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2016年11月

2016年11月26日 (土)

幸せな人

 岩国市  会 員   稲本 康代

 

 朝7時すぎに電話が鳴った。「おはよう。今日は77歳の誕生日だね」「ありがとう。今年は皆さん、喜寿ですね」。主人の同級生の親友からである。

 「還暦の時は皆でハワイに行ったね」「総勢10人で楽しかった! ハナウマで泳いだりしました」。思い出話をひとしきりし彼は「仏さんに線香を立てて拝んでおいてね」と言う。「了解! 毎年すみませんね」
 主人と彼は1日違いの誕生日である。亡くなって、もう15年もたつのに彼は毎年、電話を入れてくれる。遺影に「あなたは幸せな人だね」と語りかけると、うれしそうに笑ったようだ。

  (2016.11.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載) 

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錆びついた人生観

         岩国市  会 員   山本 一

  紙コップにコーヒーを注ごうとして、大きくこぼした。
 隔週日曜日に妻が玄関先でパンの店を出している。来客者が自由に飲めるようポットとミニ紙コップを置ている。これまで時々テーブルが汚れていて「やり方が悪い」と思っていた。が、ポットは水筒型だ。大型のコップに注ぐようにできていて、口径が小さいとダメなのである。
 過去5年間、同じやり方でずっとお客様を困らせ続けてしまった。「やってみないと分からない」という自分が大切にしていたはずの人生観が錆びついてしまった。
            (2016.11.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)  

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2016年11月23日 (水)

検便とがん

     岩国市   会 員   片山清勝

 高齢者の仲間入りをした頃、家庭医から検便を勧められた。それから年1回、受けるようになった。数年が過ぎた。検便の判定に基づいて諸検査を受けた。大腸がんで手術が必要、と診断された。
 紹介先の主治医から手術について一連の説明を聞くと、よく理解できた。「くよくよせず、主治医に任せよう」と決めたら、気持ちは楽になり、手術への恐怖も薄らいだ。
 初めての入院手術だが、がんは早期でもあり、術前後、深刻な心配はしなかった。しかし、高校時代の級友数人ががんで亡くなっており、術後の定期検診の結果を聞くまでは一抹の不安はあった。その席に妻はいつも同席していた。 
 
どの検査結果でも異常はなかった。
 手術から今年5回目の秋になった。がん治療の結果は5年の生存率で示されることは主治医から説明を受けている。その最終検査もスムーズに終わった。
 呼ばれて診察室に入る。コンピューター断層撮影(CT)画像がモニターに映り、主治医が見つめているのはいつもの光景。「転移などもなく、がんは治りました。検査は終了です」と最後の検査だったと告げられた。妻と二人、主治医に頭を下げた。
 検査は内視鏡、血液、CTなど経過月数によって組み合わせが変わる。内視鏡検査前、腸内を空にするため腸管洗浄剤を飲む。数回飲んだが、あの難儀は筆舌に尽くしがたい。今はおかげさまで思い出になった。

    (2016.11.23 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2016年11月19日 (土)

   妹

   岩国市   林 治子   会員

 玄関の戸が勢いよく開く。足音が響く。「姉ちゃん、元気していたかな」。大きな声の主は、わが家の「訪問介護士さん」。実は一番下の妹。月2回来てくれる。結婚するまで学校の先生をしていただけあって、すこぶる元気だ。
  「なかなか、きれいにしてるじゃん」 
 
辺りを見渡して、ちょつと褒める。私の気持ちをぐーんと引き上げる。
  「今日は何したらいいん」
 私はだんだん老化が進んでいる。電球の取り換えや台所の換気扇の掃除など高い所の物を扱うのが難しい。できるだけ自分でするように工夫も努力もしてきたが、時間がかかってどうにもならなくなった。それで、妹にお願いするようになっている。
 楽な方法を知ると、もう駄目。妹へのお願いばかりがどんどん増える。用事をまとめてお願いして、楽になった代わりに、自ら考えて行動しなくなった。頭の老化は進むばかりだろう。
 しかし、料理は自分で作る。お昼を一緒に食べる時、妹に 「おいしいね」を連発されると、悪い気はしない。高じて、物によっては前日から時間をかけて作りもする。
  「姉ちゃんにしんどい思いをさせるのなら、ここに来る意味がない」 
 
かわいいことも言う妹は、昼前に来て、4時には慌ただしく帰っていく。

     (2016.11.19 中国新聞「こだま」掲載)

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2016年11月18日 (金)

