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2018年12月

2018年12月30日 (日)

(この1年)さらば「酒気帯びの人生」55年

 岩国市 会 員   山本 一

 7月18日に酒を飲むのをやめた。不整脈のため苦渋の決断をしたのだ。それまでの55年間ほとんど毎日酒を飲み、酒に助けられる「酒気帯びの人生」だった。

 仕事や遊び、悲しみや喜びの仲立ちを酒にしてもらった。在職中は終業後に縄のれんに繰り出し、大いに仕事の激論を戦わせた。退職後も毎日缶ビール1本、ワイン1グラス、焼酎お湯割り2杯をゆっくりと飲んだ。酒を止めて約5カ月。懸念した禁断症状も出ておらず頭がすっきりしているのは気のせいだろうか。

今まだ宴席での会話もぎこちない。晩酌無しの夕食も手探りだが、また違った物の見方や考え方が出来そうでわくわくしている。否、そうありたいと思う。

2018.12.30 朝日新聞「声」掲載)

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2018年12月27日 (木)

天国の席

       岩国市  会 員   林 治子

 

 お母さん、お元気? ばったり出会った娘さんに聞く。「ホームに入っている」と返事。じゃ~天国の席は、まだ彼女が座っとるのよね。「えっ何のこと」

 お母さん、よく言ってらしたわよ。掛かりつけの先生に「早くあの世に行きたい」って。先生はその都度、ご主人の傍らには彼女が座ってるよ、少し待たなきゃ今は無理と言われたそうな。イケメンの主人、この世でもあの世でも、もてすぎて困ったものよ。お陰でずっと悩まされ通し。そう言って笑わせておられたけれど。「え! そんなアホな話、知らんのは家人だけだったのね」と大笑いした。

2018.12.27 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2018年12月26日 (水)

夢を見続けて

     山陽小野田市  会 員   河村 仁美

 

 十年ひと昔とはよく言ったものだ。年女の記念に、はがき随筆に初投稿初掲載され、はや10年。投稿歴10年というと「すごいね」と言われるが、はがき随筆では、ひょっこレベル。
 はがき随筆は、投稿して新聞に載る楽しみ、月間賞の楽しみ、さらに年間賞の楽しみへワクワクした日々が続く。10年続けたが、まだ佳作止まり。更なるステップへと夢は膨らむ。
 夢を見ることはたやすい。しかし夢を見続けることは難しいといわれる。元号が平成から新元号へ変わる。平成最後の大傑作を目指し、素材探しへの日々が続いている。

2018.12.26 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2018年12月25日 (火)

大根煮しめ

    岩国市   会 員   片山清勝

 太く長い大根をもらった。2人なので何度かに分け料理する。そんな妻の仕分けを見ながら思い出す。
 子供の頃は3世代同居の多人数家族、母の作るおかずの量は半端じゃなかった。野菜は自家製、大根の時期には大盛りで食卓に載る。子供は「大根ニンジン大嫌い」と言いながら、それは遊び言葉、戦後の食糧難時代でしっかり食べた。
 旬を食べるのは、ぜいたくという。当時は腹いっぱい食べることだけで、ぜいたくという気はなかった。
 ただ、厚く切った大根と油揚げを、濃い口しょうゆで炊いた煮しめの味は覚えている。

      (2018.12.25 毎日新聞「はがき随筆」掲載) 

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2018年12月24日 (月)

祖母の声

    岩国市   会 員  片山清勝

 夕食後、虫の知らせにせかされ病院へ急いだ。到着後、退院予定だった父の病状が急変し、私が見守る中で命を閉じた。病室から出てしばらく待つように看護師に促される。
 父は50代半ばだった。病身で伏せている母、私、高校生の妹を含む3人の弟妹を残しての急逝。長男とはいえ私は20代半ば。突然、家族を守る重い責任を背負う。どうするか、暗い廊下の長椅子で考え込む。
  「大きくひと息して」。ピシリとしているが、優しく言い聞かせる声がした。驚き見回したが廊下に人影はない。誰、と思った時、祖母の声と気付いた。
 私が人の最期に初めて接したのは祖母の時で小学6年。祖母は生前、何かといえば「長男は」と話していたが、深い意味など感じることはなかった。
 こうした機に備える心構えを教えたかったのでは。そう思い、大きく深呼吸。スーと何かが体から抜け、続いて何かがみなぎった。看護師に呼ばれ、父のそばへ。最期の時と違う自分に気付く。伏せている母へ、父の姿を伝える心構えができた。
 あの時から50年以上過ぎた。それでも父の命日が来ると、信じ難いと言われるかもしれないが、祖母の声を聞いた不思議なことを思い出す。

