« 2017年8月 | トップページ | 2017年10月 »

2017年9月

2017年9月30日 (土)

雀のお宿

      岩国市  会 員   上田 孝

 

 夜中にトイレに行った際、ドアを開け明かりをつけた途端、バサッと音がして目の前で小さな黒い物体が動いて消えた。15度ほど開いた窓と網戸のすき間を雀がねぐらにしていたらしい。昼間に糞を確認した。
 その後しばらく来ない日が続いた。数日後、暗がりのままそっとドアを開けると、いるいる。黒い小さな影が見える。この春に巣立った子雀で、安全なねぐらを見つける知恵もまだないのか。そっとドアを閉めて階下のトイレに行った。
 どんなヤツか、ちょっと顔を見てみたい気もするが、しばらくそっとしておいてやろう。

2017.09.30 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月29日 (金)

私もそうなりたい

    岩国市  会 員   安西 詩代
 

 夕方「はい、これ」と親しい中学生の彼女は小さなお菓子の袋を差し出した。「あら、どうしたの?」といった瞬間「敬老の日だ」と気がついた。カードには「長生きしてください」と可愛い字で書いてある。突然の老人デビューを娘に話すと「十分老人よ。自覚して感謝」。
 
 昨年来、白髪にしている。電車では若者がすぐに席を譲ってくれる。優しさがうれしい。
 
 老人になったからこそ生まれる美しさもある。それは外見的なものではなく人生の体験を通して培われた内面性の深さによる。そんな方はいつも「明日への希望」を持っている。
 
  (2017.09.29 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月26日 (火)

脱皮?

  

 岩国市  会 員   山本 一

 朝食の時の会話。「この食パンが一番うまいね」「そう」。妻は手作りパンを褒められてルンルン。
 在職中は「良いことも悪いことも正直に言う」「ウソは言わない、おべっかは使わない」ことに徹した。率直さは相手を傷つけるもろ刃の剣。当然、一部の上司とは摩擦が起きた。傷つく部下もいたであろう。相手の気持ちが分かり私自身もつらかった。
 退職後、気を張って人に対することはやめた。相手の良いところを積極的に褒めることにした。自分も、なんと気楽で気持ちが良いことか。少し後ろめたい気もしないではないが。
  (2017.09.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月25日 (月)

パパになる時

     岩国市  会 員   貝 良枝

 「僕のパパは、いつパパになったの?」。園児の突然の質問に驚かされる。気の利いた答えはないものか。私の脳はフル回転で言葉を探す。
 「それはね、○○ちゃんが生まれた時、小さくてピィピィ泣いていたから守ってやらなきゃと思ったの。その時、パパになったのよ」
 「ふ~ん」
 保育園では、ここで話が終わらない。「僕のパパは?」「私のは?」と続く。○○に子どもの名前やその兄弟の名前を入れて答えるとキャッキャッと喜ぶ。「じゃあ、パパになる前は何だったん?」「えっ?」
   (2017.09.25 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月21日 (木)

「生かされる命」

  岩国市  会 員     吉岡賢一

 

「慢性副鼻腔炎」と診断されて全身麻酔による手術が必要となり、約30年ぶりに入院することになった。差し迫った命の危険を感じることもなく割と気軽に、7泊8日の予定表を示され入院患者となった。

 入院から手術までの1日半は、体調管理の数々の検査に加え、麻酔科の説明や抗体検査、看護計画書など多くの同意書に署名する時間となった。これほど多くの人々が、私一人の手術のために関わっていただけることにまずは大きな感謝を覚えた。無事手術を終えてからも、担当医や看護師さんはじめ多くの病院職員に手厚く見守られていることを実感した。
 術後の痛さも少し和らいできたころ、高台にある医療センター9階の自室から周囲に目をやると、数本の煙突から力強く煙を噴き上げる工場が見える。私の人生そのものとも言える40年近く働いたかつての職場である。

 懐かしさや感謝などいろいろな思いが交錯する特別な景色である。数えきれない多くの人との出会いに支えられ、会社と言う組織に守られて今日があることを思わずにはいられない。

 病室では完璧なまでに多くの人に見守られ、退院して間もなく「医療センター9階東病棟スタッフ一同」から届いた、退院後の病状を気遣う心優しい1枚のはがきに改めて感謝し、健康の有り難さを噛みしめている。まさしく人々の手によって生かされている命であることに改めて思いをはせ、与えられた命を全うしたいと思っている。

 

     2017.9.21 毎日新聞「男の気持ち」掲載

| | コメント (0)

2017年9月15日 (金)

