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2017年3月

2017年3月29日 (水)

孫娘を育んだ京都に感謝

   岩国市   会 員   片山清勝

 京都で生まれた孫娘が3歳になる頃、「ひらがなが読めるようになりました」と長男の妻からメールが届いたことがきっかけで、孫娘とのコミュニケーションを深めようと、「孫新聞」を作り始めた。不定期のつもりが面白くなって月刊で出すようになり、今月で190号になる。
 孫新聞はB5判で、庭の花や町内の行事、同好会の様子など、私たち夫婦の日々を小さな紙面に工夫して載せ、孫娘に郵送している。
 孫娘は生まれてから今日まで京都に育てられたのだと私は思っている。京都が好きなようで、小学生の時には祇園祭の手伝いをしていた。浴衣姿の写真を見て、「本当に京都の人になったのだな」と実感した。
 4月からは志望していた京都の大学に進学する。本人と親だけでなく、遠く離れて暮らす私たち夫婦も大喜びしながら、今日まで無事に孫娘を育んでくれた環境に感謝している。
 孫娘は選挙権を持つ年齢になった。国内外に目を向け、広い視野で物事を考えることができる学生生活を過ごしてほしいと願っている。そのためには、京都の皆さんの力をお借りしたい。これからも孫娘をよろしくお願いします。

    (2017.03.25 京都新聞「窓」掲載)

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2017年3月25日 (土)

母からの贈り物

  山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 大学進学とともに実家を出て、早いもので38年。いつのまにか親と過ごした年月より離れて過ごした年月の方が長くなっている。その間、どこに住んでも実家の母から段ボールに入った贈り物が届いた。「そっちでも売っているよね」と母は言っていたが、定期的に届くのが楽しみだった。
 
昨年7月、母が急死した。「実家の母が亡くなって変わったと思うことはない?」と主人に尋ねたら、「ミカンが届かないね」と返答がきた。愛媛の実家からミカンが送られてくると、今年もこの季節がきたなとしみじみ感じていたので、何だか物足りない。農家ではないので、知り合いに頼んでわざわざ送ってくれていた母。毎年当たり前のように送ってくれていたが、本当にありがたかった。
 
実家からの荷物を開けたときに手紙を探すわくわく感。下に敷いてあったり、間にはさまっている新聞を伸ばして読むのも楽しみの一つだった。今、母がしてくれたように娘に荷物を送っている。自己満足かもしれないが、楽しみにしてくれることを信じて……。
 (2017.03.19 愛媛新聞「てかがみ」掲載)

 

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2017年3月15日 (水)

花見で同期集う幸せ

   岩国市   会 員   山本 一

 岩国市は錦帯橋の桜があるせいか、花見の盛んな所と勝手に自分で思っている。日記で確認すると、昨年は6回も花見をしている。
 あたかも虫に合わせるがごとく、毎年啓蟄の頃、幹事役の私が花見の連絡をする仲間がいる。
 昭和30年代に、岩国・大竹石油化学コンビナートができた。その一角にできた工場の第1期生として、1961年に入社した。
 まだ工場が完成していないため、同期入社の約20人が丸1年間、新潟県の工場で実習した。全員が寮生活で寝食を共にし、親から離れた開放感も手伝い、忘れられない青春の思い出となった。
 仲間意識が強く、お互い今も呼び捨てである。退職後も「36会」と称し、年に何回か飲み会をしている。花見はその中のメイン行事である。
 山陰育ちが妻に引つ張られて、岩国をついの住まいと決めた。当地の春は錦帯橋と桜のせいか、とりわけ居心地が良い。今年も花見で酒が飲める幸せをかみしめたい。 

    (2017.03.15 中国新聞「広場」掲載) 

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2017年3月 9日 (木)