     (2018.12.24 中国新聞「明窓」掲載)

 

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2018年12月23日 (日)

ゆったりと

  岩国市  会 員   横山 恵子

 

紅葉見物に広島から友3人。まず腹ごしらえ。マツタケとはいかないが、秋の味覚、クリとサツマ芋のコロッケやユズ料理などでもてなす。「1人暮らしだから手作りはうれしいわ」とTさん。

 紅葉谷は早晩、秋の趣。それでも真っ赤なモミジ。イチョウのじゅうたん。自然からのプレゼントに心和む。古民家でコーヒーを味わいながら、冬支度の庭を眺める。ゆっくりと流れるひととき。

 周りが見えず突き進んだ日々もあった。残りの人生、四季の移ろいを感じつつ、ゆったりと過ごせたらと思う。

2018.12.23 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2018年12月22日 (土)

車の旅

       岩国市  会 員   片山 清勝

 

 弟は自宅から50㎞離れた会社に通っていた。その会社から「会社と独身寮の見学会」の案内が届いた。両親が「見に行きたい」と強く希望するので、私は車を借りて連れて行った。

 見学会に満足して帰る途中、父は初のドライブに上機嫌だった。「退職したら車を買う」と言った。母は大きくうなずいた。翌春の退職が決まっており、家族皆、納車の日を楽しみにした。しかし3か月後、父は急逝。車は幻となった。

 それから3年が過ぎた。ローンを組んだ中古車が、我が家初の車としてやって来た。入園前の息子ははしゃぎ、母も喜んだ。

 初めてのドライブは母、妻、息子を乗せ12日で山陰へ旅した。地図が唯一の頼りの時代。ルートを丸暗記して、ポイントはメモしていた。

 その時、母は父の写真を懐にしのばせていた。「車を買う」と言った父に家族でドライブする楽しさを味わわせたかったのだ。母と写真との旅は、母が亡くなるまで20年余り続いた。

 そこに父と母の強い絆を感じていた。母と旅した父の写真は、ひつぎの母の胸に納めた。

 三十数年が過ぎた。免許証を持たない両親だったが、なぜか車の旅に出る二人を想像してしまう。

 私はマイカー歴50年になった。最近は遠出せず、買い物や通院など身近な運転が多い。そうした中、70代最後の免許更新を終えた。免許取得以来、安全運転を続けるからこそ、いい思い出が残っていると思った。

   (2018.12.22 中国新聞「ひといき」掲載)

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2018年12月19日 (水)

転んで

   岩国市   会 員   林 治子

 「あっ」と声に出た。しまった、と思った時には遅かった。路上、ものの見事に滑って尻もちをついていた。立ち上がれない。右足首をくじいたらしい。如月の冷たい風の中、舗道は凍り付いていた。
 携帯電話を持ってこなかったので、連絡しようがない。駐車場と舗道の境に張ってあるロープを握り締めてどうにか立ち上がった。大丈夫かと何度も自問しつつ、滑らないようにそろりそろり歩いた。
 何とか家に着くと、ほっとした気持ちを壊したくなくて 「歩けたから骨は折れていない。ひびも入っていない」と自己暗示をかけた。
 しかし翌朝、足首が腫れ上がった。サンダルも履けない。ただ、不思議なことに痛みが少しもなかった。翌々日には腫れが引いていた。
 数力月がたって、別の要件で整形外科に行った時、エックス線を撮った。「折れている。直後だったら3カ月の入院だった」。入院しない代わりに装具を着けてもらい「ねじる歩き方はしないように」との注意を受けて帰った。折れているのに歩けるとの思いが、頭を駆け巡った。「歩くな」という注意はなかったので、装具を着けて以前と変わらず毎日歩いた。
 3カ月が過ぎ「見事に骨がくっついている」との診断を受けた。手術をしたわけでもないのだから、私の毎日の努力のたまものかなあ。

