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2017年6月20日 (火)

母の大島紬

  岩国市  会 員   安西 詩代

私の小さい頃から明治生まれの母がよく着ていた、大島紬の着物をもらっていた。これから先、この和服を着る予定もなかったので、洋服のベストに作り替えてもらった。縫ってくれた方が「ところどころ、薄くなっていましたよ」と言っていた。

先日、57年前の写真がでてきた。その大島紬の着物を着ている母と父が、宮島の鳥居をバックに撮影した白黒の記念写真。この6年後に父は亡くなっている。

今の周南市から宮島まで、1日かけての小旅行だったのだろう。父と母は、どんな話をしながら宮島を歩いていたのだろう。私の知らない父と母を大島紬は知っている。 

この着物は母のお気に入りでとても丁寧に手入れがなされ、いつ見ても新品のようだった。最初はよそ行きにしていたのだろうが、そのうちにかっぽう着の下に着る普段着にしていた。

 50年以上も母と共にした大島紬は、喜びと悲しみを織り糸の中に包み込み、今度は私の喜びと悲しみを、その上に重ね込んでくれる洋服に生まれ変わった。大島紬の寿命に驚くとともに、よみがえったベストを見て、母が喜んでくれている気がする。

2017.06.20 朝日新聞「ひととき」掲載)

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