夏休みは終わった

   岩国市   会 員   吉岡賢一

 父親の手ほどきで、孫は幼い頃からスキーを始めた。成長するとともにいっそうスキーの腕を磨きたくなって、スキー部のある高校を自ら選んで進学した。
 その高校は、親元から遠く離れた山間にある。最も近いコンビニへ行くのでさえ、自転車で片道30分はかかる不便な所だ。しかも「完全寮生活をしなくてはならない」と言う。
 生まれ育った街中とは異なる環境に、最初は多くの面で戸惑い、ホームシックにもなったらしい。
 高校2年になった今から思えば、逃げ帰るほどの不便さやストレスまでには至らなかったということだろう。環境になじむ努力をしたのだ。いつしか読書習慣も身に付け、いろんなジャンルの本をめくっているという。メールのやりとりもしやべり方も、間違いなく成長の跡がうかがえる。私も胸をなで下ろしている。
 そんな孫が夏休み、帰省した。荷物から自分の手で裾上げしたとみられる学生ズボンが出てきた。ミシンをかけたような丁寧な針の運びだった。慣れぬ手つきでしっかり縫い上げたのだろう。ところが、縫い目が表に出ていて、とても人前ではける代物ではない。
 初挑戦の針仕事「ズボンの裾上げ」の成果は見られなかったが、あのやんちゃ坊主が、寮生活を通して身に付けた「自分のことは自分でやる」という気持ちは大いに評価してやりたい。 裾上げは、妻がうれしそうに笑いながら、ちゃんと直した。
 孫の夏休みは終わった。

     (2017.09.15 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月10日 (日)

そうめん

   岩国市   会 員   片山清勝

 夏の盛りには清涼感のあるさっぱりした食べ物が口に合った。私の好きなそんな一つにそうめんがある。ゆでて冷やし、わさびを利かせ、薬味を加えただしに絡ませるだけのシンプルな食べ方をしている。
 そうめんには、小学校低学年の頃のある夏の思い出がある。
 そろそろ昼食という時間に突然、複数の来客があった。わが家の昼食はいつも前夜の余り物である。母はどうするのだろうと、子ども心に心配した。母は台所に立った。
 そうめんを鍋でゆでる。その後、鍋ごと家の裏を流れる小川の冷たい水に浸して、しばらくそのままにする。冷めたころ、それを器に移し、来客用の昼食とした。即席の昼食を客と祖父母はにぎやかに話しながら食べた。
 しかし、そこに今もまぶたに残る光景がある。そうめんの入った器に南天の葉が数枚浮いている。葉の濃い緑とそうめんの白さという単純な対比だが、子どもの目にはそれまで見たことのないごちそうに映った。
 あの日の緑と白の絡みが私をそうめん好きにしたのかと思わないでもない。
 冷蔵庫などない昔、母がそうめんと即決したのは、3世代という大家族を賄う経験からきたのだろう。
 そうめんの元祖は奈艮時代にさかのぼるという。食べ方は変化したろう。最近は野菜などを盛り合わせた豪華な一品もあるらしい。私のは古い食べ方だ。が、麺の味はシンプルが最高に違いない。

    (2017.09.10 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

| | コメント (0)

2017年9月 6日 (水)

小糠踊の盛況を喜ぶ

   岩国市   会 員   片山清勝

 8月に撮った写具の整理をしながら、「こぬかの盆」のにぎわいを思い出した。
  「小糠踊」は、錦帯橋近くの盆の路地踊りとして400年続く郷土芸能。昭和のある時期から中断したが、保存会が今日まで引き継いできた。応援隊が結成され、盆の行事として復活し、今年は3年目になる。
 日が暮れてちょうちんに明かりがともり、小路を照らすと、三味線と太鼓のはやし、甚句に合わせて踊りが始まる。
 復活した初年から撮っているが、今回、踊る子どもの多さに驚いた。地元の児童たちが夏休みの暑い中、保存会員の指導を受けて一心に練習したという。
 浴衣姿の子どもたちは、保存会員に負けじと楽しそうに踊る。郷里の伝統芸能を受け継ぐ良き担い手だと感じた。応援する母親も多く、世話方の苦労が実り始めたと実感する。
 ことわざに「石の上にも三年」など、3年の節目を説いたものがある。子どもらがつないでくれる様子に、伝統の復活を信じた一夜だった。 

      (2017.09.06 中国新聞「広場」掲載) 

| | コメント (0)

2017年9月 5日 (火)

幸せホルモン

 岩国市  会 員   横山 恵子

 「来た、来た」と外に出ると、姪の子、6歳のヒナ君が車から降り、飛びついてきた。妹のミーちゃんも負けじとばかりに走って抱きつく。
 子供のパワーのお裾分けに元気をもらった。
 以前、ハグしたりスキンシップしたりすると、オキシトシンという幸せホルモンが分泌されると聞いたことがある。改めて心と体はつながっているんだなと思う。
 人間であれ、動物であれ、絆を深めるというオキシトシン。ただし、嫌いな人と触れ合っても、幸せホルモンは分泌されないんだとか……。
 (2017.09.05 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

« 2017年8月 | トップページ | 2017年10月 »