビで報道されているように、小規模集落は村ごと消滅の危機に直面している。
 人々の暮らしと密接に関わったヒガンバナが咲き乱れる棚田の風景を、ぜひ残してほしいと思う。

    (2016.09.10 中国新聞「広場」掲載)

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2016年9月 6日 (火)

アシメ

 岩国市  会 員   安西 詩代

 「何よ、その髪」。孫2人に会うと同時に笑った。2人の前髪が斜めに切ってある。下の孫息子は母親が切っている。「お母さん、下手ね」と言うと「うん、いやなんよ」。高校生の孫娘は自分で切ったそうだ。「2人とも変よ。ばあちゃんが揃えてあげようか」。上の孫が「これ流行っとるんよ。アシメというんよ」という。アンシンメトリー(非対称)の略らしい。
 流行と言われると、そうかというほかない。リオ五輪の閉会式で日本紹介時のダンサーの髪がアシメだった。やはり流行っている!
 ついていけぬ事が多い。アシラ(あ~知らん)だ。
   (2016.09.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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