     (2018.12.19 中国新聞「こだま」掲載)
   

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2018年12月18日 (火)

身近な風景に新発見

   岩国市   会 員   片山清勝

 15日付セレクト5面「小瀬川にエッフェル塔」の写真に見入った。塔のような設備は、60年前、国内で初めて石油化学コンビナートが操業した地に立つフレアスタック。余剰なガスを燃焼処理するためのものだ。私は定年までこの塔を見ながら勤務した。
 フレアの炎の大きさが石油化学産業の象徴のような時代もあった。環境に対する社会の意識変化と技術の進歩などで、そうした時代は遠く過ぎ去った。
 長年、塔を見ていたのは小瀬川に架かる国道2号の栄橋からだった。写真のように下流の、それも河口に降りて眺めたことは一度もなく、「エッフェル塔」を捉えたカメラ目線の素晴らしさを知った。
 塔の下を横切るのは連絡橋で、川の両岸の工場が原材料などをやりとりする重要な役を担う。その塔と橋は一体の設備であり、背景の深い青色の空に映える姿に、長年の風雪によく耐えたものと感動した。
 各地でコンビナートの夜景を巡るツアーがある。季節や時間、場所をうまく調整すれば、新しい風景の発見があると思う。観光化されていないさまざまな風景の発掘を期待している。

    (2018.12.18 中国新聞「広場」掲載)

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2018年12月14日 (金)

「生きた化石」守ろう

   岩国市   会 員   角 智之

 8日付岩柳版で「オオサンショウウオ公開」の記事を読んだ。世界最大級の両生類で「生きた化石」ともいわれる国の特別天然記念物は、山口県の錦川支流の宇佐川が本州最西端の生息地とされる。
 現在、生息域で砂防ダムエ事があるのに伴い、来春まで74匹が保護施設で飼育、一般公開されている。
 錦川本流での発見例は聞いたことはなかったが、1975年夏、当時住んでいたわが家の前の錦川でウナギ釣りをしていてオオサンショウウオが釣れた。すぐ家に持ち帰り、やっとの思いでつり針を外し、大きさを測り、写真に撮って釣れた場所に放した。
 さかのぼること2年、そこから約50㍍上流でイモリを見た。その時は不思議とは思わなかったが、今になって思えば渓流にイモリはいない。もしや幼生だったのか、そうだとしたら大発見だったであろう。
 日本や中国など限られた国にしか生息しない貴重な生き物だ。手厚い保護が必要である。

       (2018.12.14 中国新聞「広場」掲載)

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2018年12月 3日 (月)

我が家のタマネギ

         岩国市  会 員   角 智之 

 今年もタマネギを植えた。苗は9月に種をまいて育てた自前で、理由があって生育途中で定植しなければならなくなった。 
 本来、寒さには強い野菜だが強風を避けるため、保育器の中の新生児をイメージしながら畝を高めに掘り、株間も狭くして線香よりも小さな苗を丁寧に並べて覆土した。
 植え終えて見ると畝幅を狭くしたため畑が余り近くのホームセンターで苗を買い追加した。プロの仕立てた立派な苗で生育は間違いないものの、やはり自前の苗の成長が気掛かりだ。
 追肥など管理を上手にやり、来年5月の結果を待とう。
  (2018.12.03 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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2018年12月 1日 (土)

山の土産

  岩国市  会員   貝 良枝

 雑木林の紅葉が色あせだすと「健康のため」と渋々しているウオーキングが楽しくなる。
 キョロキョロと、クリスマスのリースに程良い太さのつるや、赤い実を探す。今年はサンキライの実が見当たらない。夏の酷暑のせいだろうか。代わりに小さいが、ノイバラの実を使おう。マツカサやドングリも拾う。ヤシャブシの実を近くの公園で見つけた時は、思わず「ラッキー」と声が出た。こんなに近くにあったとは。
 日々持ち帰る山の土産がたくさん集まった。リースを作って、部屋にはツリーを飾ろう。もう12月だ。
  2018.12.01 毎日新聞「はがき随筆」掲載)

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