« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »

2017年12月

2017年12月24日 (日)

ミカン作りねぎらう

   岩国市   会 員   横山恵子

 下関から地元の岩国に帰って、はや38年。その間、亡夫の教え子のご両親から、毎年ミカンが送られてきた。
 先日、その中に「今年をもって、ミカン作りを終えることにしました」という手紙が添えてあった。
 数年前から年齢を重ねて作業が難しくなったと話されていたので、やはり来るべき時が来たと一抹の寂しさを感じた。
 賞を取ったこともあるミカン作り。夫は「あのミカンはひと味違う」と毎年楽しみにしていた。
 下関時代には、出荷で忙しい時など、猫の手くらいだったが夫も休日に手伝っていた。当時、赤ん坊だった息子をミカン箱に入れて作業していたことを、懐かしく思い出す。
 下関を離れても、教え子の結婚式に夫婦で招かれたり、6年前には息子一家と訪れて昔話に花を咲かせたりと、思い出は尽きない。
 半世紀以上ものミカン作りは、ご苦労があったと思う。お体に気を付けて、ゆったりと過ごしてくださるように願っている。

     (2017.12.24 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

2017年12月18日 (月)

健康守って社会人に

   岩国市   会 員   片山清勝

 13日付ヤングスポットの「就職まで学業も全力」は、就職試験前の緊張と内定の喜び、卒業までの心構えと周囲への感謝などが簡潔に書かれていた。
 読みながら、現役の頃、高卒採用担当として受験生に接し、強く印象に残っていることを思い出した。
 それは手を膝の上で握りしめ、顔を紅潮させ、正面を向いて懸命に答えてくれる面接試験での姿だ。
 背筋を伸ばし、真摯な姿に接すると、全員を採用したいと思ったこともある。
 筆記試験の感想を問われると、謙遜か学校の指導なのか分からないが、高得点なのに自信たっぷりの答えはあまりなかった。
 投稿者は「残りの学生生活は学業も手を抜かず全力で楽しむ」と結んでいる。
 経験からこれに一つ加えるなら、健康管理を十分に果たしてほしい。今年の就職内定率はこれまでにない高さという。みんな健康で明るく第一歩を踏み出してほしい。

     (2017.12.18 中国新聞「広場」掲載)

| | コメント (0)

2017年12月16日 (土)

年賀状 年重ねても続けたい

 

   岩国市  会 員   林 治子 

 

 近所のスーパーで、古くからの知人を久しぶりに見かけた。
 数年前に年賀状のやりとりが途絶え、気になっていた方だ。

 声をかけて年賀状の話を持ち出すと、「もう80をと~うに超えたのよ。 まだ書けって言うの」と言われた。意外な反応に、怒らせてしまったのではと心配した。

 数日後、同世代の友人から電話があった。 電話より手紙、という筆まめな人なので珍しく感じた。

 年賀状の話題になり、彼女は「書くのが億劫になってきた。今年はどうしょうかと思う」とこぼした。気力や体力が追いつかないらしい。
 私は書くことは億劫ではないものの、気持ちはわかった。 同じ理由で、用事を先延ばしにしたくなることが増えたからだ。 スーパーで会った知人もそうなのかもしれない。
  「年に一度だし、頑張って書いて『元気』とアピールしようよ」。
 自分自身にも言い聞かせるつもりで、友人を励ました。

(2017.12.15 読売新聞「私の日記から」掲載)   

| | コメント (0)

2017年12月15日 (金)

