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2017年5月

2017年5月31日 (水)

孟宗竹

       岩国市  会 員   山下 治子

 
豪州2年間の旅から帰り、居候中の末息子が山から竹を切り出し垣根を作り始めた。1カ月弱かかったが、和風の仕上がりは庭を引き締め、大満足。「お疲れさん」と手間賃を渡すと「飯代にして」と返されたので「了解」と握手をし、ハグした。
 
 ある日、また何か作っている。竹の節を利用した三段生けの植木鉢だ。「俺、カネないから……。花は自前で植えてや。母の日、サンキュー」と。「ありがとう。こういうの欲しかったの」と私は、それを玄関先に置いた。他の息子たちからも感謝の品をもらった。年に1度、鬼の母がうるっとする日だ。
 
  (2017.05.31 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年5月30日 (火)

つぶやき

     岩国市  会 員   稲本 康代
 

 私は猫嫌いではないが、ノラ猫は苦手である。
 
今朝、新聞を取りに玄関を開けると、庭の中に1匹の猫がいた。それも、特に嫌いな黒と茶のまだら模様である。
 
じっと見つめると、相手もにらんでいる。猫と私。互いに固まって数秒。そして、それぞれの方向に動いた。
 
決して石などを投げつけたりはしないけれども、ノラと出会うと冷たい目で見てしまう。そこが通じるのか、相手も身構えて私をにらむ。 
 
写真家、岩合光昭さんの写真に出てくる猫たちは、みんな可愛いのになあ。
    
2017.05.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年5月29日 (月)

歴史学ぶ意欲に感銘

   岩国市   会 員   山本 一

 26日付のヤングスポット欄で「将来に向け歴史勉強」という13歳中学生、生田ちえりさんの投稿を読んだ。
  「歴史は、昔の人たちがどのように活やくし、どんな過ちをしてしまったかを、知ることができるからです。また、私たちはこれからどうしていくべきかが、わかるからです」とあった。
 私は幼い頃から歴史の勉強が嫌いだった。「なぜ過ぎ去ったことを覚えなければいけないのか」と思い込んでいた。歴史を知る必要性が分かったのは、就職してからだった。
 がむしゃらに仕事をこなす時期を過ぎ、自分が中心になってより大きな仕事をしなければならない25歳ごろになって、やっと気付いたのだ。
 それまでの歴史嫌いを後悔した。いまだに尾を引き、歴史に疎い自分に引け目を感じている。生田さんのように「自分で分かる子ども」ばかりではない。歴史の必要性が自分では分からない人には、学校での教え方も大切だ。  

    (2017.05.29 中国新聞「広場」掲載) 

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2017年5月26日 (金)

ユアウェルカム

      岩国市  会 員   貝 良枝

 地下鉄の券売機前で、外国の若者に声をかけられる。
 英語なんて無理と思いつつ身動きもせず、彼らの言葉に耳を傾けていると「エアポート」と聞こえてきた。券売機画面から福岡空港を指で示し、運賃をしどろもどろで伝えていたら「OK、OK」と小銭を出し始めた。念押しに「福岡空港」の文字を示し、ホッとしたら「サンキュー」と言われた。
 エッ、何て返すんだっけ。とっさに出てこない。硬い笑顔で短い国際交流は終わったが「どういたしまして。良い旅を」と英語で格好よく締めたかった。彼らの背中を見送る頃、やっと思い出した。
 
  (2017.05.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

      

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2017年5月25日 (木)