広場欄 小さな自分史

   岩国市   会 員   片山清勝

 広場欄へ初投稿が載ったのは10年前の3月で、「孫新聞が70号に、これからも作り続けたい」という内容だった。喜び、読み返すうちに投稿を続けよう、と決意してからひと昔が過ぎる。
 日々の生活で感じたり見たり、経験したことを飾らずに投稿した。載るとメールや電話で感想が届く。町で声も掛けられる。そのたび、内容への責任や短い言葉遣いにも気を付けなければと思う。
 広場欄は、不特定の人が広い分野にわたって、自由な考えを披露できる。 
 
初掲載から3年が過ぎた頃、「広場欄は交流と情報と知の詰まった世界」とした私の投稿が載った。今もその思いは変わらない。
 楽しみながら書くと脳活になり、それが次の投稿につながる。
 掲載日の連絡はないから、紙面で見て初めて喜ぶ。これは投稿した者にしか分からない楽しみの一つだ。 
 掲載の切り抜きを繰ると、その時の出会いや情景を思い出し、平凡だが小さな自分史つづりに思える。

     (2017.03.09 中国新聞「広場」掲載)

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2017年3月 7日 (火)

魅せられて

    岩国市  会 員   森重 和枝

 行きたい旅の一つに、2月の伊豆めぐりがある。河津桜と菜の花の続く土手を歩きたい。毎年、思いながらまだ行っていない。 
 今年は娘が「まずは近くに行こう」と上関城山歴史公園のさくらまつりに誘ってくれた。空は快晴。海抜35㍍から眺める海は青く輝き、満開の桜の枝に飛び交うヒヨドリやメジロに思わずスマホを向けシャッターを切る。遊歩道は整備され、まだ若木が多く、桜を愛する地元の人の努力が推察される。会場はにぎわい、青い海とピンクの桜、黄水仙の景色にうっとり。
 河津桜を満喫した楽しい一日だった。
     (2017.03.07 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年3月 3日 (金)

天敵の目にも涙

     岩国市  会 員   山本 一

 

 次女が思春期の頃だった。「お父さんはきっと会社の皆さんを困らせている」と涙を流して言う。図星かも……。今も私にはズバリと言う。次女は私の天敵である。
 先日、2歳の孫がインフルエンザにかかった。いつも通り近くにむ私たち夫婦にSOSが来ると思ったら外れた。夫婦が交代で会社を休むという。2人とも仕事はめったに休まない。「年寄りにうつしたら大変」と思ったらしい。「鬼の目にも涙」というが、まさに「天敵の目にも涙」である。
 しばらくして孫がやってきた。天敵への思いを込めてギュッと抱きしめてやった。
   (2017.03.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年3月 2日 (木)

しぇっしぇん

    岩国市   会 員   片山清勝

 60年前、高校時代にクラスを受け持っていただいた物理の先生は今年、白寿になられる。だが、記憶にあるのは理系の教師らしく白の実習着を着て講義をされる場面。若くて充実した教師生活真っただ中の姿だ。
 物理の必須用語の一つに 「接線」がある。曲線上の2点を通る直線を想定して1点をもう1点に限りなく近づけた時、2点を通る直線が限りなく近づく直線。先生は「しぇっしぇん」と発音した。だからニックネームは「しぇっしぇん」。接線を言うたび、苦笑いされたのが忘れられない。まじめに黒板を見つめる生徒も皆、ふっと心が和んだ。
 ある時、試験で全問正解なのに95点だったことがある。抗議に行くと、「世の中に完全なものはない。私は満点を付けない主義」。物理の先生らしからぬ、理屈にならない説明をされた。笑うしかなかった。
 しかし、社会人になってからその経験のありがたみが分かった。世の中の矛盾に遭遇し始めると、「物理の95点」を思い出した。
 卒業後は年賀状だけのつながりだが、もう60年近く続いている。時に「体調不良」との記入もあった。だが、漢詩を引用してこちらを激励される方が多かった。ことしは「白寿になる」と書かれていて、初めて先生の年齢に思い至った。自分の加齢は気にしても、他人の年齢に注意を払わない自分を諭されるようだった。
 春である。もっと温かくなったら「しぇっしぇん」先生をお訪ねしよう。

      (2017.03.02 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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