自転車廃車

   岩国市   会 員   片山清勝

 似合いのヘルメットをかぶった子どもたちが家の前を自転車で行き来する。その姿を見ながら、自転車がわが家から消えてまもなく1年たつことに気付く。
 結婚後に購入した婦人用に、妻は二十数年乗った。2台目も婦人用、やはり20年くらい使った。どちらも定期的に油拭きをし、回転部に注油して大切にした。パンクは一度もなかった。
 それが訳あって数年使わなくなり、掃除もほこり拭き程度になった。もう乗ることはないと、妻と相談して廃車を決めた。大型ごみとして市に回収を依頼。手続きは電話、最後に「利用可能な部品は使わせてもらえますか」という問いに「喜んで」と返事した。
 回収の前日、最後の油拭きをし、タイヤに空気を満たす。チェーンや回転部に注油する。スタンドを立ててペダルを回す。久しぶりに回る後輪は静かな回転音を発しながら軽快である。ペダルを反対方向に回すと「シャー」というチェーンと歯車の協和音もいい。ひょっとして「再登場か」と自転車を喜ばせたかも、と思いながら回収票を貼る。
 朝、再びどこかで自転車の役目を授かってほしいと願いながら、玄関前に持ち出した。
 見届けようと注意していたが、玄関から離れたほんの5分ほどの間に消えていた。「回収票があればお留守でも持ち帰ります」という電話の声を思い出す。見送れば未練が残ったかも。
 今、どこかで走っているだろうか。子どもたちを見ながら想像した。

     (2017.12.15 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

| | コメント (0)

2017年12月 8日 (金)

炊飯器寿命かな?

岩国市  会員  林 治子

 朝ウオーキングから帰り玄関を開けた途端いつも匂ってくるご飯の匂いがない。確かにセットしたのに。とうとう寿命か。コンセントを外したり差し込んだりしてみた。どうにか動きそう。やがてコトコト音がした。3合炊きで家族が少なくなった今重宝している。  
 15年前に大阪から帰る時、田舎は都市ガスでないから電気で炊くようになるという友人からの頂き物。その親切に感謝した。でも品物を見てびっくり。中の釜にご飯粒がついていた。嫁入りさせる時は磨きをかけるのでは? 彼女にどんな考えがあったのか。聞くわけにもいかないが今も不思議だ。

2017.12.08 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

| | コメント (0)

久しぶりのOB会

  岩国市 会 員 角 智之

 入社当時の勤務は輪番で、担当が一堂に会することが難しく業務に関する周知などは主に勉強会だった。退職後もOB会として長く続き、先般3年ぶりに開催され、半世紀以上前の懐かしい思い出話に花が咲いた。市内の大企業とのやり取りでタイプがうまく打てずトイレで泣いたこと、仕事に慣れると21組の宿直勤務に入り、不覚にも仮眠中に寝込んでしまい、別の担当の女性社員に起こされた苦い思い出もある。
 既に鬼籍入りした先輩も多く、話題も持病や年金に落ち着き、次回も元気で再会することを誓い合い、お開きとなった。
    2017.12.08 毎日新聞「はがき随筆」掲載)
 

| | コメント (0)

2017年12月 4日 (月)

最期のとき

   岩国市   会 員   片山清勝

 5年ほど前、妹の連れ合いが難病と診断された。全快の約束はなく、妹たちはそれなりの心構えをした。痛みの緩和はもちろん、余病の併発にも注意を払いながら、入退院を幾度となく繰り返していた。
 ある日、主治医から複数の延命策について説明があった。義弟は延命治療を望んでいなかったものの、それでも妹は、3人の子どもとしっかり話し合った。「夫の厳しい症状を考え、延命治療は受けないことにした」。そう決めた妹の表情は、苦渋に満ちていた。いつかはこうなると覚悟し、心の準備はしていたが、いざ直面すると、皆、沈黙した。
 夫として、父として、そして祖父として…。妹たちは、これまでに義弟から受けた深い思いやりに感謝し、手を握り、体を優しくなでながら、最期のときを見守った。傍らにいて胸を打たれた。
 義弟は73歳で生涯を終えた。闘病の苦しみを感じさせない、寝顔のように穏やかな表情に救われた。
 妹の長男は、会葬者を前に、遺族としてしっかりとした内容のあいさつをした。聞いていて「義弟は安らかな気持ちで彼岸へ旅立った」と私は信じた。

   (2017.12.04 中国新聞「明窓」掲載)

| | コメント (0)

« 2017年11月 | トップページ | 2018年1月 »