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2016年12月

2016年12月13日 (火)

懐かしい発動機の音

   岩国市   会 員   片山清勝

 近くのフェスティバル会場の一角から、ボツ、ボツ、ボツという懐かしい音が聞こえる。子どもの頃、農家の庭や田んぼから聞こえてきた発動機の規則的な音に引かれ、立ち寄った。
 野ざらしの発動機があると聞けば、保存会員は軽トラックで収集に向かい持ち帰る。それを分解、整備し不足する部品は手作りしてよみがえらせ、展示したという。
 昭和20年代から30年代半ばに活躍した機種で、それぞれに詳細な説明が添えられていて参考になる。
 どれも農業用で2、3馬力。単調だが懐かしい駆動音に体が拍子を取る。農家の人が、そんなリズムに合わせ、忙しく働いていた様子が思い浮かぶ。
 その後の農機具の進歩は農業の労力を大幅に軽減し、農業の機械化を実現させた。
 展示は、発動機を使って昔ながらの石臼を動かす仕掛けで大勢の人を引き寄せた。子どもとじっと見入る女性は、祖父母の姿をしのんでいるように思えた。

     (2016.12.13 中国新聞「広場」掲載)

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2016年12月11日 (日)

すてきになあれ

       山陽小野田市  会 員  河村 仁美

 2歳の孫娘はおしゃまで、いろいろなことをして楽しませてくれる。先日は「すてきになあれ」と言いながら、くるくる一回りして拍手喝采。  
 まもなく忘年会。食欲の秋のつけで現在体重はマックス。どう考えても今からでは、ダイエットは間に合いそうにない。化粧をしたところで、土台が土台なので、どれだけ化けられるか自信がない。そうなれば、心だけでもすてきな女性になろう。
 孫のように軽やかに回転することはできないけれど私なりに回ってみよう。さあ衣装を着替えてから玄関の前で一回り。  
 「すてきになあれ」
(2016.12.11 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2016年12月10日 (土)

仕 事

      岩国市  会 員   吉岡 賢一 

  95歳を過ぎたころから、母の認知症は徐々に色濃くなってきた。週に1日でもいい、介護を忘れるゆとりがほしい同居人は、母をデイサービスに行かせることにした。
 簡単に「うん」とは言わない。手を変え品を変えて勧めるが「わしゃ、ここが一番ええ、留守番もせにゃならんし、どこにも行かん」の一点張り。
 働き者で仕事大好きだった母は、家にじっとしているのも「留守番」という仕事をしているつもりらしい。そんな母を口説くキーワードは「仕事」の二文字だと悟り、「仕事に行くと思って行ってみんさい、面白いところよ」と勧めた。
 案の定その気になってくれた。通所が始まってしばらくしたある日、デイサービスから帰った母が「今日の仕事は楽じゃった、タオルを畳むだけよ」とうれしそうに話した。それから数日後、「給料はいつもらえるの?」と大真面目に尋ねる。これは返事に困った。
 もの忘れは結構激しいのに、「仕事に行くと思って」と勧めたことだけはちゃんと記憶している。その上、仕事をしたのだから給料がもらえるという原則も忘れていない。
 なんだかんだ理屈をこねて、給料はもらえないと説明したが納得した顔ではなかったような。息子夫婦がネコババしたに違いないと思ったのだろう。
 101歳で逝った母の8回目の祥月命日を終えた。8年たった今も仏壇の向こうで「ネコババされた」と思っているのだろうか。同居人は分か悪いね-。
      (2016.12.10 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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2016年12月 9日 (金)

高齢者の運転 医師は忠告を

       岩国市  会 員   安西 詩代  

 年が近々70歳に到達する運転者が免許更新する際に義務づけられている高齢者講習会に参加した。歩道に人がいる時に停車しなかったり、ブレーキを踏むのが遅れたり。若い時と達うと自覚した。 
 「運転の危うい高齢者に運転をやめた方が良いと助言しますか」と教官に尋ねた。「それはできない」という。
 来春から、免許更新の際、認知症が疑われた75歳以上の運転者に医師の診断が義務づけられる。だが、運転が危ないのは認知症の人だけではない。
 友人は70代後半のご主人に運転をやめるよう繰り返し頼んだが、拒まれた。やむなく主治医に頼み、「やめたほうがいいですね」と言ってもらった。すると、ご主人はすぐに車を売却されたという。
 そのように言える人は限られる。医師など、忠告できる立場の人は著しい判断力の低下が見られるなど、危険運転しそうな高齢者に運転をやめるよう勧めてほしい。
      (2016.12.06 朝日新聞「声」掲載)

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2016年12月 7日 (水)

小さな自分史

   岩国市   会 員   片山清勝

 手帳を来年用に替えた。役目を終えた手帳、いつもそばにいて忘れ防止を支え、一緒に時を刻んでくれる相棒だった。
 繰ってみる。この1年の新しい出会いや出来事、怒ったり喜んだり心配したことなどいろいろ思い出させる。すっかり忘れていることもいくつかある。
 退職してから続く手帳交代。毎年、小さな1冊から自分の1年を見返している。今年も反省は多いが心なしか明るい。それはがん手術後5年の節目を超えたという安堵のせいだろうか。
 
最後の日「1年間ありがとう」と書き断捨離できず保管している先輩手帳のそばに並べた。

      (2016.12.07 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2016年12月 2日 (金)

柿に亡き家族の記憶

    岩国市   会 員   横山恵子

 景色に初冬の趣を感じる頃となり、店先には季節の果物が並んでいる。亡父は渋抜きをした「あおし柿」が特に好きだった。
 渋抜きに炭酸ガスやアルコールが使われるようになったのは、いつ頃からだろうか。私たちが子どもの頃、父はたるの中に柿を入れて湯を張り、それを風呂の残り湯の上に一晩置いて渋抜きをしていた。
 ほんのりとぬくもりのある柿は、格別のおいしさだった。父が「果物の中で、これが一番じゃ」と頬張っていた姿を思い出す。
 祖父が雨の中、畑仕事から帰るなり寝込んでしまい、祖母が心配していたら、実は黙ってあおし柿を18個食べていた、という話は、祖父母亡き後も語り草になっている。
 わが家の柿の木は1年置きに実を付けている。今年は数えるくらいしかできなかったのに、はとんどはカラスヘのお歳暮となった。
 葉が散ってしまった木を見ると、「今年も残り少なくなったなあ」と一抹の寂しさを感じる。

      (2016.12.02 中国新聞「広場」掲載)

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