結婚50年

   岩国市   会 員   片山清勝

 私ら夫婦は先月、金婚式を迎えた。両親は達成できなかったと思うと、何かしら感慨がある。
 父は50代半ばで急逝した。病身の母とまだ高校生の妹を含むきょうだい4人が残された。
 弟は遠地で働いていた。
 私は長男。20代半ばで何の準備もないまま、家族という重荷を背負うことになった。三交替勤務の身だったので、思うように家事をこなせなかったが、妹2人と協力して母を助けた。
 父の死から3ヵ月が過ぎた頃、結婚の話が持ち込まれた。仲に立つ人は、わが家の状況について「先方に伝えてある」と言った。話はまとまり、母、妹たちと同居する形で結婚生活がスタートした。
 父の亡くなったショックもあり、母の病状ははたで見るより厳しく、手のかかる状態が続いた。妻は専業主婦として母の介護をしながら家事一切をこなした。
 食事療法で母の症状は次第によくなる。長男が園児の頃には怪獣ごっこを楽しみ、趣味で菜園も始めた。
妻と多少のすれ違いは生じたが、いつの間にか「嫁にみとってもらう」というのが母の願いとなった。
 結婚・同居から20年がたったある日、母は救急搬送された。面会謝絶の中、妻に手を握られて逝った。
 今年、妻は母の享年に並んだ。年齢とともに変わる体調、特に足腰の変化が母に似てきている。
 一昨年は父の五十回忌、来年は母の三十三回忌。法事を続けられることが小さな幸せかと思う。

      (2017.05.25 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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2017年5月23日 (火)

ホタルを保護して

 岩国市  会 員   角 智之
 

5月中旬から6月にかけて初夏の風物詩、ホタルの出番が到来。子供の頃、夜遅くまで追いかけた記憶がある。
 日本のホタルは幼虫期を水中で過ごすが、これは地球規模では珍しく世界中の昆虫学者から注目されているという。成虫になるには土中に潜り蛹(さなぎ)となるため護岸がコンクリートでは潜れない。農薬の使用を極力控え、餌のカワニナの生育を助けることも必要だ。
 昔からの風情ある情景を将来に残すため、地域の建設や農業従事者を中心に、世界的にも貴重なホダルの保護を真剣に考えなければならない時だと思う。
 
  (2017.05.23 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

 

   

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金婚式 妻の支え感謝

   岩国市   会 員   片山清勝

 先月、結婚50年の記念日を迎えた。京都に住む孫から届いた花を挟んで、ささやかな二人だけの祝宴をした。
 幾日か過ぎ、本棚の整理中、退職時の寄せ書きや手紙を読み直した。何人かが 「君が思いっ切り仕事ができたのは内助の功のおかげ」と書いている。
  「お父さんは仕事ばかりで遊んでくれない」と、息子が不満を妻にもらしたことを思い出す。
 父の急逝後に結婚し、病身の母と同居。母は妻の作る食事で回復し、息子とよく遊んでくれた。
 そんなこともあり、仕事に打ち込めたのだが、家族には「すまない」と心でわびていた。会社人間と専業主婦、それで通せた時代だった。
 母と20年ほど同居した妻は、母の享年に並んだ。年が並び、母と同じような体の動きになってきたという。 
 来年は母の三十三回忌。父の五十回忌は一昨年済ませた。両親が達成できなかった結婚50年。これからも充実した日々を楽しく積み重ねていこう。

    (2017.05.23 中国新聞「広場」掲載)

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2017年5月14日 (日)

満開のエビネランに亡夫思う

岩国市  会 員   横山 恵子

庭のエビネランがかれんな花を咲かせている。亡夫が下関市で小学校教師をしていた時、教え子の親から頂いた。以来37年。鉢植えのエビネランとともに5回引っ越し、故郷の近くに落ち着いた時、ツツジの根元に植えた。安住の地を得て株が増え、何人かに株分けした。

夫が亡くなって3年、先月29日の命日に合わせるかのように満開となった。見ていると、下関で過ごした8年がよみがえる。夫は同僚や教え子たちを連れ、毎月一度は市内の竜王山に登っていた。新婚の私は、お弁当や日々の食卓の献立に頭を悩ませた。3人の息子に恵まれ、イクメンの夫に助けられた。

 そんな思い出話ももはや夫とは出来ない。せめてもと仏壇にエビネランを供えた。あの世から眺めているだろうか。

2017.05.14 朝日新聞「声」掲載)