2歳の孫の言葉 多彩な表現驚き

     山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 

娘が1か月間入院しているため、2歳の孫娘を預かることが多くなった。孫の話す言葉に擬音語や擬態語がたくさん出てくるので、驚かされている。
 娘の家で、孫が「あわあわしなくちゃ」と言うので、何のことだろうと思って見ていると、ハンドソープのポンプを押した。すると、泡のせっけんが出てきたので納得した。先日も、出かけた時に「おくつパッチンしてない」と、履いていた靴の布製接着テープをとめていた。
 人形に「お熱ピッピしましょ」とおもちゃの体温計をさし、「ピピピ、お熱はありませんね」と言って遊んでいるのには、笑ってしまった。
 こんなにたくさんの音を使うのに、不思議なこともある。絵本に描かれた犬を見て、私が「ワンワンだね」と言うと、孫は「ワンワンじゃなくて犬だよ」。孫育ては始まったばかり。難しいものだ。

  (2016.11.12 読売新聞「私の日記から」掲載)

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2016年11月12日 (土)

ブログ製本 自分史に

   岩国市   会 員   片山清勝

 日記は小学校の夏休みに宿題として書いたが、それ以降は残したものはなかった。そんな私が、公開日記といわれるブログを始めて、1年ごとに印刷して手作りで製本している。それがこの秋に10冊になった。
 B6判、数百の小さな一冊。わが家のことはもちろん、世の中の出来事、四季の移ろい、感動したこと、災害や事件など、その日にあったことや思ったことを飾らずに書いてきた。
 製本したものを読み返してみると、子どもの頃からブログ開始までの仕事や交友の記録が、そこかしこに残っている。子どもの頃のエピソード、社会へ出てから学んだこと、失敗や成功、出会いなどだ。
 単に自作の薄っぺらな手作り本と思っていたが、小さな自分史になっている。意識したわけではないのに、続けているうちにそうなっていた。
 これからも、日々感じたままを自然体で書き続けたい。最近は、その日の題材にふさわしい終わりの1行をどうまとめるか、苦心している。  

     (2016.11.12 中国新聞「広場」掲載) 

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2016年11月11日 (金)

おやじの年に

      岩国市   会 員   角 智之

 
父は明治生まれの堅物で仕事一筋、融通の利かない寡黙な人だった。ある日、子供だった私にこう言った。「お前、将来わしの仕事を引き継いでやらんか」と。即座に「嫌じゃ」と答えた。当時、玖珂郡北部の通信設備の保守を任されていて毎朝、藍染めの巻脚絆に作業靴で出勤する。梅雨時や台風の時は朝早く出て帰宅が遅くなることも珍しくなかった。

父の背中を見て育ち、苦労も分かっていた。高校を出て父の勤めた会社に就職し、少しは親孝行ができたと思う。父は昭和48年、75歳と4ヵ月で他界した。  

開もなくおやじの年に……。

  (2016.11.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載)  

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2016年11月 8日 (火)

観月会

        岩国市  会 員   上田 孝

 

高校の同窓会で京都に帰った際、同級生10人ほどの観月会に参加した。正伝寺という古刹、本堂の縁側に毛氈を敷いた。眼前には、ボンボリに照らされた枯れ山水の庭。白壁の向こうには巷の灯はなく遠く比叡山が望めるのみ。いにしえの都人が見た風景もかくありやと、高校時代には思いもしなかった感傷に浸った。
 弁当とお酒も出て舞台はそろい、主役お月様の登場を待つばかり。ところが、あいにくの曇り空。宴の終わりの頃にほんの数秒お顔を見せてくれただけ。思わず拍手と歓声が湧き上がった。じらされていっそう気高き古都の月。
   (2016.11.08 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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時計を相棒に生きる

   岩国市   会 員   山本 一

 私は、しょっちゅう時計を見ながら生活している。洗面所やトイレにも時計がある。家中の時計を数えてみると、デジタル機器に付属しているものは除いて16個ある。
 このうち、8個は電波時計だ。電波時計を初めて買ったのは13年前である。大変な優れもので、電池がある限り秒針までラジオの時報とぴたり。
 外出時の腕時計は1万円の安物の電波時計だが、もう4年も正確に時を刻む。秒針に至るまで、きっちり合っている。この安心感は一体何なのだろう。
 それにしても、一日に何回時計を見るのだろう。時を追い掛けているのか、追い掛けられているのか、どうも判然としない。
 今が何時なのか、常に確認しながら生活しているのは間違いない。どうやら私の体が、常に時間の確認を要求しているようだ。
 来年は後期高齢者だ。人生の残り時間も知れている。時を気にして、これまで通り時計を相棒として過ごそう。秋の夜長、独り酒しながらふっと思う。

     (2016.11.08 中国新聞「広場」掲載)

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