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2019年2月22日 (金)

散 歩

   岩国市   会 員   片山清勝

 散歩中、たまに立ち話をする人がいる。「じいちゃん、散歩よりウォーキングと言った方がカッコいい」と孫に言われるらしい。若々しい人だから、その通りかもしれない。
 私は定年後に歩き始めたから、今年で19年目だ。最初から10年近くは朝4時に起き、6㌔ほど歩いた。ブログにも会話でもちょっと自慢げに「ウォーキング」としていた。退職してからの健康維持のため、手足を大きく動かすことと歩数、時間を意識した。
 少し体調を崩してから、医師の指導もあって早朝ウオーキングを止め、昼間に歩くことにした。そして表現を「散歩」に変えた。健康のために歩くという点は共通しているが、ウオーキングほどにはノルマ感のない歩き方になったからだ。     
 歩くことの重要性を再認識したのは、初めての入院だった。
 がんの手術前、「しっかり歩くことが回復への近道」と主治医から説明かあった。手術の翌日から院内の廊下を指導受けながら歩いた。続けることで退院への自信がつき、おかげで普通の生活にすぐ戻れた。
 先日、親戚の一人が脳梗塞で入院した。症状が安定すると、時を置かず歩行などのリハビリが始まった。退院後を考えれば苦しくても欠かせない。
 「歩いていける」 「歩いて帰れる」。こうしたごく普通のことができることを幸せに思う。年は足からくる。人生も一歩一歩が大切、散歩もそれに通じる。だから今日も出掛ける。

    (2019.02.22 中国新聞セレクト「ひといき」掲載)

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