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二度と過ちは

            岩国市  会 員   横山 恵子
 
 原爆資料館の地下に昨年度の寄贈被爆品類が展示してある。その中に広島で学生時代を過ごした亡父たちの写真も。非業の死を遂げた仲間たちにも共に夢を語り合った青春があった。
 被爆時に戻ったような空間。1枚の絵と文にくぎ付けになった。息子の亡骸を泣きながら、菰に包んで歩く父子。「どんなに熱かったろう。どんなに痛かったろう。お父さんと帰ろう」  
 破れた服、8時15分で止まった時計……。それぞれに家族があり、未来があった。  
 遺品から魂の叫びが聞こえてくるようだ。
    (2017.05.14 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年5月12日 (金)

      岩国市  会 員   樽本 久美

 こんなに長い時間、父のそばにいたのは30年ぶりである。85歳で亡くなった父の通夜。
 「この家はアコーディオンを弾いていたから建った」と話していた父。会社で楽団を作り若い頃から音楽を楽しんでいた。家族葬なので近所の人には遠慮してもらったのに多くの人が参列してくれた。「優しいお父さんでしたね」と言われ、涙が止まらなかった。
 父の法名は「釈浄楽」。音楽の「楽」がついている。しかし、涙が止まらない。こんなにも涙が出るとは。「涙よ止まれ」「止まれ」。困った時は、父の法名と「南無阿弥陀仏」。        
   (2017.05.12 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2017年5月10日 (水)

突然の最期

 岩国市  会 員   吉岡 賢一

 

 早くに夫を亡くした姉は、85歳になっても持ち前のバイタリティーと旺盛な好奇心で忙しく元気に暮らしていた。その姿は一人暮らしを楽しんでいるようで頼もしかった。都会に住む2人の息子たちが定年を迎えたら地元に戻らせて、一緒に田舎暮らしを始めるのを夢見ていた。 
 そんな姉をある日突然、交通事故が襲った。夢がかなうこともなく、何の前触れもないまま容赦なく命を絶たれた。さぞかし無念であっただろう。
 私たちは女4人、男2人の6人姉弟で、戦後のひもじさも高度経済成長の恩恵も体験しながら両親を助け、家族8人肩を寄せ合って生きてきた。第5子で次男坊の私は長女とは14歳、今回急逝した次女とは10歳違い。これはまるで母親が3人いてくれるような心強い温かな幼少期であったことを思い出す。
 利発で聡明だった長女は、8人家族の中で最も早く病魔に侵された。次いで父が、兄が、母が逝った。その都度、家族姉弟が集まり、手を取り足をさすってねんごろに見送ってきただけに、一人の親族にもみとられることなく、冷たい路上で理不尽な最期を迎えた姉がふびんでならない。
 加害者の高齢運転者に対する複雑な思いはある。ただ救われるのは、全ての面で思い通りに生きてきた姉の一生は、決して不幸ではなかったと思えることである。
 四十九日の法要も済ませ、納骨で夫に寄り添うことになった。子や孫たちの成長をしっかり見守ってくれることだろう。

 
   (2017.05.10 毎日新聞「男の気持ち」掲載)

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2017年5月 6日 (土)

もう一度

      岩国市  会 員   安西 詩代

 

一番上の姉が胃ろうの手術をした。病室に行くと胃に食事を入れていた。
 寝たきりの顔をのぞくと、良い所に来たというそぶりで「あそこの器にお砂糖を入れてちょうだい」と何もない宙を指さす。「どうしてお砂糖がいるの?」と聞くと「今晩は煮物を作るの」という。2人部屋で 隣の方は食事ができる。煮物の香りがして味覚の記憶がよみがえったのだろう。 
 「切り干し大根にイリコと油揚げを入れるの」。涙をこらえ「あら、おいしそう。器にお砂糖をいっぱい入れておくね」と答えるとうれしそうに「ありがとう」とまた宙を見つめた。

       (2017.05.06 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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